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33 パンはパンでも

33 パンはパンでも


 時は少し戻る。

 レオピンが初めて『西の開拓者の朝食』を作り、それをちょうど食べ終えた時のこと。


 幸せな満腹感に浸っていたのレオピンだが、家の外から多くの足音が近づいてくるのを耳にした。


「誰だよ、こんな朝っぱらから……。農作業を手伝いに来てくれたのなら嬉しいけど、こんな早くに……」


 ブツブツと独り言を言いながら門の外に出ると、そこにはクルミをはじめとする、1年16組の生徒たちがいた。

 「どうしたんだ、クルミ」とレオピンが尋ねると、クルミは言いにくそうに、もじもじと切り出す。


「あっ、あのあの、れっ、レオピンシェフ……。じっ、じつは、お願いが、ありまし、て……。

 ぱぱっ、パンの作り方を、おっ、おしえて、もらえません、か……?」


 蚊の鳴くような声で、ぺちゃんこのパンを差し出してくるクルミ。


「こっ、これは、わわっ、私のクラスのぱっ、パン職人さんが焼いた、ぱぱっ、パンなんです、けどっ……。

 どどっ、ど、どうやっても、レオピンシェフのぱっ、パンみたいに、うまく膨らまなくって……」


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 低品質な種なしパン

  個数1

  品質レベルマイナス6|(素材レベル51+職業ボーナス1+調理ボーナス2+素材殺しペナルティ60)


  基本的なレシピで焼かれたパン。

  素材は最高品質だが、職人の腕前が未熟で、材料も足りていないため、味は悪い。


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 レオピンには『鑑定』スキルがあるので、手に取っただけで、どんなパンなのかがすぐにわかった。


「そりゃそうだろ、これは種なしパンじゃないか」


「たっ、たねなし、パン……?」


「ああ。無発酵パンともいうな。酵母が入ってないから、こんなにぺちゃんこなんだよ」


 するとクルミは小首をかしげ、頭にハテナマークをいっぱい浮かべていた。

 彼女だけじゃなく、後ろにいる調理師姿の男女たちも、同じように浮かない表情をしている。


「なんだ、お前たち酵母も知らないのか……。って言いたいところだけど、俺もつい最近まで知らなかったんだよな。ほら、コイツを持ってけ」


 レオピンはコートのポケットから、革の水筒を取り出す。

 中身は、彼が作りだめしておいた『プリンセスアップルの酵母』である。


「この中に入っている液体をパンの生地に混ぜて、あったかいところでしばらく放置するんだ。そうする膨らんでくるから、それから焼いてみろ」


 調理師の卵たちは半信半疑の様子だった。

 水筒の中を覗き込み、「こんな水を入れるだけで、本当にパンが膨らむの……?」といぶかしげだ。


「じゃあここで、実際に使ってみるといい。ここにはパン作りの設備がひととおりあるからな」


 それからレオピンの指導のもと、パン作り教室が始まる。

 といっても20人も生徒がいるので、個々へのしっかりした指導はできず、簡単な説明だけにとどまった。


 小さめのパンをひとり1個ずつ作り、焼き上げてみると……。


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 パン

  個数20

  品質レベル4|(素材レベル51+職業ボーナス1+調理ボーナス2+素材殺しペナルティ50)


  基本的なレシピで焼かれたパン。

  職人の腕前が未熟だが、素材が最高品質のため、それなりの味になっている。


--------------------------------------------------


 ふっくらとはいかないまでも、当初のパンよりはパンらしい柔らかさのパンができあがった。


「う……うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 それだけで、歓喜の声が沸き起こる。


「すごい! ちゃんと膨らんだ!」


「味も、私たちが作っていたものより、ずっとおいしいよ!」


 ほころぶ笑顔で試食する調理師の卵たちに、レオピンは言った。


「あとは繰り返しパンを作っていけば、そのうちこのくらいのパンが焼けるようになるはずだ。コイツを焼いたのは1週間くらい前だが、食べ比べてみるか?」


 レオピンがポケットから出したのは、ひとつのパン。

 このパンを口にしたことがあるのは、1年16組のなかではクルミだけである。


 パンを受け取った生徒たちは、またしてもいぶかしげだった。


「このパンもおいしそうだけど、1週間間に焼いたものなんでしょう? 1週間も経ったパンなんて、堅くてマズくて食べられたもんじゃないよね?」


「うん、このパンは柔らかいみたいだけど、いくらなんでも、僕たちの焼きたてのパンより美味しいなんてことが……おいしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 パンをひと口食べただけで、彼らはあまりのおいしさにブッ倒れていた。

 その勢いのまま、額を地面にこすりつける。


「くっ……クルミちゃんがレオピンくんのことを、シェフと呼んでいた理由が、いまわかりましたっ!

