37 堕ちゆくヴァイス
37 堕ちゆくヴァイス
俺は拠点を拡張するにあたり、1週間くらいの工期を見積もっていた。
しかし『魔贋作師』のスキルのおかげで、なんと夕暮れ前までには予定の九割九分をこなせてしまう。
最後の仕上げとして、俺は拠点の入口となる場所にゲートを作った。
こればっかりは複製する元がなかったので、いちから手作りする。
--------------------------------------------------
ギスのゲート
個数1
品質レベル37|(素材レベル12+器用ボーナス2+職業ボーナス23)
高品質なギスの木材で作られたゲート。
各種ボーナスにより、地震・火事・腐食への耐性がある。
また、彫り込まれている文字は決して劣化しない。
--------------------------------------------------
ゲートに上部に刻まれていた文字は『レオピン村』。
そう、俺はついに、村を作り上げたんだ……!
「やったぁぁぁぁぁーーーーっ!」
これは俺よりも、村人たちのほうが大喜び。
「レオくん、すごいです! こんなに簡単に、村を作ってしまうだなんて!」
「さすがお師匠様、お見事です! 」
「レオピンくん、本当にボクたち、ここに住んでもいいの!?」
「れっ、れれっ、レオピンシェフと、いいっ、いっしょの所にすすっ、住めるだなんて……
!?」
「「「「ゆっ……夢みたぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーいっ!!」」」」
モナカ、コトネ、マーチャンはとても喜んでくれて、クルミは失神寸前。
居住区のほうを見ると、多くの生徒たちが遠巻きに『レオピン村』を見ていた。
「ええっ!? なんだアレっ!? あんなの、昨日まではなかったぞ!?」
「れ、レオピン村っ!? マジかよっ!? あのゴミ、ついに村まで作りやがった……!」
「ど、どうせ、アイツと同じで、ゴミみたいな村だろ!?」
「み、見て! あの広い畑! それにどの畑も豊作で……!」
「それだけじゃないぞ! 牧場まであるじゃないか!」
「ええっ!? いつのまにあのゴミ野郎、牧場まで!?」
「わ、私たちなんて自分の家ですら、業者に建ててもらったのに……!」
「いまだに購買のマズいメシを、高い金を払って買ってるってのに……!」
「ああ……『レオピン村』の子たち、みんな幸せそう……!」
「立派な家と作物、たくさんのペットと家畜……豊かな食べ物と、仲間たちの笑顔に囲まれて……」
「私はこの学園に入ったときに、あんなふうな暮らしをするのが夢だったのに……」
「いっ……いいなぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『レオピン村』を羨んでいたのは、なにも居住区の生徒たちだけではない。
校舎の城の頂上に住み、栄華を極めていた彼もそのひとりであった。
生徒会長になると、特別に校舎の中に住む権利が与えられる。
校長や教頭、教員たちと並んで、なに不自由ない暮らしができるのだが……。
いまの彼は渇望していた。
魔導監視装置の水晶板に張り付き、まるで餓えた獣のように唸っている。
その目に映っていたのは『レオピン村』の看板。
「ぐっ……ぐぐっ……ぐぎぎぎっ……!
明日から生徒会長の権限をフル活用して、村づくりを徹底的に邪魔してやろうと思っていたのに……!
まさかたったの1日で、村を作り上げてしまうとは……!
この僕ですら、初期の拠点を作るのに何日も費やしたというのに……!」
ちなみにではあるが、彼は拠点を作り上げてはいない。
強度をまったく無視した高いだけの壁を作って崩壊させ、居住区を壊滅の危機に追い込んだだけである。
そう。彼がしたことといえば、他人の邪魔と妨害ばかり。
しかもレオピン相手に、すべて返り討ちにあっている。
もはやレオピンと比べるまでもないほどの、ダメ賢者。
しかし彼は、あきらめの悪さだけはレオピン級であった。
「こうなったら、『レオピン村壊滅計画』を発動するっ……!
僕の天才的な頭脳で、あの村を一夜にして灰にしてやるんだ……!」
「あれあれぇ~? まだいたのぉ~?」
わざとらしい声が背後からして、ヴァイスは振り向く。
部屋の入口には、カケルクンと教頭が立っていた。
「あれだけの醜態を国中に振りまいておいて、まさかまだ生徒会長でいるつもりじゃないよね? ねっ!」
「こ……校長先生! 先日の失態は、僕のせいじゃありません! トワネット……いや、すべてはレオピンのせいなのです!
でもご安心ください! ヤツの卑劣な罠に遅れを取りましたが、もう二度と同じ手は通用しません!
賢者である僕のとっておきの秘策で、あのレオピンを退学に追い込んでみせましょう!」
しかしカケルクンは、念仏を聞かされた馬のような、バカ面で聞き返す。
「はぁ~? いまさらなに言ってるの? キミがレオピンくん以下のゴミだってわかった今、なにをやってもムダだよね! ねっ!」
「こ、この僕が、レオピン以下……!? その言葉、取り消してください! いくら校長でも、言っていいことと悪いことあります!
