20 真ヘルマラソン
20 真ヘルマラソン
新任の体育教師がやって来たその日は、午前も午後も体育の授業に当てられることとなった。
新任の挨拶は、体育教師らしく校庭で行なわれる。
このとき校庭には全校生徒が集められていたのだが、レオピン以外は全員体操服であった。
「ブィィィィンッ! サーの名前は、『サー・バイブ』!
リークエイト王国陸軍学校の、サバイバル科の教官であったのだが、ゆえあってションベン垂れの貴様らの面倒を見ることとなった!
サーが来たからには、一部のゴミを除いて、貴様ら全員を一流のソルジャーにしてやる!
わかったらその口でクソを垂れるまえに、イエス・サーと言え!」
迷彩のタンクトップごしの胸筋をブルブルさせながら、自己紹介をするサー・バイブ。
さすが現役軍人だけあって、以前の体育教師である、ニックバッカ以上の見事な肉体をしていた。
「ブィィィィンッ! サーは無駄なおしゃべりなど好かん!
さっそくサバイバルの訓練として、いまから湖へと向かうっ!」
体育教師のはずなのに、いきなりのサバイバル宣言。
生徒たちは困惑していたが、問答無用とばかりに校庭の一角を指さしていた。
「さあ、クラスごとに別れて、あの馬車に乗るのだ! どの馬車に乗るかは、車体の横のところに書いてあるからな!」
校庭の隅に停めてあった馬車は、各クラスの台数分だけあった。
上位ランクのクラスの馬車は豪華な屋根つきで、下位に行くほど屋根もない貧相な馬車になるという、この学園ならではの配慮も忘れていない。
そして案の定、『特別養成学級』の馬車はなかった。
このときレオピンは、生徒たちのいちばん後ろでボケッと突っ立っていただけなのだが、サー・バイブはレオピンを両目で捉えながらハッキリと告げる。
「ブィィィィンッ! ふふふ、聞いているぞ! 貴様は落ちこぼれだが、走るのだけは得意だそうじゃないか!
ニックバッカを相手に『ヘルマラソン』で勝利したそうだな!
だから今度は『真ヘルマラソン』に挑戦させてやろうと思ってな!
リークエイト王国陸軍において、もっとも厳しいとされる訓練のひとつを体験できる、またとないチャンスだぞ!」
レオピンは見知らぬ人間に理不尽に絡まれるのはもう慣れていたので、頭をボリボリ掻きながら応じる。
「はぁ、別にいいですけど……。でも、俺だけですか?」
すると、サー・バイブの巨躯の背後から、ひょっこりとふたつの顔が現われる。
校長と教頭のコンビであった。
「生徒の得意な分野を伸ばしてあるだなんて、それはいいアイデアだね! ねっ!
じゃあせっかくだから、『レオピン真ヘルマラソンゲーム』といこうね! ねっねっ!」
示し合わせたようなタイミングで現われたカケルクンによって、一方的にゲームのルールは決められた。
まず、レオピンの胴体と、馬車の最後尾をロープで結び付ける。
そして走る馬車のあとを、レオピンもいっしょになってついていく。
目的地である湖までは馬車は停まらないので、レオピンは湖までずっと走り続けなくてはいけない。
ギブアップは認められず、へばったら最後、レオピンは湖まで引きずられ続けることになる。
そして馬車に触りさえしなければ、走っているの最中は、レオピンはなにをしてもよい。
ある程度の休息や自由行動ができるようにと、ロープの長さは400メートルもの長さが設けられていた。
カケルクンは冗談めかして付け加える。
「これだけロープが長ければ、なんでもできるね! 座って休めるし、水を探して飲めるし! なんだったらお昼寝とか、そのへんにいる野生動物を捕まえてきて乗ってもいいよ! カカカカカ!」
しかしこのロープの長さこそが、今回のゲームのキモであった。
なぜならば、今回はモナカやコトネもその場に居合わせているから。
レオピンに短いロープを付けさせ、馬車から見える範囲でレオピンを引きずったりしたら、彼女たちが黙っていないだろう。
カケルクンは内心、邪悪にほくそ笑む。
――しかし400メートルのロープで、視界の悪い森の中を走りさえすれば、レオピンがへばって引きずられたとしても、馬車から見えない……!
誰からの助けも受けられず、レオピンはひとりでズタボロになっていくんだ……!
そしてこのゲームには、もうひとつの恐るべき企みが隠されていた。
――そしてもしレオピンが馬車についてこられたとしても、対策はちゃんと考えてある……!
