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レント・ヴェーレンのサガ ~追放鍛冶師は辺境で平穏を望む~  作者: 神条紫城


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2/16

第1話 追放の鍛冶師

久しぶりに連載作品です。よろしくお願いします。

気合い入れて書いてるので、最新話まで読んでくださると嬉しいです。


 ギルド本部の入り口、レントの帰りをポンクルが荷物を抱えて待っていた。


「アニキ! どうだったっす!?」


 (なか)ば朗報を期待し尻尾を振るが、事情を説明するとショックで荷物をドサッと落とす。


「ふざけんなっす!追放なんて!アニキの剣を汚した奴……オイラ絶対許さないっす!」


 王都中の冒険者がレントの剣を求め、宮中ですら依頼してくる状況はただ腕を磨きたいレントにとっては煩わしいだけだった。

 だが、この追放は話が違う。


 そこに一人の作業着を着た男が現れる。あごひげを触りながらしたり顔で話しかけて来た。


「よぉーレント、追放とは残念だったな!」


「何の用だ、ガルド。お前と話す気はねえ」


 王国一といわれるレントの鍛冶。それを快く思わない者からの嫌がらせは今に始まったことではない。同業であるガルドはそんな輩の代表格のような男だった。


 レントはガルドの笑みを見て、何かを察したかのように口を開いた。


「……お前の仕込みか、ガルド」


 ガルドはわざとらしく肩をすくめた。


「お前にこんな(はかりごと)をする脳はない。王宮の誰かと組んでやがるな。きたねえ奴だ」


「黙れ!何がドワーフの技法だ、インチキ野郎が!」


 レントの指摘に顔を悔しそうに強張らせ声を荒げるガルド。


「お前が偽物作ってすり替えたっす! アニキの剣は魔物を一撃っす!王国一の鍛冶師っすー!」


 ポンクルが弁舌を振るい食って掛かったが、化け術が緩み、狸の耳がピョコッと出た。

 その姿にガルドは嘲笑し突っぱねる。


「亜人風情が!こんな奴が弟子とは師匠の格が知れるぜ。獣にまともな剣が作れるはずがない」


「種族なんて関係ねえ。ポンクルは俺の弟子だ」


 レントは静かに言い、ポンクルの肩を叩く。ポンクルは目を潤ませ、「アニキ…!」と尻尾を小さく振っていた。


「フン!偽もん同士仲良くやってりゃいいぜ。これからは俺の時代だ!さっさと失せろ!偽物作りのインチキ野郎!」


 レントは真っ直ぐな瞳で言い返す。


「偽物作ってるのはお前だ、ガルド。今に見てろ、いつかボロが出る」


 その言葉にガルドの笑みが一瞬、凍ったようにひきつった。

 そして、ふん、と鼻を鳴らし、衛兵に合図をして、追い払うように促した。

 

 衛兵に言われるまでもなく、レントたちは背を向け歩き出した。

 地位や金か、哀れな奴だ。

 そんなものは何かを成すための道具、鍛冶で言えばただの金槌だ。

 それで何を打つかが重要で、そんな(かなづち)では鍛冶師の鉄の魂は響かない。


 そう意を決したレントの目には、はっきりと、自身の鍛冶の道が映っていた。

 



 

 レントとポンクルは、主のいなくなった薄暗い工房に帰宅した。

 作業台の上に置きっぱなしだった金槌が、どこか哀愁を感じさせる。


「さてと、ムカつくがこうなっちまったもんは仕方ねぇ。支度すっか」


 レントは無精ひげを撫でため息を吐く。


「アニキ! なんでそんな平気そうなんすかー! 追放なんて、ふざけんなっす!オイラこの工房を捨てたくないっすよー!」


「まぁ、待ってろって。確かここに……」


 レントは工房の古びた木箱をがらがらとあさった。様々なものが乱雑にしまわれており、その中から端正な装飾が施された手鏡を取り出した。


「ヒョエーッ!アニキ!『遠見の鏡面(ヴィジョンズミラー)』じゃないっすか!そんな貴重なアイテムをそんなとこにしまわないでくださいっす!」


 レントのずさんさに、ポンクルは涙が引っ込んだようだった。


「うるせ、俺は整理整頓が苦手なんだよ」


 手に取ったのは遠見の鏡面(ヴィジョンズミラー)、遠くにいる相手とも鏡越しに会話ができる古代魔術の遺産(アーティファクト)、幻のアイテムだ。


 鏡に触れると鏡面が揺らめき、狐の仮面をした青年が映った。細い目の意匠が怪しく光り、赤毛の長髪をなびかせながら明るい調子で話し始める。


「ハイハイ~毎度! ルペス商会、ピンパネでございます~!」


「久しぶりだな、ピンパネ。急で悪いが、例の奴、今から頼む。」


 レントの低い声に、ピンパネが目を細くしてニッコリ笑った。


「これはこれは、レント様!すぐに近くの者を向かわせます、一時間以内には準備できますよ~!」


 ポンクルが鼻をヒクヒクとさせ、鏡を覗いてくる。


「こんな時に商売の話っすか?」


「まぁ、そんなとこだ。それより、移住の準備をするぞ」


 レントとポンクルは食料の買い出しを済ませ、ピンパネからの連絡を待った。

 あわただしい一日だな、とレントが一息ついていると鏡が光り、ピンパネの声がする。


「レント様、準備できました! そちらで魔方陣起動すれば、いつでも飛べますよ~!」


 レントは「恩に着る」と呟き、荷物から(きら)びやかなペンを取り出した。刻まれた金色に輝く不思議な文様が、それがただのペンでないことを物語っている。


 レントは外に出ると工房全体を一周するように魔方陣で囲んだ。

 ふと視線を上げると、ポンクルが窓から不思議そうにこちらを見ていた。


「よし、完成だ」


 レントはふっと息を吐くと、工房に戻り静かに呟いた。


「書くは運命、辿るは星の道」


 次の瞬間、眩い魔方陣の光が天へと昇り、王都にあった工房が姿を消した。

 荘厳な音とともに、眩い光のカーテンが開けていく。すると窓越し、美しいルヴシール湖の(ほとり)がレントの瞳に映った。澄んだ湖面に夕陽が滲み、魚たちが歓迎するように跳ねている。


