16 ギャルとパティシエ
16 ギャルとパティシエ
この短時間で、拠点は一気に3レベルもアップしてしまった。
光に包まれる自宅を見上げながら、レオピンはつぶやく。
「もしかして、人を増やすのが拠点レベルアップの近道なのか……?」
現在この拠点において、正式な住人は俺とマークとトムだけ。
レオピンは居住区から離れたこの地に追いやられたとき、ひとりぼっちで生きていくことを決めた。
同級生との関わりは、授業くらいだろうと諦めていたのだが……。
「拠点の作業を手伝ったことでもカウントされるのなら、住人を増やすことはできそうだな。
だったら、アケミにも声かけて……」
レオピンはアケミがいるであろう居住区のほうを見やる。
すると、森の入口あたりの木の陰に、人影がチラ見えした。
視線をやるとピャッ! と引っ込んでしまう。
しかし身体は隠せても、ちっちゃなコック帽がのぞいているのに、当人は気付いていないようだった。
木の陰に隠れていたのは、菓子職人少女のクルミ。
少女はいつもは砂糖の入った袋を大事に抱えているのだが、今日はそれを小さなスコップに持ち替えていた。
「わっ……私も、レオピンシェフの、おっ……お手伝いを……!」
しかしそう口にしただけで、少女の顔はりんごのように真っ赤っかになってしまった。
「む……むむっ、無理! 無理だよぉ! あっ……あんなことを言ったあとで、れっ、レオピンくんの前に行くだなんてぇ!」
少女が気にしていた『あんなこと』とは、かつてイエスマンに『RPGキャンディ』の改名を迫られたときに、言い放ったこの一言である。
『お……お断りします!
このキャンディは、レオピンシェフから教えてもらった、大切なレシピなんです!
私にとっては超一流の菓子職人よりも、レオピンシェフのほうが、ずっと偉大……!
もちろん、教頭先生よりも……!
それに私にとっては、誰よりも大切な人なんです!』
それは少女にとっては生まれて初めて、一世一代の愛の告白。
その場にはレオピンはいないだろうと思っていたのだが、この直後にレオピンは丸太でイエスマンたちをブッ飛ばした。
「も……ももも、もしあのことをレオピンシェフが聞いていたら……!
わわっ、わわわわっ、私……はっ、恥ずかしくて、死んじゃぅぅぅぅーーーーーーーっ!!」
少女は木陰にしゃがみこんで顔を押え、幼い子供のようにイヤイヤをする。
そのため、近くに人が近づいてきているのに気付かなかった。
頭上から「よお」と声が降り注ぎ、少女は「ぴゃあっ!?」とひっくり返ってしまう。
「やれやれ、お前もかよ。今日はやたらとひっくり返るヤツばっかりだな」
「れっ……れれっ、レオピンシェフ!?」
少女は前髪で隠した目をさらに両手で覆い、わずかに開いた隙間から少年を見ていた。
まるで直視してしまうと目がやられてしまう、天体を見るかのように。
そう、もはや少女とって少年は、太陽のように燦然と輝く存在だったのだ。
まぶしすぎて後光すら差している少年は、しゃがみこんで手を差し出してきた。
「こんなところで何やってんだ?」
少女は助け起こされながら、「はっ、はひっ!」と引きつれた返事をする。
なにか言わなくちゃと思うが、
「あっ……あのあのあの、そのっ……そのそののっ、そのっ……!」
言葉が出てこない。
少年に握りしめられたままの手が、不意に引っ張られる。
「スコップを持ってるってことは、お前も畑仕事を手伝いに来てくれたんだろ?」
「助かるよ」と微笑む少年の顔。
それは少女の視界はからは、紗がかかったように美しい。
「れ……レオピン、シェフ……」
それだけで少女は、地に足がついていないかのようにフワフワした気持ちになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
少年は知らなかった。
想い人とは、ひとりだけではないことを。
クルミが隠れていた木陰から、さらに森の入口のほうにある木に、もうひとりの少女がいた。
少女は、あばれる心臓を抑えきれないように、鼓動にあわせて震えている。
「……よ、よしっ、購買で売ってたいちばんいいスコップも買ったし……忘れ物はないよね?」
少女の両手には農作業用どころか、軍用のごつい鉄のショベルが握られていた。
魔術師の杖より重い物を持ったのは、これが初めてのことである。
「あ、ヘアスタイルは大丈夫かな? メイクもちゃんと確認しとかないと」
少女は銀色のショベルを鏡がわりにして、アセアセと髪型を整える。
この場での確認は、これでもう10回目であった。
制服のポケットから取りだしたリップを唇に引いて、気を引き締める。
「……よしっ、これでバッチだし! これで畑の前を偶然とおりすがったみたいにして、レオピンに声を掛ければ……。
いやいや、あーしから声をかけるんじゃなくて、レオピンに声をかけてもらうし!」
『おっ、キャルルじゃないか! やっと来てくれたんだな、ずっと待ってたんだぞ!
すごい! 立派なショベルじゃないか! 他のオモチャみたいなスコップを持ってる女たちは大違いだな!
どうか、俺の畑仕事を手伝ってくれないか! このとおり!』
『ふーん、そこまでお願いするんだったら、手伝ってあげなくもないし』
キャルルの脳内シミュレーションは完璧であった。
取り巻きの女たちは右往左往して、すでにレオピンに抱きしめられるところまで妄想は膨らんでいる。
不意に、少女の鼓動がいちだんと跳ね上がった。
少年が、畑からこちらに向かって歩いてくるのが見えたからだ。
「れ……レオピン!? レオピンが、こっちに来てる!?
もしかして、あーしがここに隠れてたの、わかってたの!?」
普段はクール系ギャルで通っていて、何事もズバッと言うので一部では怖れられてさえいる少女。
しかし少年のことになると、途端に心はかき乱されてしまう。
「や……ヤバいヤバい! 緊急事態発生だし! か、髪型、メイク、表情! だ、大丈夫かな、大丈夫かなっ!?」
あたふたして11回目の身なりを整え、ツンとすました表情をつくりあげる。
「なに、なんか用?」声色もバッチリであった。
「か……完璧だし! これであーしは、レオピンと仲直りできるしっ……!」
しかし想い人は、その手前で足を止めてしまう。
「えっ……? どうしたの、レオピン……?」
不審に思って覗き込んでみると、森にはコック帽を被った少女がもうひとり隠れていて、レオピンはその少女に向かってしゃがみこんでいた。
しばらくして、レオピンはコック帽の少女と手を繋ぎ、畑へと戻っていく。
気付いてもらえなかったギャル少女は、見捨てられたかのように心の中で叫んでいた。
――れっ……レオピン! レオピィィィィンッ! あーしは、あーしは……。
ここだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!