馬車をひたすら遠回りさせて、レオピンがへばるまで、走らせ続けるんだ……!
レオピンがひきずられ、ボロボロになって泣き叫ぶまでは、永遠にゴールはやってこないんだ……!
そう……! これはカケルクンが、絶対に勝つゲームだったのだ……!
レオピンはそんなことも知らず、長いロープの端を腰に結びつけていた。
その姿を見ていたカケルクンの頭に、さらなる黒い名案がひらめく。
「そうだ! レオピンくん! このゲーム、キミがへばらずにゴールに着けたら、特別に僕のポケットマネーから3億¥をあげるよ!」
周囲の生徒たちから「ええっ!?」と驚愕が起こる。
「ただし、レオピンくんが1回でもへばったら、キミがいま持っている賞金の3億はすべて没収ね! ねっ!」
「どうせ、断る権利は俺にはないんですよね?」とレオピン。
「もちろん! だってこのゲームは、教育委員会にも承認された、れっきとした教育カリキュラムなんからね! ねっねっ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カケルクンと教頭、そしてサー先生は馬車ではなく、同じ1頭の馬に3人がかりで乗っていた。
馬車から置き去りになった俺が、命に関わるような状況になっていたときに、救助するためらしい。
しかしサー先生はクロスボウを持っていて、とても助けてくれるような雰囲気ではなかった。
「ブィィィィンッ! それでは出発するぞ! 靴底についたガムのごとく、しっかり走れよっ! もしへばったりしたら、コイツでトドメを刺してやるからなっ!」
サー先生が馬車に向かって合図をすると、一列に並んだ馬車たちがゆっくりと動き出す。
俺はその馬車たちの最後尾に、長いロープで繋がれていた。
目の前にある馬車には、モナカやコトネたちがいる。
彼女たちは、本来はもっと前の馬車に乗っているはずなのだが、交渉して変わってもらったらしい。
「がんばってくださいね、レオくん!」
「お師匠様、わたくしたちがついています! お師匠様になにかありましたら、すぐに助けにまいりますので!」
そして馬車はお嬢様たちが乗っているだけあって、あまりスピードを出すつもりはないようだった。
「ってことは、長距離を走らせてへばらせようって作戦か……」
そうこうしているうちに馬車は校庭を出て、舗装された道のある森の中へと入っていく。
俺は様子見のために、ステータスはひとまず据え置きにしておいた。
ヤバくなったら『持久』のパラメーターをあげるつもりでいたのだが……。
「その必要は、ないかもしれないな」
俺はふと視界の片隅で、あるものを見つけた。
監視役の先生方がよそ見しているスキに、近くにあった茂みに飛び込み『器用貧乏』の『器用な肉体』を発動。
『持久』とは大局にあるパラメーターに、すべてを突っ込んだ。
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レオピン
職業 パン職人
LV 21
HP 1010 ⇒ 1
MP 1010 ⇒ 1
ステータス
生命 101 ⇒ 1
持久 101 ⇒ 1
強靱 1001 ⇒ 1
精神 101 ⇒ 1
抵抗 101 ⇒ 1
俊敏 1001 ⇒ 1
集中 101 ⇒ 1
筋力 101 ⇒ 1
魔力 101 ⇒ 1
法力 101 ⇒ 1
知力 101 ⇒ 1
教養 101 ⇒ 1
五感 101 ⇒ 1
六感 101 ⇒ 1
魅力 1 ⇒ 4001
幸運 5
器用 800 ⇒ 1
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さらに『器用な転職』を発動。
『禁断の秘技』ともいえるアレを、解き放った……!
ちょっと俺の姿が見えなくなっただけで、先生トリオは大騒ぎしていた。
「あっ!? あの落ちこぼれ野郎、いなくなったぞ!?」
「きっと、勝負に負けるからって逃げ出そうとしてるんだよ! 逃がしちゃダメっ! 早く探してよ、プンプンっ!」
「まだ1キロも走っていないのに勝負放棄だなんて、ギャンブラーの風上にもおけないですら……」
……ドドドドドド……!
「な、なんだ、この音は!?」
「み、見て! あそこ! 遠くから、土煙が迫ってくるよ!?」
「ま、まさか、あれは……!?」
突如としておこった地響きに、先生方だけでなく、馬車じゅうの生徒たちが注目していた。
次の瞬間、俺は茂みを破って飛び出す。
たったいま調教したばかりの、仲間たちとともに……!
「うっ……うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」














