30 その名はレオパン
30 その名はレオパン
学園の居住区の、大通りの中央。
そこは開拓系の学園における商業の中心とされており、上級職の店が軒を連ねる一等地である。
そのハイソな空間は、いまや地獄絵図と化していた。
さっきまで成功者を気取っていた賢者は、もはや負け組以下のビジュアル。
這いつくばってバケツに顔を突っ込み、聞かされたこっちまで気分が悪くなるような濁音を、通りいっぱいに響かせていた。
周囲で見ていた生徒たちは、耳を塞いで蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。
記者たちは、目の前で起こったすべての醜態を伝映装置に納めながら、騒然となっていた。
「な、なんだ、いったい、なにが起こったんだ……?」
「あれじゃ最高のパンじゃなくて、最低のパンを食ったときのリアクションじゃないか……!」
ひとりの記者が、テーブルに残ったパンの半片に気付く。
「ご、ごらんください! なんでしょうかこのパンは!? 腐った果物の皮が詰まってます!?
クサっ!? とても人が食べるものとは思えませんっ!?
まさかこの学園の指導者の方々は、こんなドブネズミのエサ以下のパンを、毎日食べているのでしょうか!?」
「ひどい、あまりにもひどすぎる……! 最底辺の開拓学園でも、もっとマシなパンが出てくるというのに……!」
「これはいったいどういうことなのですか、ヴァイス様っ!?」
問い詰める記者たち。
しかしヴァイスはバケツに顔を突っ込んだまま、白目を剥いて気絶していた。
「ヴァイス様はお話できる状態ではないようです! となると……」
記者たちは、このパンを出してきたトワネットを探す。
裏路地の向こうに小さくなっていく後ろ姿を見つけ、叫んだ。
「トワネット様はあそこにいるぞ! 追いかけて、お話を伺うんだ!」
動かなくなった賢者はほったらかしで、裏路地に向かって走りだす記者たち。
しかし次の通りに飛び出した瞬間、その足はピタリと止まった。
「うわぁ、すごくいい匂い……! 焼きたてのパンの匂いね!」
「そうそう、欲しかったのはこの匂いだよ! 腐ったパンみたいな匂いじゃなくて!」
「どうやら他にもパンを出す店があるみたいですね! あっ、どうやらあの角の店みたいです!!
「大通りの店で出てきたパンがあんなゴミだったから、あんまり期待できそうもないけど……行ってみよう!」
記者たちはトワネットの追跡をやめ、揃って角の店へと向かう。
そこには、まさに彼らが待ち望んでいた光景が広がっていた。
「おおっ!? ここのパン屋はすごい! 通りいっぱいに行列ができてるぞ!」
「店の中の外も、客で満員じゃないか!」
「すげえ! 大通りの店より不利な立地なのに、こんなにいっぱいの客が集まるだなんて!」
記者たちはしぼみかけた期待を再び膨らませながら、店へと近づいていく。
店頭では、三角巾をかぶったふたりの女生徒がバスケットを小脇に抱え、試食品のパンを配っていた。
「どうぞ、召し上がってください!」「とってもおいしい、焼きたてのパンでございます」
渡されたのは、手のひらサイズのロールパン。
見た目は『永遠のトワネット』で出されたパンに匹敵し、なによりも匂いが素晴らしい。
記者たちは先ほどのゴミパンの記憶が残っていたが、思い切って食べてみる。
「おっ……おいしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
過剰ともいえるリアクションが炸裂。しかしこれは演技などではない。
「みっ、みなさん! こっ、このパン、めっ、めちゃくちゃおいしいです!
王都の一等地のパン屋でも、これほどまでのパンは売っていません!」
「うぅむ! 私は国王との食事会に招かれ、世界最高のパンを頂いたことがあるが、このパンはそれ以上だ!」
「うわぁ、この学園にいる生徒さんたちは、こんなおいしいパンが毎日食べられるんですね! いいなぁ~!」
「レオくんのパンは最高ですよね!」「お師匠様のパン、もうひとついかがですか?」
女生徒たちは、ニコニコと2個目のパンを渡してくれる。
記者達はてっきり、彼女たちは下級職の庶民の生徒なのだろうと思っていた。
しかし、三角巾の下にあった顔をよく見てみると……。
「あ……あああっ!? あなた様はもしかして、モナカ様っ!?」
「こっ、こちらにおられるのは、コトネ様ではないですかっ!?」
記者たちは慌ててひれ伏す。
「なっ、なぜおふた方のような上級職の方々が、パン屋の売り子などというマネを……!?」
ふたりの少女は、若おかみのような笑顔で答える。
「レオくんのためです!」「お師匠様のためです!」
どうやらふたりは、同じ人物のことを指しているようだった。
それだけで、記者たちは沸き立った。
なにせモナカとコトネといえば、リークエイトでも知らぬ者がいない名家の令嬢である。
本来はひとりから好かれるのも大変なのに、ふたりの分のハートを手に入れるなどというのは、不可能に近い。
チェスで例えるなら、敵軍のクイーンまでもを自在に操れるようなものである。
ようはそのくらい、ありえない話といっていい。
「す、すごいですね! おふたりにここまで想いを寄せられる、幸せ者の生徒さんがいるとは!」
「きっと、すごい指導者の方なのでしょうね! そのお方は、ヴァイス様……? ではなさそうですね。
となるとやっぱり、勇者様……?」
ふたりの令嬢は「いいえ!」と口を揃える。
多くの女性は、勇者と噂になっただけで狂喜するというのに、ここまでキッパリと噂を否定するのは過去に例がない。
記者たちのジャーナリスト魂が、がぜん燃えてくる。
「おふたりが勇者様以上だと認め、お慕いする殿方……それはいったい、どなたなのですか?」
モナカとコトネの顔が、伝映装置にアップで捉えられる。
きっと王国じゅうの人間がいま、釘付けになっていることだろう。
この美少女たちのハートを射止めたのは、誰なのかと……!
そしていま、ふたたび……!
あの少年の名前が、全国デビューを果たすっ……!
……バッ! とふたりのプリンセスが示した先、それはパン屋の看板だった。
そこにはデカデカと少年のイラストが描かれており、その下の屋号には……。
「れっ、レオパァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?」
書籍化情報の続報となります!
今回はアケミとシノブコのイラストを大公開します!
このあとがきの下をご覧ください!














