31 聖女とミコの大勝負
31 聖女とミコの大勝負
「はい! こちらは1年16組の方々が営むカフェなんですが、レオくん……レオピンくんを讃えるために、屋号を『レオパン』に変更したんです!」
「お師匠様……レオピン様は素晴らしいお方です! 許されることなら私の『ジンジャ』も『レオピンジンジャ』にさせていただきたいくらいです!」
熱にうかされたようにまくしたてる、モナカとコトネ。
そこから先のやりとりはもう、流れるような勢いだった。
「レオピン!? 小麦畑に刻まれていたのと同じ名前ではないですか!?
ヴァイス様がおっしゃるには、落ちこぼれのどうしようもない生徒だって……!」
「そんなことはありません! だってあの小麦畑はレオくんが作ったものなのですから!」
「わたくしたちも放課後になると、お手伝いさせていただいております!」
「それにこのパンも、レオくんのレシピで焼いたものなんですよ!」
「お師匠様が小麦畑とパンを作り、そしてわたくしたちに授けてくださったおかげで、この居住区ではみんながパンを頂けるようになりました!」
「レオくんがいなければ、わたしたちはパンも食べられず、困窮していたはずです!」
「ああっ、お師匠様は、救いの神様ですっ……!」
モナカとコトネはレオピンの素晴らしさを説いているうちに感極まったのか、青空が映り込むほどに澄みきった瞳をうるうるさせている。
とうとう膝を折り、看板のレオピンに向かって祈りはじめた。
高名なる聖女の祈りは、本来なら神と権力者だけに捧げられるもの。
それほどまでに崇高なるものが、無名の生徒に向けられたことで、記者たちの困惑はピークに達する。
「す、すげえ……! モナカ様とコトネ様が、跪いておられる……!」
「レオピンとかいう生徒は、いったい何者なんだ……?」
「名門のご子息には、そんな名前の方はいなかったはずだが……?」
「もしかして、無名の庶民の出なのか? 庶民の生徒がそんな活躍するだなんて、ありえないはずなのに……」
「みんなもそう思うよねぇ? ねぇねぇ?」
そこに、腐りきったような割り込んでくる。
見るとそこには、試食のパンを手でこねくり回しているカケルクンと教頭がいた。
「モナカさんとコトネさんの言ってることは、なにひとつ証拠がないよねぇ?」
するとふたりの聖女は、憤然と起立する。
「そんな! 校長先生は、わたしたちがウソをついているとおっしゃるのですか!?」
「うん! だってその根拠は、じゅんぶんにあるんだもんね! ねっ!」
案内役のバトンをヴァイスに渡したカケルクン。
あとはヴァイスに任せておけば大丈夫だろうと思って校内でノンビリしていたのだが、気分が悪くなったと保健室に駆け込んでくる生徒たちを見て、不安になった。
『永遠のトワネット』に行ってみると、そこにはひとりで死屍累累の惨状を晒している賢者の姿が。
きっとヴァイスがとんでもないミスをやらかしたのだと思い、カケルクンは慌てて対策を考える。
そこで彼が取った手段は、『すべてをウソだと言い張る』……!
これまでのレオピンの活躍は、一部の生徒や支援者たちは当たり前のように知っている。
生徒については強権で黙らせればいいし、支援者たちはむしろ積極的に口をつぐむ立場だ。
しかし問題はモナカやコトネで、彼女たちには権力が通用しにくい。
そこで、カケルクンが考えたのは……。
「モナカくんとコトネくんは、勇者様の気を引きたくてウソを付いてるんだよね!
勇者様にヤキモチを焼かせたくて、レオピンくんなんていう、たいして取り柄のない落ちこぼれをもてはやしてるんだよね! ねっねっ!」
なんと、ふたりの聖女の純粋な想いを、狂言扱い……!
かなり無茶な作戦ではあるが、カケルクンには確信があった。
レオピンさえいなければ、なんとかなる、と……!
