07 セサミとコムギ
07 セサミとコムギ
『傍人』……ようは、拠点の正式メンバーではない、仮メンバーのことだろうな。
マーチャンが拠点のために働いているから、一時的な人員として認められたらしい。
なんにしても、久々の拠点レベルアップだな。
俺もマーチャンに負けじと張り切って畑を耕す。
そのあとで少し休憩し、いよいよ待望の種まきに入った。
いま俺の家にはみっつの畑がある。
ひとつはスイートポテトを育てていて、ふたつは空きだ。
「ねえねえレオピンくん、なにを植えるの!? なにを植えるの!?」
ワクワクしながら尋ねてくるマーチャンに、俺は言った。
「ブラックセサミとコムギだ」
「セサミとコムギ!? ボクたち商人にとっては、血と肉ともいえる重要な商品だよ!」
セサミから採れる油と、コムギから採れる小麦粉。
それらは商人にとっては、駆け出しの頃からベテランになるまで扱い続ける商品だ。
「んじゃ、俺はセサミの種を撒くから、お前はコムギの種を撒いてくれるか?」
「うん、やるやる! 種をまこう! 育てよう! 刈り取ろう! そして売……じゃなかった、もりもり食べよーっ!」
マーチャンは子供のようにはしゃいで畑を飛び回り、種をまき散らす。
彼女は俺の知る女生徒のなかでも、とびっきりの元気と積極性を持っている。
マーチャンはしばらくして、早朝マラソンを終えたばかりのようなスッキリした顔で戻ってきた。
「はぁー、種まき終わったよ!」
「ご苦労さん。お前が手伝ってくれたおかげで、作業がはかどったよ。
あとは成長させるだけだ」
「えへへ、楽しみだね!」
無邪気な笑顔を浮かべるマーチャン。
しかしその裏にわずかな邪気があることを、俺は見抜いていた。
「で、なにが望みなんだ?」
「へっ?」
「商人は舌を出すのも惜しがるっていうんだろう?
なんの見返りもなく畑仕事を手伝うだなんてありえないと思って」
「バレたか」と舌を出すマーチャン。
「あの、この畑で育った作物を、ボクのクラスの『商人連合』で扱わせてほしいな、なんて……」
「居住区で売りたいってことだな」
「うん! もちろん、レオピンくんが食べる分はとっといて、余った分だけでいいから!」
「うーん」と俺が唸ると、マーチャンは拝むように手を合わせた。
「ねっ、お願い! 居住区で流通してる商品は、ぜんぶ1年7組……『豪商連合』が独占しちゃってるの!
購買部も、『豪商連合』が取り仕切ってるし……。
このままじゃボクらの『商人連合』は、彼らの下働きにされちゃうんだよ!」
商人の役割は『流通と販売』。
職人の生徒が作った武器やアイテムを、戦闘職の生徒などに売る、いわば仲介役だ。
アケミやクルミのように職人が直接販売しているケースもあるが、それは最初のうちだけである。
開拓が進めばすすむほど、分業化もすすんでいく。
職人は良い商人に巡り会うことで、作った品物の利益を最大限にできる。
商人は良い職人に巡り会うことで、品質のいい商品を確保することができる。
開拓初期のこの段階は、職人も商人もパートナー探しに必死のはず。
そして俺の商売のパートナーとして、マーチャンが名乗りを上げたというわけだ。
マーチャンは息もつかずに話し続ける。
「困ってるのはそれだけじゃないんだ!
市場価格も『豪商連合』が牛耳ってて、購買部の小麦粉なんて、1キロで1万¥になっちゃったんだよ!」
「なに? 1キロ1万!? 高いなぁ!」
声を大にする俺とは対照的に、声をひそめるマーチャン。
「これは聞いた話なんだけど、校長先生の指示で、1年16組を困らせようとしてるんだって。
1年16組は、『乾杯ゲーム』を拒否したでしょう?