 その神秘的な情景に、ポンクルは先ほどまで出来事を忘れてしまったかのように、工房を飛び出し、跳ね回った。

 レントも後に続き、ゆっくりと背筋を伸ばす。

 全身を包み、通り過ぎていく湖畔の風が、親方と過ごした静かな工房を思い出させた。

 

 湖の対岸には山と森に囲まれた集落があるようだった。木造の家から細い煙が上がり、農夫が家畜を連れて歩いているのが見える。


 レントがうまくいってよかったと工房を眺めていると、馬車のガラガラとした音が聞こえてきた。

 視線をやれば、鮮やかな赤毛の長髪に、紺色の上等なコートをまとう男が見える。ピンパネだ。

 狐の仮面が夕陽に怪しく光り、口元で浮かべる笑みがそれを助長していた。


「レント様! いい場所でしょ? アッシのセンスはいかがですか!」


 ピンパネが馬車を降り、意気揚々と声を掛けてきた。


「ピンパネ!来てくれたのか」


「こちら側の魔方陣の仕込みは部下に任せてたんですが、幸い、近くで商いがありまして」


 二人のやりとりをポンクルは不思議そうに見つめていた。


「アニキどういう事っすか?あの魔法は何なんすか!てか、ここはどこっすか!」


 尻尾を振り、まくしたてるポンクルをレントは諌めた。


「まぁ、移住は前々から検討はしてたんだ。後で色々と説明してやるよ」


「ところでレント様。お代の方ですが…」


 ピンパネは颯爽と羊皮紙を差し出した。


「お貸ししていた古代魔術の遺産(アーティファクト)、『運命と星のペン(ディスティニースター)』の使用料、人件費を含めこんなところかと。あ、ペンはアッシが預かりますぜ」


 レントは「安いもんだ」と金貨の袋をどかどかと置いた。

 しかし、ポンクルがあわてて羊皮紙を手に取った。


「ギョエーッ!ふざけんなっす!なんすかこの法外な額は!アニキ!この狐野郎に騙されてるっす!」


 ポンクルは尾をバタバタ振って食ってかかるが、化け術が緩み、狸の耳がピョコピョコと揺れた。

 その未熟な様子に、ピンパネは余裕の笑みを返している。


「おやおや、狸のガキ、変化も自在に操れん奴は引っ込んでな!」


「こんだけ手伝ってもらったんだ、いいだろ」


 レントはポンクルの頭をポンと叩く。

 鍛冶以外はからきしなレントは法外な額を支払ってもケロッとしていた。


「アニキ~!だから金勘定はオイラがやるって言ってるのに!なんで相談してくれなかったんすか!」


「うるせえな、また鍛冶仕事で稼げばいいだろ」


「こんな辺境で誰が仕事を持ってくるんすか~!」


 そんな二人のやりとりに、ピンパネはクックと喉を鳴らしていた。

 不敵に笑顔のもと、指を立て提案してくる。


「まあ、アッシが売れば、剣は高値ですよ~。お取引の際はまたご連絡を」


 流石は商人。行動すべてが商売に繋がっている。レントは思わず感心した。


「そういえば湖畔の反対側、向こうの集落では農具や武器が足りないみたいですよ~。仕事、あるかもしれませんね。こちらの情報はサービスです」


 ピンパネはそう言って一つお辞儀をすると、ご機嫌な様子で馬車に乗り込み去っていった。

 湖畔に再び、神秘的な環境音だけが残る。


 レントは工房の前、腰を掛けるに丁度いい岩を見つけると、そこから湖面の景色をまじまじと見つめた。


「……今はただ、静かに鍛冶の腕を磨きたい。ここなら最適だ」


「アニキ!剣ばっかじゃ駄目っすよ!明日は集落に仕事に行くっす!」


「わーったよ!みなまで言うな!」


 湖のせせらぎとポンクルの笑い声が響く。

 レントは湖面を見つめながら、王都のギルドで目にした羊皮紙を思い出した。


 王宮に納めた剣が折れ、第一王子が怪我をした。それが王命による追放の理由。

 その剣は偽物だ。だが、その理由も、黒幕の正体も、まだ何もわからない。

   

 魚たちが跳ね、水音が湖畔の波紋と一緒に広がっていく。

 あの王都の喧騒の中では、決して耳にすることはない。

 

 場所が変わったところで、やることは一つ。自身の鍛冶を極めることだ。

 レントは改めて、静かにそう決意した。

 

 しかし、 その純粋な鍛冶への探求こそが、 皮肉にも、やがて王都を揺るがす巨大な陰謀を招いていくのだった。

 

 そんなことはまだ、つゆぞ知らず。物語(サガ)は動きだす。

  

 ――レント・ヴェーレンのサガ。


 



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