レオピンがこの場にいたら最後、優秀さは簡単に証明されてしまう。
しかしいまレオピンは、湖で補習の真っ最中。
現時点において、記者たちにとってレオピンの印象は、神話に出てくる動物ばりに浮世離れした存在でしかない。
中継は昼までの予定なので、この場を乗り切ることさえできれば……。
レオピンは、想像上の生き物と化すっ……!
その企みは効果バツグンで、記者たちのあいだにはさっそく安堵が広がっていた。
「なるほどぉ……! そういうことでしたか……! それならば納得がいきます!」
「おかしいと思ったんですよ! 聞けばそのレオピンとかいう生徒は、落ちこぼれなうえに無職だそうじゃないですか!」
「そんなダメ生徒が、勇者様や賢者様以上の活躍をするだなんて、ありえませんからね!」
モナカとコトネは懸命にくいさがる。
「ウソじゃありません、本当なんです! だってここにあるパンこそが、なによりもの証拠です!」
「それに小麦畑をお師匠様が作ったのでなければ、いったいどなたが作ったというのですか!?」
話をそっちにもっていかれてはマズいと思ったカケルクンは、よりいっそう声を張り上げた。
「そこまでレオピンくんのことを信じてるなら、ゲームをしようね! ねっ!
その名も、『レオピン開拓者ゲーム』だよっ!」
反論も差し挟ませずに一気に告げられたルールはこうだ。
これからレオピンが1ヶ月の間に、『開拓者の朝食』を作ることができれば、モナカとコトネの勝ち。できなければ負け。
「レオピンくんが本当に優秀なら、1ヶ月で素材を調達して『開拓者の朝食』を作ることくらい簡単だよね!?
この勝負はモナカさんとコトネさんに対してのものだから、特別に、ふたりがレオピンくんを手伝うのをアリにしてあげる!」
この宣言に、記者たちは大いに盛り上がった。
「おおっ!? 開拓系の学園において、農業の次の目標は畜産ですよね!」
「畜産ができるようになるのはさらに1年ほどの期間が必要だと言われています! いくら優秀な生徒でも、1ヶ月まで短縮するのは、いくらなんでも……!」
「でも達成できたら、レオピンという生徒は本当に優秀な生徒さんということが証明されますね!」
カケルクンにはじゅうぶんな勝算があった。
そもそもこの勝負、1年かかるものを1ヶ月でという時点で、カケルクン側が大幅に有利。
――1ヶ月で『開拓者の朝食』を作るだなんて、不可能だもんね!
それに、なにを作るかがわかっていれば、いくらでも妨害ができちゃうもんね!
それにそれに、仮に達成されちゃったとしても……。
記者たちは今日の昼には帰っちゃうから、第三者の証人は誰もいないもんね!
証人が生徒と支援者だけなら、いくらでももみ消しができるよね!
結果発表を、1ヶ月後の王都の記者会見で行なうことにすれば、いくらでも結果をでっち上げられる……!
今度こそこの勝負は、僕の勝ちっ! 勝ちぃぃぃぃーーーーっ!!
カケルクンはビシッ! とモナカとコトネを指さす。
「キミたちがこのゲームに勝ったら、僕のポケットマネーから20億をあげるよ! ふたりで分けても10億¥だね! ねっ!」
これには記者たちだけでなく、ヤジ馬の生徒たちまで「おおおーーーっ!?」と沸き立つ。
観衆は完全に、カケルクンの味方だった。
「ただしキミたちが負けたら、スレイブチケットを冊子ごと僕に渡すこと! いいね!? ねっねっ!?」
あれよあれよといううちに外堀が固められ、モナカは困惑した。
「あ、あの、校長先生、それって賭け事ですよね? 賭け事はわたし、ちょっと……」
しかし隣に控えていたコトネが、ずいと前にでる。
「この勝負、お受けいたしますっ……!」
「そんな!? コトネさんっ!?」
「モナカ様、わたくしたちはこの身を、お師匠様に捧げると誓ったではありませんか。
それにわたくしはこれ以上、お師匠様の偉業をないがしろにされるのを、見過ごしたくはないのです!」
その決意表明に、カミナリに打たれたようにハッとなるモナカ。
コトネに居並ぶように、一歩前に出る。
「わたしも、やりますっ……! わたしもこれ以上、レオくんのすごさが認められないのは、ガマンできませんっ……!
