よりよい未来のために
「あまり時間がないから簡潔に伝える。私は大爺様には散々世話になったのだ。だから、穏やかに暮らせる場所があっても良いと思っている。今はハルカたちの所で楽しく暮らしているようだが、エリザヴェータ殿のように一人を大事にしてくれる相手がいても良いのではないか、とな」
「うむ、それで?」
「私が今後も応援する条件は二つ。一つは、婚姻関係に利害を伴わないようにすることだ。その婚姻によって互いの国に干渉することはなしとしよう」
「うむ、私もそれは望まん。もう一つは?」
「もう一つは、エリザヴェータ殿が誰にも殺されず、できるだけ長く共に生きるよう努力することだ。大事なものを失ったときの大爺様は怖いと聞いたことがある。私は大爺様が悲しんで戦いに身を投じるのは嫌だ」
「なるほど……」
女王である人生、きっとこれから先も多くの困難に直面することだろう。
もちろん長生きをするつもりであるが、こうして約束をするとなると、誰にも殺されず、というのは中々難しい要求である気がしてくる。
そう考えてからエリザヴェータは、いつかどこかで、自分が命を落とすであろうことを受け入れていたことに気が付いた。そんなつもりはさらさらないのに、いつの間にかそれすらも無意識に計算に入れて生きていたようである。
エリザヴェータは黙って夜空を見上げ、それからノクトを見て、ゆっくりと深く頷く。
「うむ、努めよう。もとより、死ぬ気などないが」
「そうか。そう言うだろうと思っていた。では微力ながら、私はエリザヴェータ殿の恋路を応援させていただこう。エリザヴェータ殿につかまった時の大爺様の顔を見るのが楽しみだ」
「うむ、存分に楽しませられるよう、私の方でも頑張ってみよう」
国王が二人、国の命運とは関係ない所で密約を結び、悪戯っぽく笑う。
ノクトは横目でそれを見て、何かまたろくでもないことを考えているなと気づいていたが、あえて口を挟まずにベイベルの相手を務めていた。
隣国の王同士が仲良くするのは良いことだ。
それがどちらも自分の教え子というのならば、なおさらである。
その場は無礼講だった。
兵士たちは近寄ってこず、部下も離れた場所で護衛をしているだけだ。
遠慮のない交流は、これからまた戦いに臨むエリザヴェータの心を癒し、ロルドとの約束は、少しばかりエリザヴェータの方針に変化を与えたのかもしれない。
「未来読みのう」
運命は変わる。
未来読みの巫女は、その場にいる者たちの言葉に耳を傾けながらぽつりとつぶやく。良くも悪くも、力を持った者たちが交わると未来が変わっていく。紡ぎ直されていく。
かつての自分は、きっと一番高い可能性の未来を見ていただけなのだろうと、今のエニシは思っている。
「神様は、ハルカに何を求めているんじゃろうな」
エニシにはさっぱり想像がつかないけれど、なんとなくその内容は、ハルカの人柄にふさわしいお願い事なのだろうなと考えるのであった。
一晩明けた翌日。
エリザヴェータはすでに軍をまとめ、出立の準備を整えていた。
慌ただしく動く兵士たちの邪魔にならないように、ハルカたちは外れの方で、ロルドやエイビスたちと共にのんびりと過ごしていた。
そんな集まりに、荷物をまとめたノクトが、障壁に乗ってふよふよと浮かびながらやってくる。
「さて、僕はそろそろリーサと合流します。おそらく転戦するでしょうから、終結するのには数カ月かかるでしょうねぇ」
「長い戦いですね」
「そうですねぇ……、しかしそれでも最短です。泥沼化すればもう少しかかりそうですが……、その辺りはリーサの手腕に期待しましょう。戦いが終われば、のんびりとそっちにまた向かいますよ」
エリザヴェータが放してくれればの話だが、とハルカは内心で付け足す。
とはいえハルカとしてもノクトがいないのは少しばかり寂しいので、特に何もなければ早めに戻ってきてほしい所存である。
「ユーリはちゃんと訓練を続けるんですよぉ」
「うん。ノクトもちゃんとお散歩してね」
「はい、気をつけますねぇ」
ユーリには甘いノクトの姿を見て、ロルドがむっとした表情をする。
「大爺様は、ユーリに甘い。私にはめちゃくちゃ厳しかったのに……」
「ユーリはいい子ですから。ロルドみたいに反抗して逃げたりしませんしぃ、自分から訓練をしたがります。なにより、立場が違いますからねぇ。というか……」
ノクトはすいーっと移動して、ロルドの顔を覗き込む。
「昨日、リーサと何を話していたんですか?」
「お、もしかしてそれは嫉妬……」
ノクトは短い腕を伸ばすと、ロルドの頬をつまんで思いきり引っ張って離した。
力はあまりないのであまり痛くなさそうだ。
「いつまでも馬鹿なことを。仲良くするのはいいですけどね」
ノクトはまた障壁に乗ったまま移動して、少し高度を上げて、今度はハルカに話しかける。
「ハルカさんは肩の力を抜いて、思うようにやってみるといいでしょう。まあ、どうしても悩み事が尽きなければ訪ねてくるといいですよぉ。それじゃあ、僕はもう行くので」
ノクトはそう言って、障壁に座ったまま、兵士たちの頭の上をゆったりと移動していった。昨日の光景を見ているからか、兵士たちはそれほど驚いてはいないようだが、珍しいものを見るように足を止めてノクトのことを見上げていた。
「ハルカは特級冒険者だというのに、大爺様は案外心配性だな」
「気持ちは分かるけどなー」
「そうだな」
「色々あるです」
「私って、そんなに頼りないですか?」
ハルカが仲間たちの顔をそっとのぞき込むと、コリンが違う違うと顔の前で手を振った。
「頼りにはしてるよ? でもほら、ハルカの方が心配性だからさ、こっちもつい気にしちゃうみたいな感じ?」
「本当ですか? 何かもっとこうしてほしいとかあればちゃんと言ってくださいね?」
「ママはかわいい」
ハルカが不安げに言うと、ユーリがちょっとずれたフォローをする。
「あ、はい。ありがとうございます」
この言葉にも慣れたもので、ハルカはユーリの頭を撫でながら、仲間たちの真意を探るべくその表情を窺うのであった。





