42 ヴァイスとレオピン3
42 ヴァイスとレオピン3
レオピンが照れて目をそらしたときに、渡り廊下の向こうに見える中庭に、あるものを見つけた。
「……あれ? フーロ先生だ」
フーロ先生は、レオピンたちのクラスの担任である。
ヴァイスとレオピンは渡り廊下の手すりから乗り出すようにして、フーロ先生を見た。
「そういえば、さっきのクラスにはフーロ先生はいなかったよな。
いつもあんな時は、フーロ先生が真っ先に助けてくれるはずなのに……」
その答えはすぐに出る。
みすぼらしいスーツ姿のフーロ先生のそばには、いかにも高価なタキシードを着た男が立っていて、一方的にまくしたてていただらだ。
「フーロ先生は、今日から非常勤ざます! あとは、新任のわたくしめにお任せあれ、ざます!
マザーズ教頭先生から、クラスには貧民出身でとんでもない不良生徒がいると聞いているざます!
フーロ先生はその生徒のしつけができなくて、非常勤に降格になったんざますよねぇ!?」
「「ええっ!?」」と、思わず顔を見合わせるヴァイスとレオピン。
「新任の先生が来るっていう噂は聞いていたが、まさかうちのクラスだったとは……」
「それに、フーロ先生が担任じゃなくなっちゃうだなんて……大好きな先生だったのに……」
レオピンと、中庭にいたフーロ先生は同時に肩を落とす。
フーロ先生は新任教師にさんざん嘲られ、トボトボと去っていった。
新任教師は後ろ姿で顔は見えないが、声からして若々しい。
しかも名家の人間のようで、そばには太っちょの召使いを従えている。
役立たずの老兵を追い出した新兵のように、せいせいした様子でベンチで寛いでいた。
もちろん、こんな光景を目撃して黙っている少年たちではない。
ヴァイスとレオピンは渡り廊下から出て、中庭の茂みで息を潜めていた。
「新任教師、あの調子だと教頭側の人間のようだな。
なんとかして追い出さないと、厄介なことになるぞ」
「えっ、でも、追い出すってどうやって……?
「あれを見ろ」
ヴァイスは指さし、新任教師の近くにあった木を示す。
頭上高くあるその枝には、人間の頭くらいのサイズのハチの巣がぶら下がっていた。
ヴァイスは足元に生えていた『シンシュクサ』のツタを摘み取る。
この草は子供たちには欠かせない遊び道具のひとつで、ツタは引っ張るとゴムのように伸びるのだ。
ヴァイスはシンシュクサのツタを輪っかに結んで大きな輪ゴムを作ると、指に引っかけてゴム銃を作り、ハチの巣めがけて撃ち放つ。
……びよよんっ!
輪ゴムは緩やかに飛んでいき、巣に命中。
しかし、わずかに揺らすだけで落とすには至らなかった。
「うーん、シンシュクサではぜんぜん威力が足りないな」
「石を投げてみようか?」とレオピン。
「いや、たぶん投石でも無理だろう。もっと威力のあるものでないと……」
ふたりして考えていたが、先に閃いたのはレオピンだった。
レオピンは姿勢を低くしたまま手探りをするように地面を探しまわり、落ちていた木を拾い集める。
「それをどうするんだ? まさか槍でも作るつもりか?」
ヴァイスの問いに、レオピンはポケットから取りだした十徳ナイフを手に、ニヤリと笑った。
「いや、もっといいものを作る」
レオピンはナイフを使って木を3本に切り分ける。
長く切った2本の木をクロスさせるように組み合わせ、ツタでしっかりと縛り上げた。
そして残った1本の短い木を、クロスさせた木に取っ手のように付けた。
「あとは、クロスさせた木の先っちょに、シンシュクサを結び付ければ……」
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ヒロエダとシンシュクサのパチンコ
個数1
品質レベル3|(素材レベル1+器用ボーナス2)
組み合わせたヒロエダにシンシュクサを付けたもの。
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その手際の良さに、ヴァイスはメガネごしの目を瞬かせる。
「おおっ、パチンコか! これなら投石よりも威力がありそうだ!」
「ああ、Y字の木があればよかったんだけど、無かったから組み合わせて作った」
「よし、もうひとつ作れるか? 僕の計算では、もう少し近い距離で、ふたりで同時に狙えば、あの巣を落とせるはずなんだ」
ヴァイスがそう言っている間に、レオピンのふたつ目のパチンコ完成しつつあった。
その速さに、さすがのヴァイスも舌を巻く。
「相変わらず、レオピンは器用だなぁ……!」
「まぁ、これしか取り柄がないからな」
「僕にとっては、100万人の味方よりも頼もしいよ。よし、さっそく攻撃開始といくか!」
お揃いのパチンコを手に、匍匐前進で近づいていくヴァイスとレオピン。
敵陣に潜入し、敵将を狙い撃つスナイパーのように、新任教師の背後に忍び寄っていく。
「よし、この距離ならいけるはずだ。準備はいいか、レオピン……?」
「ああ……いつでもいいぜ……!」
「いつもの通り、僕が3数えたら撃つんだ……! いくぞ、3・2・1っ……!」
……ビシュンッ!
ふたりの息はピッタリで、撃ち放たれた音も寸分違わなかった。
横並びになってまっすぐ飛ぶふたつの石は、さながら仲良しのイタズラ雀のよう。
石は同時に着弾、枝にわずかな根元を残し、ハチの巣を見事落としていた。
ベンチに座っていた新任教師の足元に、陶器のツボのようなものが叩きつけられて粉々になる。
「これ、なんざます……?」
新任教師は最初、なにが落ちてきたのかわからない様子でいた。
しかし破片の中から飛び出してきた無数の羽音に、顔面蒼白。
「ぎっ……ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?
ハチざますっ!? ハチざますぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
尾に火がついた怪鳥のような絶叫とともに、逃げ出す新任教師。
そばで控えていた召使いも同時に逃げ出していた。
しかしハチたちはなぜか、新任教師のほうを追いかけていく。
その様子を見ていたレオピンは不思議に思う。
「なんでハチは、先生のほうばかり追いかけてるんだろう……?」
「そんなことも知らないのか」とヴァイス。
「ハチというのは、匂いの強いものを追いかける習性があるんだ。
あの新任教師は、身なりからして香水を振りかけているんだろう」
「なるほど……!」
「またひとつ賢くなったな。それと、フーロ先生が戻ってくるといいな」
「ああ、ありがとう」
寝そべったまま拳を打ち合わせるヴァイスとレオピン。
少年たちがいる植え込みのまわりを、阿鼻叫喚がグルグルと回っていた。
「なっ、なんでざます!? なでざます!? なんでついてくるざますぅっ!?
ぎゃっ!? いたいざます! いたいざますっ! 顔を刺されたざますっ!?
いたいざますぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
この、名前どころか顔すらもロクに見えなかった新任教師は、このあと保健室へと運ばれる。
予定されていた就任は延期となり、しばらくの間はフーロ先生が担任教師を続けることになった。














