18 天使のふわふわパン
18 天使のふわふわパン
名前を目にした途端、言葉が口をついて出た。
「これはまさか、『クラウン』……!?」
『クラウン』というのは、『ハイクオリティ』よりさらに上の品質のアイテムを指す。
アイテム名に接頭語が付き、それが王冠のような素晴らしさを表現しているんだ。
『天使のふわふわ』の部分がそれにあたる。
クラウンは、クラフト過程で魔法の掛かった素材が用いられていないにもかかわらず、魔法のような特殊効果が与えられるという特徴がある。
「この俺が、クラウンアイテムを作ることができるだなんて……!」
しかし、気になる点もひとつだけあった。
『限界ペナルティ』の存在だ。
「このペナルティはたしか『ギスの自動製粉小屋』にも付いてたよな。
あれもたしかレベル120だったはず……」
おそらくだが、レベル120をオーバーした分が『限界ペナルティ』になっているようだ。
「俺はレベル120以上のアイテムが、作れないってことか……?」
もしそうなら嫌な問題であったが、贅沢すぎる悩みでもあった。
なぜならば、宮廷に仕えているような伝説の匠ですら、レベル20のクラフトをするのがやっとだからだ。
「その6倍のレベルのアイテムが作れているのなら、気にすることもないのかな……」
それでも気にはなったが、原因を考えている場合じゃなかった。
『天使のふわふわパン』はまだ焼き窯にあったのだが、クルミが顔がヒリヒリ赤くなるのも構わずに顔を突っ込んでいたからだ。
「すっ……すすっ……すごい……! こっ、こんなにふわふわしたパン、初めて見ました……!
あっ……ああっ! あああっ、これはきっと夢……! でも、夢でも覚めないでぇぇぇ……!」
「そんなに顔を突っ込んだら、お前がパンになっちまうぞ。窯から出すからどいてろ」
クルミは鼻先をヒリヒリさせながら、「ごっ、ごめんなさい!」と身を引く。
パン生地は焼き窯に入れたときは、握り拳くらいの大きさだった。
でも取りだしてみたら、ホールケーキかと思うくらい膨らんで、ひしめきあっている。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!
すごいすごい、すごいですぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーっ!!」
クルミは誕生日でも無いのにケーキを出された子供みたいに、パチパチ手を叩く。
「よーし、それじゃあさっそくみんなで食べるとするか!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時間は少しだけ戻る。
畑にいるモナカとコトネ、そしてマーチャンたちは、敷物の上で子スズメのように並んで座っていた。
いったい何を食べさせてくれるのかと、ワクワクして待っていたのだが……。
そこに、招かれざる客が押し入ってきた。
「あっ、ペイパー様、どうされたんですか?」とマーチャン。
しかしペイパーはそれには答えず、近くにどっかりと腰を降ろす。
「さて、昼食といくかな」
そして持参したバスケットからサンドイッチを取りだし、見せびらかすようにパクつきはじめた。
「パァ~! 最高級の小麦粉で焼いたパン、そこに最高級の具材を挟んだサンドイッチは格別だなぁ」
ペイパーは絶賛していたが、あんまり羨ましくはなかった。
なぜならば、パンは見るからに固くてパサパサで、雑巾のように薄くてへんな色をしている。
挟んでいる具材もしなびていて、フレッシュさのかけらも感じさせなかった。
それ以上に、食べている人間に大いに問題があった。
なにせ、歯がぜんぶ虫歯になったかのように、両頬がボコンと腫れていたから。
しかしペイパーは、女性陣がシラけているのにも気付いていない。
「どうしてもというのなら、レディたちにも分けてあげなくはないよ。
おおっと、マーチャン、キミみたいな下級商人は、いくらそんな顔をしてもダメだよ。
ペイは、モナカ様とコトネ様に言っているんだからね」
「「結構です」」と短いハーモニーが返ってくるのみ。
「パァ~? モナカ様とコトネ様はどうやら、クルクルパーと一緒にいるうちに、ものの価値というのがわからなくなってしまわれたようだ。
この最高級のサンドイッチを超えるランチは、この学園のどこを探しても無いというのに」
ふと、えも言われぬ芳醇な香りが、鼻をかすめた。
少女たちは、こぞって小鼻をヒクヒクさせる。
「あら? この匂いは……?」
「焼きたてのパンの匂いですよ! モナカ様、コトネ様っ!」
「そうなのですか? わたくしには縁の薄い香りのようなのですが、なぜなのでしょう、とても心惹かれるのでございます……」
「ぺ、ペイッ!? まっ、まさかっ!? こんなところでパンが焼けるわけがない!
パンというのは設備と材料、そして専門の職人が揃って、やっと焼けるものなんだぞ!?
仮に設備と材料はあったとしても、無職のゴミにパンを焼くだけの腕前なんて、あるはずがないっ!」
そこに、その『まさか』がやってくる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「できたぞ! 焼きたてのパンだ!」
俺がトレイを抱えて畑に戻ると、なぜかペイパーがいた。
「ぱっ、ぱあっ! 百歩譲って奇跡的に焼けたとしても、紙みたいにペラペラで、石みたいにカチカチの、パンとは呼べないものに違いないっ!
パンというのはペイが持っているサンドイッチみたいに、柔らかくて……!」
しかしトレイにのった物体を目にした途端、ペイパーは自慢のサンドイッチをボトリと落としてしまう。
その場にいた全員が立ち上がった。
「ふっ……ふわふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
集まってきた仲間たちに、俺は言った。
「とりあえず20個焼いたから、3人で1個を分け合ってくれるか?
これだけ大きければ、3人で分けても食べ甲斐があるだろう。
これから追加で焼くから、仲良く分け合って食べるんだぞ」
「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」
そこにはもう、立場の差は存在していなかった。
聖女もミコも、下級商人も調教師も菓子職人も、みんなが同じ仲間であるかのように笑いあっていた。
大きなパンを、みんなで一斉に割ると、
パカッ、フワッ……!
ほっこりとした湯気があふれ、ふわりとした生地が糸を引く。
みんなで「いただきます、レオピンくーーーーんっ!」と合唱したあと、はふはふと頬張る。
「おっ……おいしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
もはや1ミリどころか、天にも昇っていきそうな歓声が青空を駆け抜けていった。