たとえこの僕が許しても、僕の父が……!」
不意にカケルクンの背後、廊下から声が届く。
「3.1415926!」
「そ、その声は、まさかっ……!?」
「そう、そのまさかですね」
カケルクンと教頭の間をぬって現われたスマートな影に、ヴァイスは呼吸が止まりそうになる。
「お、お前は、パイスっ……!? どうしてここに!?」
そう呼ばれたのは、ヴァイスによく似た理知的な少年だった。
パイスはヴァイスのお株を奪うように、丸いメガネをクイと直す。
「3.1415926……兄さん、まだわかりませんか? この僕がここにいるということは、兄さんはもう、用済みということなんですよ。
この学校だけでなく、我が一族からも、ね……!」
……ズガァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
落雷の直撃を受けたように、ショックに打ちひしがれるヴァイス。
「兄さんの醜態、この僕もたしかに見させてもらいました。ゴミを食べて吐くだなんて、一族の面汚しにもほどがありますよ、まったく……。
この僕は兄さんと違って天才なので、1年ほど飛び級してこの学園に入ることができました。それだけでなく、いきなり生徒会入りですよ」
「なに……? お前のような未熟者が生徒会長になったら、この学園は……!」
「3.1415926……兄さん、あなたはやっぱりわかっていない。僕はいま『生徒会入り』と言いましたよね?」
「ふ……ふん、生徒会長は他にいるということか。でもこの学園に、僕以上に生徒会長に相応しい人間なんて、どこにも……」
「いない」と言いかけて、ハッとなるヴァイス。
「ま……まさか……!? まさか、あのお方たちが……!?」
……ズドォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
その問いに応えるように、廊下側の壁がすべて吹き飛んだ。
もうもうとあがる粉塵の向こうに、いくつものシルエット。
この破壊を引き起こしたのであろう人物たちが、廊下をひとつ挟んだ向こう側の部屋にいた。
ということは彼らは、ふたつの壁をまとめて壊したことになる。
一切の道具を用いず、これほどの破壊力を発揮できる職業は、最上級職をおいて他にない。
「ざぁこ♪ こんなに脆い壁なんだったら、バーちゃんが出るまでもなかったじゃん」
「でもこれで、お部屋が少しは広くなりました。いままではウサギ小屋くらいでしたけど、ブタ小屋くらいにはなりましたね☆」
ヴァイスのいた生徒会室は、ホテルのロイヤルスイートばりの広さがある。
広々としたウォークインクローゼットに、3つの浴室、寝室にいたっては5つもあった。
この学園においては校長と教頭に次いで恵まれた部屋だというのに、それをウサギ小屋呼ばわりとは……。
その人を食ったような台詞で、ヴァイスは確信した。
「あ……あなた方はっ……!? 1年11組っ……! ついに、この学園に……!?」
しかし影は誰も答えない。
かわりにパイスが溜息交じりに言う。
「3.1415926ぅ……はぁ、僕のクラスメイトはみんな『本物』ですから、兄さんのような『ニセモノ』とは言葉を交わしたくないようです」
「こ……この僕を、ニセモノだとっ……!? ふざけたことを言うな、パイスっ!
それに本来ならば、僕が1年11組に編入される予定になっていたんだぞ!? それを、お前なんかが横取りしていいと……!」
影が笑った。子供のように、ひときわ小さな影だった。
「ざぁこ♪ そう言うなら実力を見せつけて、奪ってみせればいいじゃん。このバーちゃんと魔法勝負なんてどぉ?」
「その身体からして、お前も『飛び級』だな!? しかもパイスのように中学校からではなく、さらに下の小学校からか……!
噂は聞いているぞ! 天才大魔導女、バクオン!
しかしいくら天才とはいえ小学生ごときが、高校生賢者の僕と魔法勝負をして、勝てるわけが……!」
ヴァイスは身構え、大魔法発動のポーズを取る。
しかし次の瞬間、濁流のような爆風と衝撃に身体をさらわれていた。
……ドゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
窓側の壁が粉々に吹き飛び、ヴァイスの身体は夕焼けの空に投げ出される。
ヴァイスは大の字になって落ちていきながら、ヒビの入った眼鏡ごしの目を剥き出しにしていた。
「はっ、速いっ……!? なんて速い詠唱なんだ……!? ま、まさか、無詠唱……!?
爆炎魔法ほどの高位の魔法を、無詠唱できる魔術師が、この世界にいるだなんて……!」
ヴァイスは瓦礫とともに落ちていく。
生徒会室は城の頂上付近に位置しており、地面までは30メートルほどの高さがある。
このままでは校舎の中庭に叩きつけられてしまい、まず助からないだろう。
ヴァイスは呆然と、風通しのよくなった生徒会室を見上げていた。
そこには、あっかんべーをするバクオンと、心配する様子もないパイスの姿が。
そして1年11組のそうそうたるメンバーたちが、オレンジ色に輝いていた。
彼らはみな立派な装備に身を包んでいて、ヴァイスは自分の特注のコートですら、みすぼらしく思えるほどだった。
次回、ヴァイス死す……!?
彼の生死が気になるところですが、来週は掲載をお休みさせていただきます。
次回掲載は1月5日(水)の予定です!
待つまでの間、ぜひ新連載のお話を読んでみてください!
このお話がお好きな方であれば、ぜったいに楽しんでいただけると思います!
このあとがきの下に、お話へのリンクがあります!














