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13 フルボッコじゃんけん

13 フルボッコじゃんけん


 俺に足ビンタを食らったペイパー。

 水車小屋の地面を、ずしゃあっとヘッドスライディングしていた。


 夢破れた球児のように顔を上げ、頬を押えながら、


「ぺ……ペイッ!? い、一度ならず二度までも、このペイをぶつだなんて……!

 それも、足の裏なんかで……!」


 ペイパーの頬は引きかけてい赤みがぶり返し、しかも汚れでコーティングされている。

 ヤツはしばらく恨みがましい瞳で俺を見上げていたが、やがて立ち上がると、小屋の外にカケルクンを引っ張っていった。


 俺は『五感』研ぎ澄まし、聞き耳を立ててみる。


「ペイッ、校長先生! 話が違うではありませんか!

 校長先生はギャンブラーのスキルで、相手のジャンケンの手がわかるのではなかったのですか!?」


「あ……あれあれぇ~? おっかしいなぁ~? たしかにあのゴミの手が見えたはずなのにぃ~?」


「しっかりしてくださいよ! ペイはなんとしても、ヤツをボコボコにしないと気が済まないんです!

 それにボコボコにすれば製粉どころではなくなって、『レオピン小麦粉ゲーム』にも勝利できるんですから!」


「うん、わかってるって! 次こそはうまくやるから! この僕に任せてね! ねっ!」


 臨時の作戦会議を終えたふたりは、戻ってきた性懲りもなくジャンケンを続けようとする。

 俺はストロー編みの手を止めずに、ペイパーに言った。


「もういいんじゃないか? 今日のお前はツイてないんだよ。

 負けが込む前に、あきらめて帰ったほうがいいんじゃないか?」


「ペイッ! そうはいくか! 勝てばハイクオリティの小麦粉が……!

 あ、いや! ゴミのような小麦粉が、居住区に出回るのを防ぐことができるんだ!」


「いまさらそんな正義感ぶった理由を付けられても……」


「とにかく続けるぞっ!

 このジャンケン勝負は、『レオピン小麦粉ゲーム』の勝敗がつくまで何度でもやるんだ!

 ボコボコにして、二度と見られない顔にしてやるっ!

 いいかっ、いくぞっ! じゃーんけーん……!」


 それから水車小屋の中からは、乾いた音と悲鳴、そして絶叫が絶え間なく繰り返された。


 すぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


「かみきれぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?

 なっ、なんで!? なんでまた負けたんだ!? くそぉっ、もう1回!」


 すぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


「かみくずぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?

 言われた通りの手を出してるのにっ!? ぐわあああっ! もう1回! もう1回だっ!」


 すぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


 そんなことを、小一時間ほど繰り返す。

 俺の足ビンタは、ペイパーの右の頬と左の頬を交互に打っていた。


 最後のほうにはヤツの頬は膨れ上がるほどに腫れ上がり、目も開けていられないほどになる。

 糸のようになった目から、ポロポロと涙があふれ、真っ赤な風船のような頬を濡らす。


「ぱっ……ぱあっ……ぱぁぁぁぁ~~~っ! なんで、なんでなんだよぉぉぉ……!

 途中からは自分の力でやってるのにぃ……! 確率は3分の1のはずなのにぃ……!

 なんで、なんでなんでっ!? なんで勝てないんだよぉぉぉぉぉ~~~~っ!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 ペイパーはとうとう泣き崩れ、拳で地面をダンダンと打ち据はじめる。

 ちょうどそこに、マーチャンがクラスメイトである『商人連合』の生徒たちを引きつれていた。


 ペイパーは彼ら来たことにも気付かず、涙を振り絞る。


「うっ……! ぐぐっ! ひっく……! ぐすっ……!

 ペイは、ペイは諦めないぞぉぉぉ……! もう一度、もう一度だぁぁぁぁ……!

