王としての役目
兵士たちによる反乱軍の捕縛が続く中、山の方からノクトが戻ってきた。
空を見上げた兵士の数人がぎょっとした顔をする。
空に複数の人間が浮かんでいるように見えれば、そんな顔もしようものである。
しかしそれの一部に先行して進軍した獣人たちの姿が見えれば話は別だ。
ロルドを先頭としてゆっくりと降りてきた四人と、それに付き従うようないくつもの憔悴した貴族らしき者や指揮官らしき者の姿が見えれば、驚愕はやがてゆっくりと称賛に変わっていく。
小さなどよめきが全体に広がったところで、ロルドが拳を天に掲げれば、それをきっかけに一挙にわっと歓声が上がった。
勝利だ。
山の裾野で降参した兵士を拘束していただけで、獣人の王が勝利を運んできたのである。
兵士たちとは違って、獣人たちの勝利を確信していたエリザヴェータがゆっくりと前に出ていくと、それに合わせて歓声も静まっていく。その横には、エリザヴェータに促されてついていったハルカの姿もあった。
そんな二つのグループに割って入るように、戦場に横から割り込んできた者がいた。
兵士たちの妙な動揺に気づいたエリザヴェータがそちらを見ると、エイビスと最古老であるベイベル、それに数人のエルフたちが、反乱軍の兵士を捕縛して近づいてきていた。
どうやら見守っていたエルフたちの森【テネラ】側に、逃亡を図った者たちがいたようだ。手足に矢を生やしたままやってくる姿は痛々しく、しかしその分、無傷のエルフたちの弓の腕がはっきり可視化される結果となっていた。
兵士たちが道を空け、そこを三つの集団が進んでいき、やがて邂逅する。
そこで最初に声を上げたのはエリザヴェータだった。
「両国、および【竜の庭】の協力に感謝する。我々の勝利だ!」
エリザヴェータが鞘に納められたままの剣を掲げると、辺りは今日一番の歓声に包まれる。
勝利の喜び。生還への喜び。戦場で浮かされた精神の昇華であった。
その場にいる皆が長く喜びの声を上げているのを聞いていて、途中で我慢できなくなったのか、ナギが後方で首をもたげ、同じく喜びの咆哮を挙げる。
瞬間戦場が一瞬しんと静まり返り、それに気が付いたナギの咆哮も、『あれ』という感じでゆっくりと細っていき、やがてぴたりと止んでそのままそーっとペタリと地面に伏せてしまう。
「……はっは」
「はっはっは!」
「……ほっほっほ」
指導者たちは皆、今回の戦いでの一番の功労者がナギであることを知っている。
皆がしんと静まり返ったところで、示し合わせたように三人して笑い出した。
冷や汗をかいて固まっているハルカは別としてである。
やがてエリザヴェータが、ハルカの方を見て、しばらく本当に大笑いしてから掲げた剣を数度振りながら声を張り上げた。
「ナギも我らの勝利を喜んでくれているようだ。功績だけでなく、勝利の雄たけびまで竜に負けるのか! 皆、今一度声を挙げよ!」
エリザヴェータの号令に、兵士たちも笑いながら天に向けてあらん限りの声を上げる。捕まっていた兵士たちも、そして貴族たちも、自分たちが戦っている相手が楽しそうに、そして誇らしげに笑う姿を見て、改めて心に敗北感を植え付けられるのであった。
さて、早々に戦いが終わったその日は、兵士たちは皆揃って、心と体を休める時間となる。圧倒的な勝利とはいえ、命懸けの空間に身をさらしていたのだから、どちらも知らず知らずに疲労するものである。
これからの予定もあるので酒を大盤振る舞いして、というわけにはいかないが、一杯の酒と、豪勢な食事の準備が始まる。
ハルカたちや他の面々が酒食を楽しんでいるだろう中、エリザヴェータだけは、少しばかりその場に参加するのが遅れていた。
何をしていたかと言えば、反乱軍の首魁たちとの簡単な会話である。
勝手な物言い。
恨みつらみ。
命乞い。
バリエーションは様々あったが、聞くに及ばず。
エリザヴェータはその場でノクトが捕まえてきた全ての者を、断罪、そのまま地面の下に葬り去った。
本来であれば連れ帰って殺すところであるが、この者たちにはその価値もなかった。これからまた転戦していかねばならないのだから、丁寧に護送するだけコストの無駄である。
自分たちがいかにも大人物であると勘違いをしていた者たちは、その場で首に斧が振り下ろされる直前まで、自分の死を冗談か何かだと思っているようだった。
驚愕の表情のまま切り落とされていく愚か者の死を、正面から見つめ、全てが終わったところでエリザヴェータはため息を吐く。
主義主張の違いがあるのは分かる。
ただし、こうまで反乱を起こされるのは、やはり王であるエリザヴェータが舐められているからだ。
それは、女だからであり、若いからであり、そして先代の王が暗殺されたことを知っている者がいるからだ。王の権威が落ちている。
エリザヴェータは苛烈な女王だ。
ここから先の戦いは、もっと多くの血が流れることになるだろう。
血で踏み固められた大地こそが、王国の未来を、北方大陸のきずなを固くすると、エリザヴェータは確信していた。
だから容赦はしない。
「早急に埋めろ。不愉快だ」
誰にも知られず、反乱を起こした顔を一般市民に知られることもなく、反乱軍の首魁たちはこの世から姿を消していく。歴史に名を連ねてやるつもりもなかった。
「さて」
エリザヴェータは立ち上がって自身の頬を緩く撫でながら歩き出す。
楽しげに話す声が遠くから聞こえてくる。
エリザヴェータとて、ほんの僅かにくらいは勝利の余韻に浸りたい。
天幕を出て数歩進んだところで、エリザヴェータは足を止める。
たき火を囲んだ集団の方から、外れた場所で大小の二つの影がエリザヴェータのことを待っているようだった。なぜ待っているようだった、と思ったかと言えば、エリザヴェータがやってくるのに気づいて小さい方の影が軽く手を振ってきたからだ。
そこにいたのは、エリザヴェータの師でもある、頭に角を生やした竜の獣人のノクトと、妹分にあたる、特級冒険者であるハルカであった。





