19 最高の昼食、最高の仲間たち
19 最高の昼食、最高の仲間たち
俺の作った『天使のふわふわパン』を口にした途端、仲間たちは身体をのけぞらせ、天に召されているような穏やかな表情になった。
しかしすぐに腰砕けになって、次々と地面にへたりこむ。
「大丈夫か?」と声をかけたが、まったく聞こえていないかのような、陶酔しきった表情をしていた。
「こっ……こんなにおいしいパン……はっ……はじめて……!
れっ、レオくんの……レオくんの味がしゅりゅぅぅぅ……!
レオくぅん……レオくぅぅぅんっ……!」
「はっ……はふうっ……わっ、わたくしは、ぱんというものを口にしたのは……はっ、初めてなのですが……!
こっ、こんなにも美味なるものだったとは、存じ上げませんでした……!
お師匠さま、お師匠しゃまぁぁぁ……!」
鼻にかかった鳴くような声で、俺の足にすがりついてくるモナカとコトネ。
マーチャンをはじめとする商人連合は、集団催眠にでもかかったかのよう。
恐怖のだ大魔王の手によって、禁断の快楽を与えられたかのように、喜びと怖れが入り交じったような表情で俺を見上げている。
「れ……レオピンきゅん……す……すごい……すごすぎるよ……!
この言葉を何回言ったかわかんにゃいけど……言っれも言っれも足りないよぉぉぉ……!」
「コムギソウを育てて、自動で脱穀する水車小屋を作って、自力で製粉までして……。
ペイパー様をボコボコにして、モナカ様とコトネ様に畑仕事をさせるだけじゃなくて……」
「こっ、こんなにおいしいパンまで、焼けるだなんて……!」
「しゅっ……しゅごしゅぎりゅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
調教師たちは、肩に乗せているペットたちと、兄弟になったかのように貪っていた。
「はっ、はふっ、おいひい! おいひいよぉ!」
「で、でも、どうしちゃったんだろう!? この子たち、購買で売ってるパンには、砂かけの動作をするくらいだったのに!」
「れ、レオピンくんのパンって、ペットまで虜にしちゃうほどなの!?」
「うん! 僕のあげてたどんなエサでも、こんなに食いつきは良くなかった!」
「っていうか、私もやめられない! 止まらないよぉぉぉぉ~~~~~~~~~~っ!!」
唯一、蚊帳の外だったペイパーは、なぜかひとり芝居をしていた。
「ぺっ、ぺいっ!? む、無職がパンを焼くだなんて……!
あ、あんなパン、マズいに決まってる!
パアァ……! でっ、でも、ふわふわしてて、すごくうまそう……!
オッホン! レオピンくん! 最高級のサンドイッチに興味はないかい?
僕なんかは食べ飽きてるから、キミみたいな無職のゴミに恵んであげてもいいかなぁ。
この食べかけのサンドイッチひと切れと、そのパン200個を……ああっ!?」
ペイパーは歩み出た拍子に、足元にあったバスケットをひっくり返してしまう。
中のサンドイッチをひとつ残らず、畑にぜんぶぶちまけていた。
「ぱっ!? ぱっ!? ぱっ!? ぱあああっ!?
この『ロイヤルサンドイッチバスケット』は購買で50万¥もする高級品なのにっ!?
まだひと口しか食べてないのに、ぜんぶ台無しにっ!? もったいない! もったいない! ふーっ、ふーっ!」
泥まみれのサンドイッチを札束のように拾いあげ、吹いて泥を落としているペイパー。
「おいおい、サンドイッチなんて肥料にならないんだから、ちゃんと片付けとけよ」
俺はペイパーにそれだけ言って、カラになったトレイを持って調理場へと戻る。
「みんなあっという間に食べ尽くしそうだから、急いでおかわりを焼かなくちゃな」
俺はこねておいた生地をまたちぎり、焼き窯の中に入れた。
すると、釣った魚を狙う野良猫のように、オネスコとシノブコとトモエ、付き人トリオがやって来る。
「そんなに慌てなくても、もうすぐ次のができるよ。よし、焼けたようだな」
焼きたてのアツアツのパンをひとつ渡してやる。
するとトリオは息の合った動きで、アチアチとパンをパスしながら、ちぎって食べはじめた。
「はふっ、ほふっ、やっ、やっぱりおいひい……!
で、でも、勘違いしないでよね!」
「もふっ! ほふっ! ほぐっ! 食べ終わったら、殺し合いでござる!」
「はぐっ、はふっ、ほふっ! その通りだ!
貴様がモナカ様とコトネ様に接吻したことを、我らは忘れてはおらぬからな!」
この付き人トリオは『炎の七日間』のあと、モナカとコトネが俺の頬にキスしたことを、いまだに根に持っている。
付き人トリオはあの時、感極まったふたりが俺に抱きつくくらいは「今回だけは特別」と容認していた。
でもまさか、キスまでするとは思ってもいなかったようだ。
俺も予想してなかったことだが、俺にだって言い分はある。
「俺が無理やりキスしたみたいに言うなよ。あれはモナカとコトネがいきなりしてきたんだぞ」
「もぐもぐっ、ほむっ! 言い逃れなんて最低! 見損なったわ、レオピンくん!」
「はぐっ、はぐっ! 左様! 本来であればあの時は、怖れ多いとばかりに避けなくてはならぬのだ!
レオピン! 貴様なら、それができたはずだ!」
「はふっ、もぐっ、ごっくん! 拙者が教えた忍法をそんなことに使うとは、見下げ果てたでござる!」
「はむはむっ! いまは私たちの開拓生活が見られるのは、支援者の方々限定だからまだ良かったわ! あんなことが一般公開されたら、大変なことになっていたのよ!」
「もぐもぐっ! 左様! 貴様は近隣の国すべてを敵に回していたところだぞ!」
「にんにん、はむはむ、抜け忍よりも厳しい人生が待っていたでござる!」
「お前たちが主人を守りたい気持ちはわかるけど、口のまわりをパンくずだらけにしながら言われてもなぁ……」
俺は最後まで言いかけて、ふとあることを思う。
「もしかしてお前たち、俺のことも心配してくれたのか?」
「もぐっ、そんなわけないでしょ!」「はぐっ、笑止!」
シノブコはなにも言わないなと思ったら、スキを見て新しいパンを取ろうとしていたので、俺はその手をぴしゃりと打った。
なんにせよ、その日はみんなが手伝ってくれたおかげで、かなり農作業がはかどった。
セサミの収穫だけでなく、次の作物も植えることができたし、しかも畑の拡張までできてしまう。
森の反対側の敷地に、広々とした畑が確保できた。
これならいろんな作物をたっぷり育てられるうえに、少なくとも野菜についてだけは、居住区のヤツらが上級商人たちの価格操作に悩まされることもなくなるだろう
そして放課後になると、俺の家のまわりは多くの人で賑わうようになった。
みんな、俺の農作業を手伝ってくれるようになったんだ。
畑を耕すだけでなく、種まきや水やり、水車小屋での脱穀までやってくる。
おかげで俺は、ずいぶん楽ができるようになった。
なにもかもが順風満帆。
この勢いで、どんどん拠点を拡大していくかと思った矢先……。
ニックバッカ先生にかわる、新しい体育教師が就任する。
それは俺にとって文字通り、新たなる『開戦』の火蓋となったんだ。














