モンタナ駆ける
戦場にいる、味方を含めたほぼ全員が足を止める中、それでも前に進み続けている一行がいた。獣人の四人組である。
かなり早い段階で、モンタナが耳を塞ぐ指示を出したおかげで、不格好ながら聴力にもダメージを受けていない。
「うわぁ、派手に暴れて……」
「ちょっと声出して、ちょっとブレス出しただけです」
「あ、うん」
モンタナから反論が飛んできて、ロルドは首をかしげながらも同意した。
【竜の庭】の面々は、卵の頃から大きくなる過程を見守ってきたナギに対して妙に甘い。その甘さは大体ユーリに対するものと同じくらいだ。
「拍子抜けです」
「まぁ、こんなものでしょうねぇ」
敵が腰を抜かしたり逃げ出したりしている中を駆けながら、先頭のガーレーンが呟くと、障壁にのんびりと座ったまま移動しているノクトが返事をする。
布陣としては、ガーレーンの左右にノクトとモンタナ。
後ろにロルドがいるような形だ。
まさか本当に敵を踏みつぶさないようにだけ注意しながら走ることになるとは思ってもいなかったガーレーンである。
さて、敵中を随分と進んだところで、ようやく兵士たちの一部が指揮官の言葉によって立ち直っていた。その指揮官は、先頭に立って兵士たちを鼓舞している。
敵ながらあっぱれ、というところだが、振り返って進軍しようとした次の瞬間に、その体は宙を舞うことになった。
姿勢を低くしたガーレーンが、鋼鉄の兜をかぶった頭部で指揮官の体を突き上げたのだ。不意打ちをくらい、まるで紙細工のように空に舞い上がった指揮官は、きりもみ回転をして地面に落ちていく。
「おっと」
指揮官とはいえ、こんな前線にいるからには、きっと貴族たちのような指示を出す側の者ではない。ノクトが地面に落ちる前に一度、柔らかい障壁でその体を受け止めてやる。
その指揮官によって鼓舞された兵士たちは、当然戦意喪失。
四人はまたその場を素通りしていく。
「出番ないです」
「もう少し進めばあるでしょう」
「怪しいとこです」
余裕の会話をしながら進むうちに、ついに山へとさしかかると、流石に貴族たちに近い兵士たちが現れる。この辺りになると状況を理解したうえで付き従っているようで、ちゃんと四人の前に立ちふさがってきた。
「さっさと抜けるぞ」
「御意」
「そうですねぇ」
ロルドが出した指示に返事をしたのはガーレーンとノクト。
モンタナはちらりと視線を向けただけで、すぐに走り出してしまう。
元々愛想の良い方ではないし、いくら世話をされて頼られたとはいえ、獣人国に属したつもりはない。自分はあくまで【竜の庭】の冒険者であり、今は雇われの護衛であると態度で示していた。
一見大人しく物分かりよさそうなモンタナも、実はなかなか頑固であり、自由を愛する冒険者気質を持っているのだ。
走りだしたモンタナに少し遅れてガーレーンが続く。
敵からすればどう見たって警戒すべき対象はガーレーンだ。
全員がモンタナをサッサと始末して、ガーレーンと相対するつもりだ。
モンタナは目を細めると、おざなりに突き出された槍に片足を乗せ、そのまま身体強化をして踏み折った。獣人は強いと知らしめるのが目的なのだから、舐められたまま戦いを終えては意味がない。
それに加えてモンタナは単純に、戦場にいるというのに見た目で判断をされ、舐められたことに少しばかり腹を立てていた。
右手に短剣。
左手に鞘。
鞘の方は魔素によってコーティングし、しっかりと切ることのできる剣となっている。
両手に武器を持ったモンタナは、そのまま敵の足元に潜り込み、全ての攻撃をひらりとかわしながら敵の足元を切り裂いていく。
一度懐に入ってしまえば、モンタナを仕留めるのは至難の業だ。
武器を思いきり振るおうとすれば味方にあたり、加減をすればあっさりと避けられ反撃される。
そちらに目を奪われたところで、正面からはガーレーンが突貫。
人が次々と弾き飛ばされていく。
「強い」
ロルドはガーレーンが二対一で負けたという話を聞いていた。
二対一で、しかも相手はガーレーンから見れば子供のようなものだ。
ガーレーンも多少加減くらいしたのだろうと、強さを多少差し引いて考えていたのだが、動きを見れば一目瞭然。
とてもそんな生易しいものではない。
「強いですよぉ。あなたに同情してもらうほど、モンタナはやわな生き方はしていません。あれで立派な冒険者ですからねぇ」
「……同情をしたつもりはないのですが」
「これまで何もしてやれなかった同胞のために何かをしてやろう、と思ったでしょう?」
「そうですが……」
ノクトから内心を見抜かれるような言葉をかけられて一度は否定したロルドだったが、更なる追撃に渋々モンタナに対して抱いていた気持ちを認める。
「あの子はあんな顔してますが、敏感で強かですよぉ。その上借りまで作ってしまって大丈夫ですかねぇ……」
「う……」
「おそらくガーレーンも、二人をもう少し甘く見て、二対一を申し入れたのでしょうねぇ。二人とも、一対一でガーレーンと戦ったとしても、結果は分かりません。今では立派な中堅どころの一級冒険者です」
戦場まできてチクチクと叱られている間に、ガーレーンたちによってどんどん道は切り開かれていく。
「あ、あとに続きましょう!」
ロルドはノクトの説教から逃げるように走りだしたが、ノクトは障壁に乗ってついてきているだけだ。動いたところで言葉はいくらでも飛んでくる。
「もっと人を見る目を養うべきですねぇ」
「分かった! 分かったってもう!」
尻尾をしょんぼりとたらしながら、獣人の王は二人が作った道を駆け足で進んでいくのであった。





