10 レオピン小麦粉ゲーム
10 レオピン小麦粉ゲーム
これでヤツも懲りて、退散するだろうと俺は思った。
しかしヤツはボディーカードから顔を拭いてもらったあと、何事もなかったかのように交渉を再開してきやがった。
「……よく考えてみたまえ。キミがコムギソウを持っていたところで、ゴミの持ち腐れだということを。
『教養』が1のキミにはわからないと思うが、コムギソウはそのままじゃ食べられないんだよ。
その方法はナイショだが、いくつかの工程を経て小麦粉にしないといけないのさ」
あんな目に遭ったというのに、ペイパーは相変わらず俺を見下していた。
「コムギソウを小麦粉に変えるのは、キミみたいなゴミには不可能といっていい。
しかし我ら豪商連合には多くの下働きを抱えている。
その者たちに手伝わせれば、小麦粉など簡単に作れるのさ。
そうだなぁ、この量であれば、1日もあれば楽勝だろうな」
ペイパーは知らない。
俺とマーチャンがさっきまで、家の庭にある作業場で、小麦粉づくりをしていたのを。
「パァ、これでわかっただろう? それじゃ、取引成立だ」
ヤツは一方的に話を打ち切って、マーチャンをアゴでしゃくった。
「マーチャン、すぐに居住区に戻って下働きたちを連れて来たまえ。
そしてこのコムギソウを運び出すんだ」
「えっ、下働きって、もしかして……」
「パァ、キミたち1年9組のことに決まっているだろう。
キミたちは商人らしいことを、なにひとつできていないのだから。
校長もそのことを重く見られていて、すでに承認済だ」
ペイパーの背後にいたカケルクンが、満面の笑顔で「うん!」と頷く。
校長も、さっきのゲームの勝敗など無かったような素振りを貫いている。
「ううっ、そ、そんな……!」とマーチャン。
なぜペイパーがここに来たのか、そしてなぜ校長や教頭まで一緒にいるのか。
でも話を聞いているうちに、おおよその事情を理解できた。
ようは何かと理由をつけて、俺の作物を奪おうってハラなんだな。
居住区から見える場所で作物を育てたら、すぐに害虫のごとく寄ってきやがったってわけか。
俺は、それらをまとめて吐き捨てる。
「誰がお前らなんかにやるか。このコムギソウはマーチャンと取引済だ」
するとペイパーはまた、ムカつく寄り目をした。
「パァ~? キミは人の話を聞いてなかったのかい?
コムギソウは居住区じゃ売れないんだよ、小麦粉にしなきゃ。
それとも何かい? キミがコムギソウを小麦粉にして、マーチャンに渡すっていうのかい?」
「ああ」と頷くと、ペイパーは弾けるように笑った。
「パア~ッ、パッパラパーッ! コムギソウを、キミひとりで小麦粉に!? しかも、この量を!?
おめでたい、おめでたいねぇ! 製粉がどれだけ大変で、どれだけ人手が必要な作業かわかってないようだね!」
まるで事前に示し合わせていたかのように、またカケルクンがしゃしゃり出てきた。
「よーし、それじゃあゲームといこうか! 今度は『レオピン小麦粉ゲーム』だね! ねっ!
ここに積んである小麦の束を、時計塔の正午の鐘が鳴るまでに、ぜーんぶ小麦粉にできたらレオピンくんの勝ち!
ペイ・パーくんは、このコムギソウをあきらめるってことで!
でも、時間までにぜんぶ小麦粉にできなかったら……」
カケルクンの顔が、エロ中年のようにいやらしく歪む。
「レオピンくんの負け、負け、負けーっ!
レオピンくんの畑で作られる作物は、これから先、ぜーんぶペイ・パーくんのもの!
1年9組は『商人連合』から『下働き連合』になって、ずーっとペイ・パーくんの下で働くように! にっ!」
エロ中年は、最後にニッと口角を吊り上げる。
マーチャンが「そんな!」と口を挟もうとしたが、彼女を押しのけるようにして、さらに叫んだ。
「んじゃ、レオピンくん、準備はいいかな!? かなっ!?
おおっと、ダメって言ってもダメだよ!
だってこのゲームも教育委員会に承認された、ちゃんとした教育指導!
キミへの愛ある教育なんだからねっ! ねっ!」
俺はまたしても、なし崩し的にゲームに参加させられることになるのか。
「校長、それは別にいいですけど、俺が勝ったときのメリットが皆無です。
俺が勝ったら『商人連合』が、俺の作物を居住区で流通させることを認めてください。
そして『豪商連合』も、マーチャンたちに嫌がらせするのを禁止ってことで」
脊髄反射のように答えるカケルクン。
「オッケー、いいよ! もしレオピンくんが勝ったら、レオピンくんの作物はボクのお墨付きってことにしてあげる!
居住区で売られることに、誰にも邪魔はさせないからね! ねっ!」
「その言葉、忘れないでくださいよ」
「それじゃあ、ゲームスタートっ!」
合図と同時に、マーチャンが血相変えて俺に詰め寄ってきた。
「な、なんでゲームを受けちゃったの!?」
俺はコムギソウの山を荷車に積み込みながら、その相手をする。
「しょうがないだろ。ダメって言ってもダメって言われたんだから」
「でも正午までって、あと3時間くらいしかないんだよ!?
それなのにこの量のコムギソウを、ひとりで小麦粉にするだなんてムチャだよ!
ペイ・パー様が言ってたじゃない! 製粉は、大勢の人手を使って1日かかるって!」
「人力だとそうだろうな」
「ええっ? まさかレオピンくん、コムギソウを小麦粉に変える魔法でも使えるの?」
「そんな魔法はないさ。ただ魔法より楽かもしれないな。まあ、いいから黙って俺についてこいよ」
するとマーチャンは「えっ」と不意を突かれたような表情をしたあと、急にポッと赤くなった。
「だ、黙って俺についてこいだなんて、そんな……」
「そういう意味で言ったんじゃない」
俺はコムギソウを積み終えると、荷車を引っ張って出発する。
「パァ~? どこへ行くつもりかなぁ?」
「カカカカ! 白昼堂々夜逃げしようとしてるね! ねっ!」
俺のあとを、スキップしながらついてくるペイパーと校長。
不安でたまらなそうなマーチャンと、ねっとりした笑顔の教頭が続く。
俺が向かった先は、もはや言うまでもないだろう。
この前の『炎の七日間』でできた、近所の川だった。
「ついた。それじゃ、さっそく製粉開始といくか」
川のほとりにある建物を目にした途端、いくつもの絶叫が交錯する。
「すっ……すいしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」