 れっ……レオピンシェフ! どうか僕たちも、弟子にしてくださいぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!!」


 謙虚な気持ちになった1年16組の生徒たちは、揃ってレベルアップを果たす。

 光輝く彼らに土下座され、レオピンはやむなく弟子入りを承諾した。


 そして、さらなる栄光に包まれる。


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 拠点

  LV 8 ⇒ 9

  規模 ちいさな牧場 ⇒ ちいさな牧場と訓練場

  人口 1

  眷獣 3

  傍人 52 ⇒ 71

  家畜 馬6 鶏12 牛5 ヤギ8


  拠点スキル

   活動支援

   拠点拡張

   拠点防御

   農業支援

   第二の故郷

   眷獣支援

   料理支援

   畜産支援

   安住の地


   NEW! 訓練支援

    拠点内の訓練において、成果にボーナスを得られる


--------------------------------------------------



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 下級の調理師たちが、着実なるレベルアップを果たしていた頃。

 彼らにとっては雲の上の存在である、上級調理師のトワネットはというと……。


 トワネットはヴァイスから依頼された、小麦畑を取材に来る記者たちに振る舞うためのパン作りをしていた。


 彼女がリーダーをつとめる、1年12組が営むカフェ『永遠のトワネット』。

 その厨房を貸し切りにして、優雅に調理を進めている。


 厨房には購買で買い集めた、立派な銀製の調理器具が並ぶ。

 しかも最高なのは環境だけではなく、カケルクンが秘密のルートで取り寄せたという、王国では最高級の小麦粉を材料している。


 これだけの要素が揃えば、最高のパンができあがるのは間違いなかった。


--------------------------------------------------


 ひどい種なしパン

  個数1

  品質レベルマイナス12|(素材レベル11+職業ボーナス1+素材殺しペナルティ24)


  基本的なレシピで焼かれたパン。

  素材は高品質だが、職人の腕前が未熟で、材料も足りていないため、味は最悪。


--------------------------------------------------


 できあがったのは、巨大化したゾウリムシがゾウに踏み潰されたような、へんな物体であった。

 しかもこれが初めてではなく、30個目。


「な……なんでですのっ!? なんで何度やってもこんなペチャンコのパンになるんですの!?

 見た目を良くするために入れたお花も、なんだか地獄の押し花みたいになっておりますわ!?」


 トワネットは宮廷菓子職人(パティシエ)であったが、まだレベル1だったので、その腕前は素人同然。

 しかしそのプライドだけはもう一人前だったので、大いに傷ついていた。


 しかも横に置いてあるパンが、彼女の屈辱をさらに増大させる。


「な、なんで、無職の落ちこぼれが作ったパンが膨らんで、トワのパンが膨らまないんですの!?

 トワは、偉大なる宮廷菓子職人(パティシエ)なんですのよ!? それなのに、それなにっ……!

 とわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 厨房には研究対象として、これまたカケルクンが極秘入手した、『天使のふわふわパン』があった。

 トワネットは食べるまでもないとバカにして手も付けていなかったのだが、そもそも味どころか、見た目すらも遠く及んでいない。


 それどころか八つ当たりして、踏み潰してしまう始末。

 そしてこれこそが、下級菓子職人(パティシエ)の少女、クルミとの差であった。


 クルミはレオピンを素直に尊敬し、パン作りの教えを請う。

 結果として、菓子職人(パティシエ)としての階段をひとつ上ることができた。


 しかしトワネットは真逆。

 レオピンを見下し、落ちこぼれが焼いたパンなど簡単に超えられるとたかをくくっていた。


 その結果が、悲惨なゾウリムシの量産。

 トワネットは自己流のパン作りを徹夜で続けていたのだが、ついぞ、パンと呼べそうなものは出来あがらなかった。

 記者たちが訪れる前日の夜、トワネットは不眠不休のあまり、悪魔の声を聞いてしまう。


 史上最悪の悪だくみが、花開いた瞬間であった……!


「そ……そうですわ……! 膨らまないのであれば、生地に詰め物をして、膨らんだように見せかければいいんですわ……!」


 そう思い立ち、彼女はいろいなものを生地に詰め込んでみた。

 最初は食べられるものを使っていたのだが、どれも満足のいく結果は得られない。


 仕方がないので綿や布などを用いてみたのだが、イマイチであった。

 そしてふと見やった厨房の隅に、木のタルに山積みになった、ホコリ混じりの生ゴミを見つける。


 それはお嬢様の彼女にとって、普段なら視界の片隅にも入れたくない、汚らわしいものであったのだが……。

 今はなぜか、最高級の羽毛のように見えた。


「いくらなんでも、ゴミを詰めるわけにはいきませんわよね……」


 しかし疲れ切っていた彼女は、言葉とは裏腹にフラフラと歩きだしていた。

 まるで明かりに吸い寄せられる蛾のように、生ゴミを手に取る。


「ああ……柔らかい……。まあ……試すだけ、試してみても……いいかもしれませんわね……」


 トワネットの頭の中にはすでに、花の咲き乱れる小道が広がっていた。


 お嬢様は、まだ知らない。


 その花こそが、彼女にとっての徒花だということを。

 ランクダウンへ真っ逆さまの、地獄の片道であるということを。


 下級と上級、謙虚と驕り、栄光と挫折。

 両者の明暗が、くっきりと分かれた瞬間であった。

書籍化情報の続報となります!

今回は、モナカの付き人であるオネスコを大公開!

りりし可愛い彼女の姿は、このあとがきの下にあります!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ? 菓子なら作れるの? それとも命令だけで部下とか取り巻きに作らせ(買わせ)てるの?(カフェ持ってる)
[気になる点] レベルが低く、努力(勉強)もしないなら無理ないけど、高レベル職人の秘伝としては存在するのかな? パン教室とかで言ってたような無かった様な……。
[一言] ゴミが入ってるってどういうことだ!?と思ってたけど そういうことだったのか!! パンが膨らまないからってこれはないだろ まぁ徹夜したせいでいろいろおかしくなってるから こういうことも平気でや…
感想一覧
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