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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
14章

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指揮官の判断

 山にこもった反乱軍の士気は、ここ数日ですっかり下がり、もはやどうしようもないところまで来てしまっていた。そりゃあ一日三度も馬鹿みたいに大きな竜がうろうろと行ったり来たりしているのだ。

 竜が飛んでいる事実だけで恐ろしいのに、彼らだってマグナス公爵領の話くらいは聞いているから、士気の低下は一層加速していた。


 竜の上には宣戦布告ついでに、魔法で城を粉々に砕いて帰るような、恐ろしい特級冒険者の魔法使いが乗っているかもしれないのだ。いつ頭の上から想像もつかないような魔法が降ってきて、知らぬうちに命を落としているか分かったものじゃない。

 兵士たちはすっかりノイローゼ気味で、眠れなくなってしまっていた。


 指揮官、つまり元々家に仕えている、反乱の意志がしっかりとある者たちは、いちいち空を見上げるなと叱り飛ばすが、そうすると恨めしそうな目で見つめられ、針の筵のような状況に陥る。


 いつもならばそろそろ竜が飛んでくる時間だ。

 今日は遅い。もしかしたらもう来ないんじゃないか。

 昨日の夜はいつもより余分に往復していたから、朝は休みなんじゃないか。

 兵士たちがそんな噂をしていたところで、一人の指揮官が山のすそ野を指さして叫ぶ。


「あれを見ろ!」


 兵士たちは『うるせぇな、今それどころじゃねぇんだよ』とひどくやさぐれた内心を隠しながら、仕方なく指さす先を見てやると、そこにはいつのまにやらずらりと王国軍の兵士が並んでいた。

 兵士たちは自分たちよりも圧倒的に数の多い兵士たちを見ても、やっと来たのか、とそれほど恐れたりはしない。もはや恐怖の感覚が麻痺し始めていたのだった。


 今からうるさい指揮官を殺して謝れば助けてもらえないだろうか、そんなことを考えている者も複数いるが、流石に他の兵士と共有するわけにはいかない。

 もし兵士たちの中に、指導者の素質がある者がいたならば、きっと今頃この反乱軍は勝手に崩壊していたことだろう。


 声に気づいた指揮官と、この反乱の主導者である、王国の元爵位持ちが数名集まってやってきて、そのうちの一人が声を上げる。この中では最も兵士を集めてきた子爵であった。


「見ろ! あの軍の中の指揮官を倒せば、毎日のように来ている竜ももう来なくなるぞ! 勇を振るえ! 力を見せるのはここぞ!」


 本当は山にこもったままじりじりと時間を稼ぎたいところだが、そんなことをしていたら、いつ兵士たちが『指揮官を殺して降参する』というアイデアを実行するとも限らない。

 一か八かで兵士たちを突撃させる方が、まだ身の安全は保てるような状況だった。

 一応しっかりと教育を受けてきた爵位持ちの者たちは、今の状況を冷静に判断できるだけの能力を持っていたらしい。


 兵士たちも今の言葉を聞いて、じわじわとやる気を出していく。

 あんなでかい竜と訳の分からない魔法使いに殺されるくらいなら、同じ人と戦った方がまだましだ。


「敵の指揮官を仕留めた者だけでなく協力したものにも、思いのままの褒美を与えるぞ!! 金をやる! 領地をやる! 爵位をやる! いいか、ここがお前たちの正念場だ!」


 続けて気合いを入れてやれば、兵士たちは疲れた心に僅かな希望を灯してついに声を上げ始める。

 同じような言葉を場所を変えながら数度かけていけば、最初はばらばらとしたものだったが、「おお!」という声は徐々に大きく、一致していく。破れかぶれの連携であったが、言葉一つでそこまで持っていったこの貴族は、やはりそれなりに優秀なのだろう。


 一方で声が上がるのを聞いたエリザヴェータは、不敵な笑みを浮かべながら「愚か者が……」と誰にも聞こえぬような小さな声で呟いた。兵士の士気を上げるというのはすなわち、敵味方問わず人が死ぬ可能性が高くなるということである。

 とはいえ、攻めあがるつもりであったのが、ここで敵を受け止めればよいような状況になったことは、悪いことではない。

 戦いでは弓で命を落とす者も多くいる。

 長く山に陣取っていたこともあって、仕掛けなんかも施されていることだろう。

 それを突破するとなれば、犠牲が出てもおかしくはない。


 しかしあの勢いならばきっと、もうほんの少しでも待てば反乱軍は山を駆け下りてくることになるだろう。そうなればやりようはいくらでもある。


 エリザヴェータは、てっきり反乱軍は山にこもるとばかり考えていた。

 そして今、そうならなかった理由を考え、すぐに隣で待機するハルカの存在に思いいたった。ずばりそのまま状況をなぞるような推測から、エリザヴェータはまたにやりと笑う。


「……ハルカ、私が指示を出したらナギを敵軍の上空すれすれに飛ばしてもらえないか? 一度で十分なのだが。その後は予定通り動いてもらいたい」

「ナギに聞いてみます」

「頼む」


 元々ハルカは、行軍を上から見守って、命にかかわるような怪我をしたものをできるだけ助ける、という役割を負っていた。ナギはハルカに似たのか、戦うのがあまり好きではないので留守番の予定だった。


 ハルカが後方に飛んで待機しているナギの鼻先に立って今の話をすると、ナギは視線を左右に泳がせた後、顔を上げあまり気が進まなそうに小さな声で鳴いた。小さな声と言っても、地面が少し揺れる感じがするような音なのであるが。


 曖昧だが承諾のようだ。

 嫌だったらもっとぺったりと地面に張り付いたまま、長いことぐるぐるごろごろと反対意見の鳴き声を出すはずである。


 話が決まると、ナギのために前線が空けられ、のっそりとエリザヴェータの傍らに横たわることになる。


「すまんな、頼む」


 やって来たナギにエリザヴェータが笑いながら言うと、ナギは先ほどよりもたくさん、三言分くらいぐるぐるごろごろと声を出した。多分なんらかの文句的なものも言っているのだろう。

 時折アルベルトにも同じように文句を言っていることがあるので、これはほぼ間違いない。


「ナギは表情が豊かなのだな」

「はい、かわいいでしょう」


 相変わらずの返事にエリザヴェータはまた笑いながら、反乱軍の動きを注視するのであった。


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― 新着の感想 ―
私の心は子犬である…ナギ
ナギ、真竜に至れば話し始めるね アルベルトに文句を言っているところを是非ともw
咆哮をさせるだけで勝敗が決しそうw
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