12 じゃんけんゲーム
12 じゃんけんゲーム
「本当は袋状にしたいんだが、今は時間が無いからここまでだな」
俺は床にできたてのストクロースを敷くと、受け皿を傾けて小麦の山を移した。
「あとはこれを東の国に伝わる、『フロシキ』の要領で包んで、まわりをストロープで縛ればいい。
よしできた、っと。これでひとつでだいたい、10キロの小麦粉袋ってところだな。
マーチャン、悪いがこれを、外にある荷車に積んできてくれないか?」
マーチャンはポカンとなっていたが、「あ……うん、任せて!」とすぐに腕まくりして対応してくれた。
彼女は元気いっぱいだが、力はやっぱり女の子のようで、10キロの袋を重そうにえっちらおっちらと運んでいる。
「ねえレオピンくん、クラスメイトを呼んできてもいい? 運ぶのを手伝ってもらおうと思って」
「ああ、そうしてくれ」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
そんな言葉とお日様のような残り香を残し、マーチャンは水車小屋から走り去っていく。
そのエネルギッシュな背中を見送りながら、俺はひとりつぶやいた。
「まだ1時間も経ってないが、すでに1トンの小麦ができつつあるな。
この調子なら、正午の鐘までには全部小麦粉にできるだろう」
下手な邪魔が入らなければ、な……。
しかしそれは儚い望みのようだった。
なぜならば、チラと横目に見た小屋の隅では、ペイパーとカケルクンがヒソヒソ話の真っ最中。
しばらくしてペイパーは、工場で無能な従業員を見つけた社長のように、例の寄り目で俺に迫ってきた。
「パァ~? やっぱりキミはクルクルパーみたいだねぇ。
この勝負はキミひとりでやらなくちゃいけないのに、マーチャンの手を借りるだなんて」
「製粉勝負だろう? マーチャンに頼んでるのは製粉が終わったあとの運搬だぞ」
「ペイッ! まあペイは寛大な商人だから、特別に認めてあげよう。
そのかわり……ペイともうひとつのゲームをするんだ!」
このままじゃ負けると思って、カケルクンとさらなる悪だくみを考えてたんだな。
「俺はいま製粉の真っ最中で、ストロー編みも同時にこなしてるんだ。
そこにさらにゲームをやれってのかよ」
「パァ~。断るのなら、キミの反則負けだ! そうですよね、校長!」
「うん! これはマーチャンの手助けを容認したかわりのゲームなんだから、レオピンくんには受ける義務があるね! ねっ!」
なんかもう、なんでもアリだな。
「いいけど、この場から動かなくてすむ、簡単なゲームにしてくれよ」
「パァ~。クルクルパーのキミでもできるゲームだよ、『ジャンケン』だ!
そして罰ゲームはさっきの『どっちの小麦ゲーム』と同じ、ビンタだ!」
罰ゲームを宣言したときに、ペイパーは赤みの残る頬を、歯痛のように押えていた。
どうやら殴られたことを未だに根に持って、仕返ししようとしているらしい。
俺は先日、『ギャンブラー』の職業を手に入れた。
『ギャンブラー』には『ぺーパーロックシザー』という、ジャンケンで相手の手がわかるスキルがある。
俺にそれがある以上、負けはないと思うのだが……。
「……本当にいいのか?」
と言いかけて、俺はその言葉を飲み込む。
俺はいろんな職業に転職できる『器用な職業』のスキルを持っているが、誰にも言ってこなかった。
なぜならば、そんなスキルは今までに存在していなかったので、信じてもらえないと思っていたからだ。
もどかしい気持ちもあったが、よく考えたら便利な側面もあるじゃないか。
この世界の勝負ごとにおいては、相手の職業は重要な情報だ。
相手の職業がわかれば、おのずと使うスキルもわかり、戦術も絞れてくる。
俺は相手からすれば『無職』なので、『なにもできない』と思われている。
そのおごりは、俺にとっての大きなアドバンテージになるじゃないか……!
