ナギのお仕事
「まったく、勝手に色々決めましたねぇ」
「そですね」
「悪くない案だと思ったのだけれどな」
「悪くないです」
「悪くはないですけどねぇ」
「奥歯にものの挟まったような言い方ばかりするのだな……」
「陛下が悪いかと」
「お前はもう一回裏切ってるんだから、今度は私の味方をしろ」
こちらは最前線で四人で陣形を組んでいる、獣人たちだ。
昨晩のうちにロルドの希望により、ハルカが追加でガーレーンを連れてきている。
今日のガーレーンはしっかりと全身鎧を着こんでおり、その重量だけで圧倒されそうな威容である。
まもなく開戦をすれば、真っ先に前線を駆け抜けて指揮官らしき人物を端からひき殺すか捕縛していくのがこの集団の役割であった。アルベルトはこっちに入りたいとだいぶごねていたが、そうなると話が変わってきてしまうので、皆で説得して今回は我慢してもらった。
「モンタナ。報酬のことはともかく、何かがあれば私からも手を貸そう。これは借りとして覚えておこう」
「すごく大変なことがあった時返してもらうです」
「うーん、程々にしてくれ」
白紙の小切手ほど怖いものはないが、一応ロルドは国外で暮らす獣人のことも気にしていた。かつて自分が攫われた経験や、王国内で獣人たちが随分と辛い思いをしてきた事実もノクトに聞いている。
モンタナ自体は楽しそうに暮らしているが、仮にも身内らしき人物が親もなく生きてきたことは事実だ。
何かしてやりたいという気持ちはあるのだった。
モンタナの方はあまり遠慮する気がないようだが。
「伝令です」
「聞こう」
話をしている途中に兵士がやってきて、四人はぴたりと会話をやめる。
「戦いが始まったら、衝突前に上空をナギ……殿が飛行します。おそらく敵軍は大きく崩れると思われます。倒れた者は放置し、まっすぐに指揮官を狙ってほしいとのことです」
「なるほど、わかった」
ロルドが鷹揚に手を振ると、伝令はそのまま去っていく。
ナギにどう敬称をつけるかどうかで悩んでいた部分で、モンタナとノクトは一瞬視線を交差させて、僅かに笑った。
きっとナギ本人も周りも気にしないだろうが、兵士からすれば確かに敬称は必要だろう。いつかグルドブルディンのように崇められる日も来るかもしれない。
「ガーレーン、踏みつぶして殺すなよ」
「気をつけます」
ガーレーンが本気で足を踏み込めば、装備の重さも相まって、人など完全に踏み砕いてしまうことだろう。本気で足元には気をつけなければならない。
そうこうしているうちに、山から土煙が上がる。
乾燥した山の地面を巻き上げて、やがて自分たちを鼓舞するような声が段々と近づいてくる。相手の士気がいくら低かったとはいえ、実際に戦場に立つと、地面と空気の揺れるその迫力は、びりびりと肌に伝わってくる。
ハルカが目を見開いてそれを感じていると、隣から声がかかる。
「そろそろ準備だ。ナギの背に乗っていってきてもいいぞ」
「……ナギ、一緒の方がいいですか?」
ハルカが尋ねると、ナギは甘えるように顔を寄せて来た。
鼻先を撫でてからハルカは笑ってエリザヴェータに答える。
「一緒に行ってきます」
「せいぜい脅かしてやれ」
「……わかりました」
ハルカがふわっと浮いてナギの背に乗った時、エリザヴェータは一瞬余計なことを言ったかもしれないと考えたが、まあ、少しくらいはっぱをかけておいた方がいいかとそのまま言葉を撤回しなかった。
ハルカのことだから、少し大げさに言うくらいでちょうどいいと判断したのだ。
「まだだ、まだだ…………」
エリザヴェータは動きが最も有効に作用する瞬間を見極めて、ぎりぎりまで敵を引き付ける。
「全軍、進め!!」
そうしてハルカだけではなく、全軍に対して進軍の号令を下した。
ゆっくりと声が上がり、それが徐々に高まり全軍から声が上がっていく。
ナギが空に浮かび上がり、その影が落ちた場所にいた兵士は、ブルリと体を震わせた。これ程に大きな竜が自分たちの味方として出撃していくのだから、士気が上がらない理由はない。
自分の体の下から次々と声が上がっていくのが面白かったのか、ナギはしきりに地表を気にしている。
「ナギ、前を見て飛びましょうね!」
ハルカが大きな声で注意したところで、ナギは返事にガウガウと鳴いた。
その瞬間、再び地表から大歓声が上がる。
ナギもハルカもびっくりだ。
「……ナギ、人気でよかったですね」
ナギがハルカに返事をすると、また歓声が上がった。
むずむずとした気持ちで、味方上空を抜けて敵が見えてきたところで、ナギはぱっくりと口を開ける。
『せいぜい脅かしてやれ』
その言葉を聞いていたのは、ハルカだけではなかった。
すでに悲鳴が上がり始めていた反乱軍に向けて、ナギはとてもとても珍しいことに、本気の咆哮を上げる。
ナギがご機嫌だったお陰か、脅かしていいという許可のお陰か、それは公爵領であげた咆哮よりもさらに大きく、立派なものであった。
何とも形容しがたい音の塊は、両軍の雄たけびをかき消し、空気を揺らしその場にいるすべての者の耳をキンとつんざいた。山からは鳥が慌てて飛び立ち、動物たちが我先にと逃げていく。
続いて空に向けてぼっぼっぼっ、と短いブレスが三発飛んでいく。
地面を見ればその場に座り込む者、悲鳴を上げながら逃げ出す者、呆然と固まる者。人間が無理やりに上げた、大義のない士気など、竜の咆哮の前には紙屑にも等しかった。
ハルカがやりすぎで怒られたりしないかな、と心配をしていた頃、エリザヴェータは眉をひそめながら、「やりすぎだ……」と呟いていた。





