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40 ヴァイスとレオピン1

40 ヴァイスとレオピン1


 少年は、刺すような瞳に包囲されていた。

 数年後の彼ならば、この程度の視線であれば下手な針治療を受けているかのように受け流していたであろう。

 まだ幼い彼にとっては、クラスメイトたちの批判的な視線は針山地獄のようであった。


 身体はどこもアザだらけだというのに、その上からさらに塩を擦り込まれているかのように身をよじらせている。

 いまにも逃げ出しそうに震える足。しかし少年は懸命に踏みとどまっていた。


「お……俺は、悪くないっ……!」


 懸命に、声を振り絞り、少年は眼前にいた女教師を睨み返す。

 シックなドレスに身を包んだ中年の女教師は、吊り上がった目のような三角のメガネを直しながら叫んだ。


「んまぁ!? 教頭であるこのわたくしを睨み返すだなんて、なんという不良少年まざーず!?

 やっぱり貧民の家で育った子供は、性根まで貧しいまざーずねぇ!」


「マザーズ教頭先生! アイツらは聖女科の子をいじめてたんだ! 上級生で力が強いのをいいことに、ローブを破いたりして……!」


「おだまりなさいっ!」


 マザーズ教頭は、しつけのなっていない駄馬を前にしたかのように、手にしていた馬上鞭をぴしゃりと打ち鳴らした。


「もう、調べはついているまざーず!

 レオピンくん、あなたが聖女科の女子生徒のローブを破いてイタズラしようとしていたまざーず!

 それを、勇者様のご学友たちが成敗してくれたまざーず! それが、事の真相まざーず!」


「そんな……!? アイツらはウソを言ってる! 俺が止めたら、アイツらはよってたかって俺を……!」


「勇者様のご学友たちは、名家のご子息ばかりまざーず!

 あの子たちの言っていることのほうが、正しいに決まっているまざーず!」


 マザーズ教頭はことさら厳しい顔をしていたが、いいことを思いついたといわんばかりに唇を歪めた。


「レオピンくんは、か弱い聖女科の女子生徒を襲ったばかりか、咎められても反省すらせず、他人に罪をなすりつけているまざーず……!

 こうなったら、追加のお仕置きが必要まざーずねぇ……!


 マザーズ教頭は、レオピンを取り囲んでいたクラスメイトたちに告げる。


「これからみなさん全員で、レオピンくんに追加のお仕置きをしてあげるまざーず!

 レオピンくが謝るまで、徹底的にやってあげるまざーず!」


 教頭の命令に、クラスメイトたちの反応は二通りに分かれた。


 良家の生徒たちはすでに教頭の腰巾着のようで、「はい!」と元気に返事。

 庶民以下の生徒たちは及び腰だったが、良家の生徒たちに睨まれてしかたなく「はい……」と返事をする。


 教頭公認の校内暴力、というか完全なる集団イジメであった。

 レオピン少年は、ライオンの群れに囲まれたウサギのように「ううっ……!」と縮こまる。


「さぁ、これが最後のチャンスまざーず! 土下座をして謝るまざーず!

 このわたくしの靴を舐め、いい子になると誓えば、お仕置きは許してあげるまざーず!」


 数年後の少年であれば、この程度の理不尽など、降りかかった火の粉どころか燃え尽きた灰のごとく、ひと息で吹き飛ばしていたであろう。

 しかしいまの少年には、そこまでの強靱さはない。


 レオピンは拳を握りしめてうつむき、震えはじめる。

 しかしやがて、生きたまま腸を断たれたような、苦悶の声を……。


「ご……ご……ごめ……」


 マザーズ教頭は「してやったり」と、ニヤニヤが止まらない。

 しかし水を差すように、教室の外から声がした。


「謝る必要はない」


 マザーズ教頭は、水をぶっかけられたかのように顔をぶるんと震わせ、声のしたほうを見やる。


「わたくしの教育方針に口を挟むとは、誰まざーず!?」


 返答のかわりに、開きっぱなしの教室の扉から、ふたりの大柄な少年たちが投げ込まれた。

 少年たちはもう自力で立つこともかなわず、腰砕けになっている。

 風船のように腫れ上がった顔を「もうゆるひて……」と、涙でくしゃくしゃにしていた。

 マザーズ教頭は息を呑む。


「ん……んまあっ!? この子たちは、勇者様のご学友!?」


 謎の声が告げる。


「彼らが白状してくれましたよ。聖女科の少女のローブを破いたと。それを止めに入ったレオピンに逆ギレして、ボコボコにしたと」


「そんなの、ウソに決まっているまざーず! あなたが暴力によってウソの自白をさせたまざーず!

 暴力を振るうだなんて、なんという不良生徒まざーず!」


「おや、おかしいですね、教頭先生。勇者の学友である彼らもレオピンに暴行した。

 それなのにレオピンの言い分は信じないだなんて……おかしくはないですか」


 すかさず「それは……!」と言い返そうとするマザーズ教頭だが、謎の声は機先を制する。


「わかっていますよ。勇者ならびにその学友が振るったのは正義の力で、暴力などではないんでしょう?」


「そ……その通りまざーず! 正義の味方への暴力など、許されるはずがないまざーず!

 あなたは、レオピンくん以上の不良生徒……! いいや、我が小学校始まって以来の極悪生徒まざーず!」


「わかりました。ではこの僕も、レオピンとともにお仕置きを受けましょう」


「も、ものわかりがいいまざーず! だったら隠れてないで、さっさとこっちに来るまざーず!

 あっ、わかったまざーず! ここで倒れているご学友以上に顔がボコボコになってて、恥ずかしくて出てこられないまざーず!

 カッコを付けていても、しょせんはただのチンピラまざーず! キャキャキャキャ!」


 マザーズ教頭が嘲笑すると、取り巻きの生徒たちも一様に笑う。

 扉の向こうから現われたシルエット、教室の天井からスポットライトのように差し込んだ光で、足元だけが照らされている。


 コツ……コツ……コツ……。


 エナメルホワイトの靴がゆっくりと鳴るたびに、彼の正体が明るみになっていく。

 その足音のたびに、ヤジ馬の笑みは霧散するように消え去っていった。


 洗練されたスマートな体型に、一分のスキもなくフィットしている制服。

 甘いながらもビターな顔立ちに、すべてを見通すような瞳と、インテリジェンスさと上品さを兼ね備えたスクエアのメガネ。

 キッチリとセットされていながらもサラサラの髪。


 ひとつひとつのパーツが他の追随を許さないほどに優れているというのに、そのすべてが完璧なまでに調和していた。

 なにもかもが……すべてがパーフェクトとしか言いようがない……彼の名は……!


「う゛ぁっ……ヴァイスくぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」


 現われるだけでクラス全体が震撼するほどの、噂の少年であった……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] キレイなヴァイス……。 [気になる点] ここから黒くなっていくんだなぁ……。
[一言] マザーズ教頭にドラゴンスクリューをしたい( ´ ▽ ` )ノ
[一言] やだもぅ、ヴァイス君がヴァイスしてる
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