そして校長先生! このゲームをお受けするかわりに、もうひとつお許しいただきたいことがあります!」
「なにかな、かな?」と茶化すように答えるカケルクン。
「わたしたちが『レオピン親衛隊』として活動することを、学園として認めていただきたいです!」
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
パン屋の前で爆発した叫喚が、居住区じゅうを駆け巡る。
無理もない。聖女のモナカが『連盟』の結成も同然の発言したからだ。
『連盟』というのは、クラスや委員会や部活動などの、学園で規定された枠組みを超えた集まりのこと。
開拓系の学園では中期あたりに行なわれ、ようは組織の統廃合のための仕組みである。
例をあげると、マーチャンの『商人連合』は連盟の一種である。
そしてレオピンがいなかったら今頃は、『豪商連合』に吸収されていたことだろう。
このように、連盟自体はそれほど珍しいものではない。
しかしモナカほどの名のある聖女が、勇者や賢者以外のために連盟を結成するのは異例中の異例であった。
記者たちのざわめきは止まらない。
「モナカ様が連盟結成!? これはとんでもないスクープだぞ!」
「でも連盟は、聖女の一生に関わる重要な決定だ! モナカ様の保護者の方は、このことを知っているのか!?」
その問いに答えるように、モナカは伝映装置に向き直り、カメラ目線で言った。
「お姉ちゃん! ご覧になってますか!?
レオくんのことは、お手紙で何度もお知らせしておりますよね!?
お姉ちゃんからのお返事は、まだわたしの元には届いておりませんけど……。
もし、お姉ちゃんにダメだと言われても、わたしはレオくんを支えていきたいんです!」
モナカは「わがまま言ってごめんなさい!」と、伝映装置に向かって深々と頭を下げる。
いきなりの連盟結成発言、しかも無職の落ちこぼれの名を冠したものなど、カケルクンとしては絶対に許すわけにはいかなかった。
しかしこの勝負、カケルクンにとっては蜘蛛の巣のようなもの。
絶対勝利が約束された領域に、美しき蝶を誘い込むことができれば……!
――レオピンにくっついた目障りな生徒らを、一掃でき……!
今度こそレオピンを、ひとりぼっちにできる……!
しかも、とびっきりの美少女たちの、オマケつきっ……!
スレイブチケットで、あんなことやこんなことを命令して……! カカカカカッ!
カケルクンはヨダレを撒き散らしながら宣言する。
「いいよ! キミたちが勝ったら20億に加えて、『レオピン親衛隊』の結成を校長として正式に認めてあげる!
それじゃあ今から、ゲームスタートだよっ!
ゲームが始まった以上は、勝負がつくまでリタイヤは許されないからね! ねっねっ!」
聖女対カケルクンという、過去に例のない対戦カード。
その戦いの幕が、ついに切って落とされた……!
しかしその幕が、地面に落ちるか落ちないかくらいのタイミングで、勝負は決着する。
パン屋の建物から、トレイを手にしたひとりの少女が出てきた。
トレイにはほかほかと湯気をたてる料理が載っている。
彼女はずっと奥の調理場にこもっていて、これまでのやりとりをなにひとつ知らなかった。
少女は店の前にできた群衆を見て、なにをしてるんだろう? と小首をかしげる。
やがて勇気を振り絞るように、ヤジ馬たちに向かって呼びかけた。
「あ、あのあの、あのぉーっ! あっ、新しいメニューが、でっ、できあがりましたーっ!
れっ、レオピンシェフが、材料とレシピを提供してくださった、にっ、『西の開拓者の朝食』でーっす!」
「はっ……はっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
器用貧乏の発売日が、2022年1月8日(土)に決定いたしました!
そしてコミカライズも決定しました!
現在、『マグコミ』様にて企画進行中で、作画担当は、スガンさんに決定いたしました!
さらに第1巻の表紙もできあがりました! このあとがきの下をご覧ください!