 じゃーんけーんっ!」


「おいおい、もうやめておけって、お前に勝ち目はないんだから」


 俺とペイパーのやりとりを目撃した、商人連合の生徒たち。

 誰もが怖れおののいている。


「なっ……なんだ……? いったいなにが、起こってるっていうんだ……?」


「レオピンくんが、自動的に製粉する仕掛けを作ったっていうのは、マーチャンに聞いてたけど……」


「脱穀しながら、編み物をしてるぞ?」


「それだけじゃなくて、足でジャンケンしてるの……!?」


「しかも見た感じ、一度も負けてないみたいだけど……」


「いったい、どれだけのことを同時にこなしてるんだ……!?」


「それよりも、なにがどうなったら、脱穀と編み物とジャンケンを同時にさせられハメになるんだよ……!?」


「み、見て! ジャンケンの相手!」


「うわあっ!? もしかして、ペイパー様!? なんであんな酷い顔に!?」


「や、やべぇ! 上級承商人のペイパー様が、レオピンくんに跪いてるぞ!?」


「普通は逆だろ!? なにがどうなったら、無職のレオピンくんが上級商人のペイパー様を跪かせられるんだよ!?」


 そして、彼らをさらに震撼させる事態がやtぅてくる。


「うわあああんっ! 今度こそ、今度こそ勝ってやるっ……! じゃーんけーんっ……!」


 すぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


「もうやだぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「びっ……ビンタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 無職が上級商人を、ひっぱたく。

 それは下級商人の彼らにとっては、神への冒涜に等しい行為に映っていた。


 しかし彼らが崇める神は、もうそこにはいない。


 神は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにし、喚きながら地面をのたうち回っている。

 多くの者たちが知る、その唯我独尊ともいえる余裕と傲慢さは、そこには微塵も無かった。


 水車小屋のなかで、駄々っ子のように泣き叫びながら、地面を転がり回る上級商人、ペイパー。

 その様子を気にも止めず、耳が遠いおばあちゃんのように編み物を続ける無職、レオピン。


 それは傍からすれば、限りなく異様な光景であった。

 居合わせた1年9組の『商人連合』の生徒たちは困惑するばかり。


「み……みんな、ボーッとしてないで、小麦粉の袋がレオピンくんの前にいっぱい溜まってるから、荷車に積もう」


「えっ!? ちょ、ちょっと、マーチャン!

 こんなわけのわからない状況で、なんでそんなに冷静でいられるの!?」


「あ……うん。ボクも正直ビックリしてるよ。

 みんなを呼びに行って戻ってきたら、レオピンくんがペイパー様ボコボコにしてるだなんて、良……悪い夢かと思っちゃった」


 マーチャンの声はかすかに震えていたが、その場にいる『商人連合』の誰よりも冷静だった。


「でももう慣れちゃった。レオピンくんのすることって、いちいちとんでもないから。

 レオピンくんと関わるのなら、この程度で驚いてたら、ビックリがいくつあっても足りないと思うよ」


「こ……この程度……!? 上級商人をボコボコにして泣かすのが、この程度……!?」


「この程度ですむ問題じゃないだろ!? 上級商人の中には、貴族ですらも頭が上がらない程の方がいるんだぞ!?」


「ペイパー様をこんな目に遭わせて、ただですむはずが……!」


「うん、普通はそうなんだけど、レオピンくんは普通じゃないんだよ。

 レオピンくんは下級商人のボクにも、上級商人であるペイパー様にも同じような態度で接してる。

 それがレオピンくんにとっての普通なんだよ」


 そう口にするマーチャンの瞳に、力強い光が宿っていく。


「とにかく、ボクはレオピンくんを信じて、レオピンくんと取引することに決めたんだ!

 だってこのままじゃ、ボクたち『商人連合』は『豪商連合』下働きにされちゃうんだよ!?

 ボクは商人になりたくて、この学園に入ったんだ! そしてレオピンくんは、その夢を応援してくれている!