「よし、いいだろう。ジャンケンで勝負だ」
俺は受けて立ちながら、ブーツを脱いで裸足になる。
「パァ? なにをしているんだ?」
「俺はストロー編みをしていて手が離せないから、足でジャンケンさせてもらう。
これがグーで、これがチョキで、これがパーな」
俺は足を掲げ、足の指を丸めたり広げたりして、それぞれの手を見せた。
「ペイッ! 足でジャンケンとは、バカにしおって……! まあいい、始めようじゃないか!」
「おっとその前に、お前は俺の前で、跪いてジャンケンするんだ」
「ペイイッ!?」と舌をかみちぎりそうな表情を浮かべるペイパー。
「しょうがないだろう。手が塞がっててビンタできないんだから」
「ま……まさかキミは、足でペイの頬をビンタするつもりかっ!?
ペイは生まれてこのかた、手ですら殴られたことはなかったんだぞっ!?」
悔し涙を浮かべながら、また頬を押えるペイパー。
どうやら俺にビンタされたのが、よっぽど屈辱だったらしい。
「しょうがないだろう。こっちは手が離せないんだから。
嫌なら別の罰ゲームにしたらどうだ?」
「ペイッ、い、嫌だ! キミにビンタしないと、ペイの気が収まらないんだっ!」
すると傍らにいたカケルクンが、ペイパーの肩に手を置いた。
「大丈夫、ペイパーくんなら負けないよ!
だってペイパーくんのジャンケンの強さは、この僕がよーく知ってるんだからね! ねっ!」
「そ……そうでしたね、校長先生! わ、わかりました! その条件で勝負します!」
ペイパーは膝を折ると、反抗的な靴磨きのように俺の顔を見上げる。
俺は密かに『器用貧乏』の『器用な転職』スキルを発動、『ギャンブラー』に転職した。
『ペーパーロックシザー』のスキルを発動すると、ヤツの頭上に、平手の形をしたオーラが現れる。
……初手は、パーか……。パァパァ言ってるヤツらしいな……。
ならこっちは、チョキだ……。
俺がそう思った途端、頭上のオーラはグーに変わった。
……どういうことだ?
なら俺はやっぱり、パーを……。
そしたらまたまたオーラが変化し、チョキへと変わる。
……さっきから、なにが起こってるんだ?
ヤツの手がコロコロ変わってるぞ?
俺はその意味に、すぐに気付く。
しゃがみこんでいるペイパーのすぐ後ろには、カケルクンがいて、手をだらりと垂らしていた。
一見して自然体な立ち方だが、よく見るとペイパーの背中を触っているようにも見える。
……そうか!
カケルクンも『ペーパーロックシザー』のスキルを発動しているんだ!
それで俺の出す手を読み取って、背中ごしにペイパーに伝えているんだ!
だからヤツの出す手が、俺の考えていた手に合わせて変わっていたのか!
まあ、何か仕掛けをしてくるだろうとは思っていたが、まさかこんな手を仕掛けてくるとは……!
このままでは、なにも考えずに出すという、運に任せたゲームになってしまう。
それはそれで正しいジャンケンのあり方なのだが、なにか手はないだろうか……。
俺はふと閃く。
そうだ、頭の中では『カケルクンとジャンケンしているつもり』になって手を考えるんだ。
ペイパーには、『それとは逆の手』を出せばいい。
俺はカケルクンを見ないようにして、カケルクンに意識を集中する。
……カケルクンとジャンケンするのなら、出す手は、『チョキ』だ……!
瞬間、視界の隅でカケルクンがニヤリと笑うのが見えた気がした。
「よぉーし、それじゃあいっくよぉー! じゃーん、けーん、ぽーんっ!」
……バッ!
手と足が、火花を散らすかのようにぶつかりあう。
ペイパーの出した手は、案の定『グー』。
そして、俺の足は……。
「ぱっ……ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
俺はその決まり手で、いや決まり足で、問答無用とばかりにヤツの頬を音高く打った。
すぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
「かみきれぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
俺の足裏の一撃をくらったペイパーは、真横にブッ飛んで俺の視界から消えた。
フラテリ様よりレビューを頂きました、ありがとうございます!














