41 ヴァイスとレオピン2
41 ヴァイスとレオピン2
その少年が現われた途端、教室の空気が明らかに変った。
「ヴァイスくん……!」と頬を赤らめる女子生徒たち。
「ヴァイスっ……!」と後ずさる男子生徒たち。
悪の枢軸のような笑みを浮かべていた教頭すらも、眉間に小ジワが走る。
「す……姿が見えないと思ったら……!」
しかし、ヴァイスは周囲の反応などどうでもいいようだった。
教室に入った彼が見つめていたのは、ただひとり。
「大丈夫か、レオピン」
「ヴァイス……」
「キミが正しいことは、この僕がいちばんよく知っている。だから、謝る必要なんてない」
「で……でも……! でも俺のせいで、ヴァイスまでクラスメイトを全員から、お仕置きされるだなんて……!」
いまにも泣きそうなレオピンに、おおげざに肩をすくめるヴァイス。
「それは困ったな。僕はお仕置きするのは好きなんだが、されるのは嫌いなんだ」
『お仕置き』という言葉に、ハッとなるマザーズ教頭。
「そ、そうまざーず! ヴァイスくんとレオピンくんをお仕置きするんだったまざーず!
さぁみんな、やるまざーず! ふたりが泣いて謝るまで、ボッコボコにするまざーず!」
悪魔のような長い爪を、ふたりの少年に突きつける教頭。
ヴァイスはレオピンと背中合わせになっていた。
レオピンはこれから降り注ぐ暴力を想像して震えていたが、ヴァイスは微動だにしていない。
余裕たっぷりの表情で、拳闘のポーズを取っている。
「たった2人相手じゃウォーミングアップにもならなかったところだ。久々に楽しめそうだな」
その一言に、誰もがついに気づく。
周囲の生徒たちは、足元に倒れている上級生たちと、ヴァイスの顔を何度も見比べていた。
「そういえば、ヴァイスくんの顔は、キズひとつ付いてないぞ!?」
「この勇者様のご学友であるこのふたりは、大人ですら手が付けられないほどの乱暴者だ! それなのに……!?」
「そんな上級生をふたりも相手にして、一方的にボコボコにするだなんて……!」
「す……すげぇ……! ヴァイスくんは勉強やスポーツだけじゃなくて、ケンカも強かったのか……!」
「すてき……! まるでナイト様みたい……!」
女子生徒たちは、憧れの王子様が現われたかのようにウットリと頬を染めている。
男子生徒たちは、伝説の喧嘩番長が現われたかのように青ざめていた。
「いちおう手加減するつもりだが、これだけの数が相手だと本気の一撃が出てしまうかもしれない。
保健室送りになっても構わないものだけかかってくるがいい」
ヴァイスのこの一言で、クラスメイトたちは完全に戦意を喪失。
男子生徒たちは借りてきた猫のように大人しくなり、女子生徒たちは「キャーッ! ヴァイスさまーっ!」と大騒ぎになってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
終業のチャイムが鳴り渡る校舎。
1階の渡り廊下を、ふたりの少年は肩を並べて歩いていた。
「助かったよ、ヴァイス、ありがとう」
「なに、気にするな。それにしてもマザーズ教頭のイジメはますます酷くなっているな」
「うん。俺はなにをされてもいいんだけど……」
「聖女科のあの子は、か?」
「うん、あの子は勇者たちの取り巻きにイジメられてるだけじゃないんだ。
マザーズ教頭もイジメてるみたいで……、そのせいで、あの子は聖女科のなかでもひとりぼっちらしい」
この小学校は、ある程度の地位のある聖女の家柄の女子生徒は『聖女科』に分けられる。
敷地内にある別の校舎で、通常とは異なる授業を受けていた。
ちなみに勇者や賢者などの上級職の生徒たちは、とある理由により庶民の生徒たちと同じ校舎、同じクラスで同じ授業を受けていた。
「ふむ」と唸るヴァイス。
「聖女科にいるということは、少なくとも庶民の出ではないということだよな。
それなのにイジメられているということは、その子はよほど勇者に気に入られているらしい」
「えっ、どうして?」とレオピン。
「気に入ってるのなら、取り巻きがイジメをしてるのを止めさせるんじゃないのか?」
「好きな子には意地悪をしたくなるものさ」
「そういうものなのか?」
「ああ。ひとりで物ばっかり作ってるレオピンには、わからん感情かもしれんがな。
でも珍しいな、レオピンが女子に興味を示すだなんて」
「その子は違うんだよ。名門の聖女一族のはずなのに、俺みたいなのにもやさしくしてくれて……。貧民街にある聖堂とかにも来てくれるんだ」
「ははぁ、それで好きになったのか」
「ちっ、違うよ!? 俺はただ、あの子がイジメられてるのを見たから……!」
真っ赤になったレオピンは、誤魔化すように話題を変えた。
「そ、そんなことより、どうやったんだよ!?」
「どうやったって、なにを?」
「無傷で上級生ふたりをボコボコにしたんだろ? 俺なんて、なにもできずにやられたのに……」
「ナイショだぞ」
ヴァイスは意味ありげに笑うと、ポケットから布を取り出す。
その布は不思議な布だった。
ハンカチくらいの手のひらサイズなのに、広げるとカーテンのように大きい。
灰色で、オーロラのように白く輝いているように見えるかと思ったら、夜の帳よりも濃い黒にも見えた。
目を見張るレオピン。
「これは……『邪骸布』……!?」
「そう。レイスなどの悪霊系のモンスターを倒したときに、ごくごく希に手に入るやつだ。
父上が国王から授かったもので、屋敷の宝物庫にあったんだ」
「すごい、超レアアイテムじゃないか! これって、被ると姿が見えなくなるんだよな!?」
「ああ、といっても効果を使えるのは2回までらしい。もう1回使ったから、あと1回だな」
レオピンの目玉は、飛び出んばかりに丸くなる。
「ま、まさか……これを使って上級生たちを……!?」
「その通り」といわんばかりにウインクするヴァイス。
「ああ。同士討ちするように仕向けて、殴り合って動けなくなったところに追い討ちをした」
しかしレオピンは驚愕と不満が入り交じったような表情を返していた。
「そ……そんなのを使ってケンカするなんて、卑怯じゃないか!」
「そうか? じゃあ、上級生がふたりがかりで下級生を相手にケンカするのは、卑怯じゃないとでも?」
「そ、それは……!」
「目には目を、歯には歯を。理不尽には理不尽で立ち向かうことは、なんら恥ずべきことじゃないと僕は思う」
「でも、どうして……? どうしてそこまでしてくれたんだ?
2回しか使えない貴重なレアアイテムを使ってまで、この俺を……」
彼の父親にバレたら間違いなく怒られると、レオピンは我が事のように心を痛める。
しかし、ヴァイスは屈託なく笑い返していた。
「家で死蔵されたままのお宝と、目の前にいる親友のピンチ……どっちか大事かなんて、比べるまでもないだろ?」
それは、レオピンですらカッと真っ赤になってしまうほどの、最高のスマイルだった。