あそこは料理人ばっかりのクラスだから、小麦粉がないと特にダメージを受けるんじゃないかな」
「そういうことか……」
俺はついさっきまで、居住区への小麦粉の流通につては、「どっちでもいい」という考えだった。
しかし今は、どっちでもよくなんかない。
クルミまで困っているのであれば、俺の小麦粉はぜひとも流通させるべきだ。
俺はマーチャンに問う。
「俺の小麦粉を扱わせてやってもいいが、ひとつ条件がある。
誰もが買える適正価格で、必ず居住区に流通させてくれ。
売る者を選ぶ商売をしたり、校長先生とかの権力者のご機嫌取りに使ったりしない、って約束してくれるか?」
「す……するっ! 絶対に、約束する!」
マーチャンは真剣な表情で、何度も頷く。
その銅貨のように無欲な瞳を、俺は信じることにした。
「よし、なら取引成立だな」
「ほ……ホント!? や……やったーっ!」
するとマーチャンの瞳が急変、金貨のように輝きだす。
俺はちょっと不安になったが、彼女は機先を制するように言った。
「もう約束したからね! やっぱりナシだなんてナシだよっ!」
マーチャンはずっと元気いっぱいだったが、目的を果たした途端にさらに元気になった。
「よぉし! ボク、決めた! 今日だけじゃなくて、明日も手伝うよ! だってそのほうが、早く育つもんね!
それじゃあまた明日! ばいばーいっ!」
疾風のように去っていこうとする彼女を、俺は慌てて呼び止めた。
「おいおい、待てって。せっかくだから、もうちょっとゆっくりしてけ。
そしたら、もっといいことがあるかもしれんぞ」
「へっ?」と、走るポーズのまま振り返るマーチャン。
俺はこの時すでに、『器用貧乏』の『器用な転職』スキルを発動、『魔農夫』に転職していた。
眼前に広がる畑に向かって両手を広げる。
そして、告げた。
「光よ……! この地に、新たなる命を芽吹かせる力となれ……!」
次の瞬間、
……うにゅにゅにゅにゅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
時間を早回しするかのように、地面から一斉に発芽。
天を衝くほどの勢いで、緑々しい茎が伸びていく。
セサミ畑は葉っぱが生い茂り、サヤが鈴なりになっている。
コムギ畑は新緑を通り越し、一面の黄金の海原となっていた。
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
種を撒いたばかりのセサミとコムギが一気に急成長。
その様子を畑の傍らで見ていたマーチャンは、伸び上がった植物に突き上げられたかのようにひっくり返っていた。
黄昏が見せる幻のように、オレンジ色に輝いた瞳をことさらに見開いている。
「えっえっえっえっ!? ええええええーーーーーーーーーーーっ!?
なんで、なんでこんなに早く大きくなるの!? 作物が大きくなるのって、普通は半年はかかるんじゃ……!?
それをこんなに一瞬にして育てるだなんて、まるで魔法みたい……!」
マーチャンはハッとした様子で、俺を見上げる。
「まさかレオピンくんって、魔法使いだったの!? レオピンくんって、無職のはずじゃ……!?」
「最近の無職は、魔法も使えるんだ」
「す、すごいよ! 魔法も使える無職だなんて、すごすぎるよっ!?
やったやったやった! やったーーーーっ!」
マーチャンはピョンと飛び起きると、シュバッと俺のところにやって来て、手を握った。
「実をいうとボク、不安だったんだ! レオピンくんの作物が育つよりも、ボクたち商人連合が、豪商連合の下働きにされちゃうほうが先なんじゃないかって!
でもこれで、豪商連合の子たちを見返すことができるよ! さっそくこれを収穫して、居住区で売ってもいい!?」
目の前で風に揺れている麦穂を、人参をぶらさげられた馬のごとく見つめるマーチャン。
「そう慌てるなって。お前は収穫したコムギをそのままの形で持ってくつもりか?
居住区で流通させるなら小麦粉だろう」
するとマーチャンは、ただでさえ大きくなっている瞳を不思議そうに丸くした。
「目の前でなってるコムギと小麦粉って、もしかして別のものなの?」
その返答で俺は察する。
マーチャンは小麦粉を扱いたがっているが、それはどうやってできているのかを知らないんだ。
「どうりで畑に大穴を開けて、手伝った気になってたわけだよ……」
「へっ? なにか言った?」
「いや、なんでもない。とにかく収穫しただけじゃ市場に流通させられないから、もうひと仕事必要なんだ」
「そうなの!? でもわかった! なにをすればいいの!? 今すぐやろう!」
「おいおい、もう夕方だぞ。今日はもう遅いから明日にしよう。いくつか道具も用意しなくちゃいけないからな」
「わ……わかった! それじゃ、明日また来るね! 今日は早く帰って寝て、朝いちばんに来るから!
だから、ここにあるのはまだ食べちゃだめだよ!?」
「ひとりでこんなに食えるか。だいいち……」
俺の言葉が終わらないうちに、マーチャンは春の花のような残り香とともに走り去っていった。
その底なしの元気な後ろ姿を見て、俺は肩をすくめる。
「やれやれ、明日も朝から忙しくなりそうだな」














