貫通
先を走る二人の進行速度が速すぎて、少しばかり置いていかれてしまったロルドとノクトは、急ぎその後を追いかける。二人が蹴散らした兵士たちの中には、まだ無事で元気のある者もいるので進むには注意が必要だ。
「まったく、私を置いて先に進み過ぎだ」
「ちゃんとついていった方がいいですよぉ」
「大爺様もこっちにいるじゃないですか」
「僕はねぇ、空飛んですぐ追いつけるので。置いてっていいですか?」
「ごめんなさい」
ロルドは雑談しながらも走り続ける。
立ち直った兵士が、せめて遅れてきたこいつを、とばかりに突き出してきた槍を身を翻して避ける。そうして伸び切ったところで槍を掴んでひょいっと力を入れてやれば、兵士はそのままごろりと地面に転がされた。
「よっ、ほっ、まったく、私は、戦うのは、得意じゃないんだが」
そう言いながら次々と人を転がしながら速度を緩めずに進んでいくロルド。
相手を殺すよりも、自分が生き残ることを最優先していると考えれば、実に洗練された動きだった。
「動きは鈍ってないようですねぇ」
「一応、毎日、動いているので!」
「そうですかぁ……、しかしいい加減邪魔ですねぇ」
ノクトがそう言ってくいっと指を動かすと、進行方向に向けてまっすぐ一枚の障壁が出現した。そうかと思えばそれが左右二枚に分かれて兵士たちをその外へと無理やり押し出していく。
あっという間に出現したロルドのためだけの真っすぐの道の上を、ノクトがすいーっと飛んでいく。
「最初からそれしてください」
「訓練をさぼってないか確認したかったので」
ロルドは文句を言いながら飛んでいくノクトを追いかける。
しかしそのお陰で、無事に前線を走る二人の背中はすぐに見えてきた。
ガーレーンが走ると人が空に飛んでいくのですぐに居場所が分かる。
うめき声や悲鳴が上がる中を走っていくと、二人が相手方の士気をめちゃくちゃにしながら進軍していることがよく分かる。
一級特級といったレベルの実力者の怖いところはこれだ。
一人で平気で敵軍に飛び込み、平然とした顔で出てくる。
対応するには対応できるだけの人材をそろえておく必要がある。
今回の反乱軍の場合は、元から貴族家に仕えている凄腕がいない限り、外から雇い入れることは難しい状況だ。そしてそんな人材が豊富にいるとするならば、もっと前線に配置をするのが常道である。
いないからここまで簡単に踏み込むことができる。
四人の進軍速度は全く緩むことなく、ようやく強者らしき者たちと、身分の高そうな者たちが集まる場所まで到達した。
おそらくここが本陣。
すなわち、敵軍をすべて貫通したということになる。
「獣人がこんな所まで……!」
ここの反乱軍のトップである貴族の男が憎々し気に四人を睨みつけながら、奥歯を鳴らして呟く。
元清高派の主要人物のうちの一人であり、少し前まではエリザヴェータに媚を売って難を逃れようとしていた男だ。
どいつもこいつも足を引っ張りやがって、と男は全方面に心の中で毒づく。
物分かりの悪い他の貴族共が協力していれば。
力を貸す冒険者なんぞがいなければ。
マグナスが負けさえしなければ。
この戦いにおいても、南西で反乱が起きたのに合わせ、慌てて引き返したエリザヴェータの背後を突く手筈であったのに、なぜか大軍を率いて目の前までやってきている。
実はエリザヴェータは途中で軍を分けており、随分と数は減った方なのだが、自分以外の存在を皆見下している男は、そんなことにも気づかない。
そうして今、すべての怒りが、彼にとっては隷属すべき存在であるはずの獣人に向けられていた。
「殺せ!」
四人の手練れがモンタナとガーレーンに迫った。
それぞれ違う武器を使っており、彼らの連携具合も分からない。
ガーレーンがぐっと身を沈めた瞬間、モンタナは両手を素早く動かしていた。
不可視の刃が、一人の首を切断。
それで刃の存在に気が付いたもう一人が、剣で防御を試みる。
モンタナが即座に不可視の刃を消して走りだしたところで、空いた手で投げていたナイフが、その男の喉元に突き刺さっていた。
三人目を仕留めに走っていたモンタナだが、それより少し先に、大きな鉄の塊のようなガーレーンが、土をひっくり返しながら突進していた。出番はなさそうだと思いつつも、仕留め損なった場合を考えて、モンタナはそのまま後を追いかける。
ガーレーンの装備は、兜に肩当て、腕も関節を除けばしっかりと固められている。
相手方も力には自信があるようで、ガーレーンは真正面から戦斧と大剣の一撃を受け止めることになった。
傍から見てもその振り下ろしは鋭く、相手の腕はそれほど悪くない。
しかし、頭部と肩にそれぞれ痛烈な攻撃を受けたにもかかわらず、ガーレーンの動きは僅かたりとも緩まなかった。
直後、ガーレーンの広げた両腕が驚愕の表情を浮かべる二人の敵に襲い掛かる。
敵の胸の辺りにぶつかったガーレーンの両腕は、人体から発せられたにしてはあまりにも鈍い衝撃音を立てて、二人の男を二度と目覚めない眠りに誘った。
「馬鹿な……!」
「二級から、三級、くらいですかねぇ」
驚愕して声を上げる貴族とほぼ同時に、ノクトが敵の実力を評価する。
世間からすれば化け物に足を一歩踏み入れたような実力者たちであったが、二人の前では数秒ともたなかったわけである。
逃げ腰になった貴族の背中が何かにぶつかる。
「ああ、もうみんな囲んだので、これでお終いですよ。残念でしたねぇ」
「あ、ああっ!」
ノクトが立てていた人差し指を動かすと、その場にいる無事である敵全員が、地面から離れて宙を浮く。その中の何人かはきっと王国に伝わる昔話を思い出したことだろう。
獣人の魔法使いによる、血塗れの悪夢の話を。





