愛すべき偶像よ。5
家に帰った。
今日は嫌なことが続く……
ポストにあったのは退去命令の手紙だった。
それはそうだ。
2ヶ月も経っていたのだから
「まぁいいや……お前、働いてるってことは金あんだろ?」
その言葉を無視して帰った。
バイトを変える……
新しくバイトを始める……
そんなことはできるのだろうか?
明日は『城井兎斗』の握手会だ。
今日の嫌なことは忘れ明日のために風呂に入る。
風呂もお金はかかる。水も電気も通ってないこの家から公園を通らずに行って帰る。
あいつに合わない保証があるか?
風呂は辞めるか?
いや、でも、明日は『城井兎斗』のライブであり、握手会だ。
生きる価値の無い俺に『初めて』の生きる価値をくれた。
あの人に、会うために、生きてきた。
あの人に、『うとちゃん』に、迷惑はかけられない。
風呂のために出かけた。
生きた心地がしなかった。
そして、会った。
会ってしまったのだ。
「おい、金あるか聞いただろ、よこせよ」
男は言った。
でも、俺に金なんか無かった。
風呂のための1200円
ライブの最低の席で5000円
10秒の握手のための20000円
そして、今の持ってるお金が30000円
残りが3800円
3800円で1ヶ月過ごしていく……
できる。できるが、来月はどうする?
俺は立ち止まった。
走って逃げる?この豚が?太ってるだけで豚と揶揄された。この俺が?走っても追いつかれる。
来月のお金……払えなくなった家賃……そして、虐めを虐めと思わずに能々と生きてるこいつ……
すべてに、疲れていた。
だから、考えることをやめた。
考えることをやめたら次第に勝手に身体は動いていた。
俺は、俺は……
逃げていた。
そう、こいつには勝てない。だからといってお金も渡したくない
考えるのを辞めると、走って、走って、走って
、追いつかれた。
あいつに押し倒されて顔をボコボコに殴られた。
もはや、こいつは人の顔をしていなかった。
『草食動物』を狩る『獣』だった。
「金だ。金だよ!!!よこせ!!!はは、ははは、あははは!!!」
殴った男は笑っていた。
なんで、『キメラ』じゃなくて……
「……俺なんだよ」
殴られて痛い、あいつもそうだったのか?
数ヶ月前……いや、正確に言えば9週間前……
俺は、俺は、なんて……なんて、酷いことを……
男は諦めたのか殴るのを辞めた。
「つまんな……金ねぇのかよ……」
虐められて、初めて、わかった。
あのキメラも、同じ気持ちだったんだ。
その後、風呂に行った。
傷は染みた。
あのキメラも、同じ痛みを背負ったんだ。
「痛い……」