 だからボクは、ペイパー様じゃなくて……レオピンくんについていく!」


 言い切って、さっさと動きはじめるマーチャン。

 泣き崩れているペイパーをピョンと跨ぎ越え、台車に小麦粉の袋をせっせと積んでいた。


 その姿は、権力に屈していた仲間たちをも突き動かした。


「そ……そうだ……そうだよな……。俺たちは商人になりたくて、この学園に来たんだ……!」


「上級商人に、アゴでいいようにこき使われるためじゃないんだ!

 みんな、やろう! レオピンくんの小麦粉を、居住区に流通させるんだっ!」


「おおーっ!!」


「ま、待って! 運び出す前に、僕とゲームを……!」


 カケルクンは呼び止めようとしたが、その肩にそっと手が置かれる。

 それは、顔に悔しさを滲ませる教頭であった。


「校長……。今日はもう(・・)、ゲームはできないですら」


「ぐっ……そ、そうだった……!」


 しかしカケルクンはあきらめない。


「1年7組のみんな、ちょっと待って! その小麦粉を、この僕に譲ってくれないかな? かなっ?

 譲ってくれたら、1年7組を1ランクアップさせてあげるね! ねっ!」


 その一言に、脇目もふらずに働いていた1年7組の動きが止まった。

 彼らはニヤケ顔の校長を見たあと、クラスのリーダーであるマーチャンに視線を移す。


 そしてマーチャンはというと、ある人物を見つめていた。

 それは……すでに蚊帳の外にいるような、レオピン少年であった。


 少年は鼻唄混じりで手と足を同時に動かし、2枚のストロクロースを同時に編んでいる。

 もしかしたら小麦粉が横取りされるかもしれないというのに、少年は交渉の場に口を挟むどころか、視線をやろうともしなかった。


 ただ黙ってひたすらに、ひたむきにワラを編んでいる。

 マーチャンその横顔だけで、心が満たされる思いがした。


 少女は校長をまっすぐ見据えると、キッパリと言う。


「校長先生、それはできません。だってレオピンくんと約束したんです。この小麦粉は、適正価格で居住区に流通させる、って


「ええっ、ホントにそれでいいのぉ? せっかくの1ランクアップのチャンスなんだよ?

 それに、ボクとレオピンくん、どっちの機嫌を損ねたらマズいかくらい、下級商人のキミたちでもわかることじゃない?

 だったらそんな約束、破っちゃってもいいよね! ねっねっ!」


「レオピンくんはこうも言ってました。校長先生のご機嫌取りに使わないでくれ、って。レオピンくんはもしかしたら、こうなることまで予想していたのかもしれませんね」


「ぐぬっ……!」


 言葉でピシャリと打ち据えられたカケルクンは、レオピンを睨む。

 しかしレオピンは相変わらず、どこ吹く風でワラ編みを続けている。


 マーチャンはハツラツと言う。


「そんなわけで、この小麦粉は生産者であるレオピンくんの希望どおり、ボクたち『商人連合』が、責任を持って流通させます! 邪魔するような人がいたら校長先生にお知らせしますので、そのときはお願いしますね! それじゃ、失礼しまーっす!」


 小麦粉が山と積まれた荷車が、大勢の生徒たちの手によって運び出されていく。

 カケルクンと教頭は、その姿を指を咥えて見ていることしかできなかった。

連載再開しました!


再開にあたり、『第2章 06 商人マーチャン』以降の内容を修正してあります。

第2章は17話まで掲載していたのですが、内容を見直し、12話までに短縮しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍化おめでとうございます [気になる点] 「1年7組のみんな、ちょっと待って! その小麦粉を、この僕に譲ってくれないかな? かなっ?  譲ってくれたら、1年7組を1ランクアップさせてあげ…
[一言] しおりの位置が狂ってエラー吐かれた
[良い点] だいぶテンポが良くなったと思う。 話の本筋にあまり関係ない部分は省略したり内容を書き換えられてる。変に途中で話を切らず一話一話に複数の場面が展開されてて話の進みが良い。 良い感じですね。 …
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