指導者たちの交渉の2
「なるほどもっともだ」
エリザヴェータが一歩退いた。
ロルドの言に理がある以上、それを突っぱねることは、これから先の付き合いを考えれば何の得もない。エリザヴェータの目的は、速やかに山の反乱軍を片付けることであって、自国民だけでこれを鎮圧することではないのだ。
そう考えれば譲れる点はいくらでもある。
「私としては反乱軍の首魁はともかく、それに逆らうことができずに従っている者たちは助命し、領地の復興などに従事させようと考えている。なるほど、彼らに獣人の戦士の勇ましさと強さを思い知らせ、のちの世まで語らせるか」
反乱軍にはそれなりの数の民がしたがっている。
領地に住む民にとって、その領主に逆らうことは大罪であり、自らの身だけではなく家族の命にもかかわることだ。
状況を知らされずに兵士として駆り出されていると考えるべきだろう。
今頃は空にナギが飛び回ったおかげもあって、随分と士気も下がっているはずだ。
エリザヴェータとしては、自分が相手を上回る兵士を連れて、状況を伝えるだけで瓦解する程度の反乱としか考えていない。
本来ならば戦闘もろくに発生しないと考えていたのだが、獣人たちがどうしても戦いたいというのならば、その場を作ってやることもやぶさかではなかった。
ただしできるだけ犠牲者は減らしたい。
国の民は、国の労働力であり資源でもあるのだから。
「そうだな……、それならば、私を最前線に配備するというのはどうだろうか?」
「……ロルド殿をか?」
「そう、私をだ。ノクト様と……、ハルカの仲間のモンタナを連れ、三人で前線を悠々と歩き、首魁を捕縛して帰ってくる。獣人が強いと知らしめれば良いのならばそれだけで十分だ。エリザヴェータ殿は、獣人が戦って、民が傷付けられることを心配されているようだからな」
エリザヴェータの条件に譲歩はする。
ロルドとしても別に、ノクトを想っているというエリザヴェータをいじめに来たわけではない。良い落としどころとして、ついでにハルカたちを巻き込んでしまおうということだ。
ただし最後の言葉は、エリザヴェータが王国に都合のいい条件を飲ませようとしているのは分かっているぞ、という警告でもあった。
「……ハルカと仲間のことは私には決められん」
エリザヴェータとしても条件的にはそれが助かるが、モンタナのこととなると【竜の庭】の領分だ。ここでエリザヴェータが了承などしようものならば、完全に【竜の庭】を下に見て舐めているということになる。
簡単に返事ができるわけがなかった。
「てっきりこの戦の最中は協力をするのかと思っていたのだけれど。しかし彼らは冒険者だろう? この戦に加わり、モンタナを私に協力させるというのを、王国で交渉し、支払いをしてくれるということでどうだろうか?」
【竜の庭】の面々にとって、この戦はそれほど危険なものではない。
相手は普通の兵士たちであり、特別に名だたる強いものが混ざっているという情報だって聞いていない。
支払いも良いだろうし、三国のどことも仲違いをしているわけでもない。
ロルドからすれば王国の金で、【竜の庭】という、ノクトが特別目にかけている上、特級冒険者が在籍している宿との縁ができる。王国だけではなく、【フェフト】も【竜の庭】と縁があるという事実ができるのだから、悪い条件ではない。
「ハルカにも頼みたい。【竜の庭】には獣人がいて、人がいて、そして君、ダークエルフがいる。今回の問題に手を貸してもらえれば、きっと未来の人々はこういうかもしれない。冒険者宿【竜の庭】こそ、【フェフト】【テネラ】【ディセント王国】の三国同盟の象徴であると。ついでに【独立商業都市国家プレイヌ】からしても、君たちがこの場にいるというのは悪いことではないんじゃないかな?」
大事なのは形だ。
強大な敵を破ったことではなく、三国が百年、二百年と仲良くやっていくためのきっかけの場に、冒険者であるハルカたちが深くかかわっているという事実だ。
「北方大陸は国として分かれているが、手を取り合っている、ということか」
エリザヴェータが呟く。
【神聖国レジオン】は宗教権威があり、軍事力のない国だから別として、実は北方大陸にはもう一つ強大な国があることをエリザヴェータは知っている。
すなわちハルカを王としてまとまっている、〈混沌領〉の破壊者たちの国だ。
ハルカがこの戦いに参加すれば、いずれその存在が知られた時、北方大陸の意見はほんの僅かだが〈混沌領〉に味方する可能性もある。そのきっかけを作ることができる。
「ハルカ、どうだろうか?」
それを理解できているだろうかと、エリザヴェータは心配しつつもハルカに話を振った。
ハルカはそこまで深く考えていなかったが、基本的に今回の件で、協力できることがあれば協力しよう、というスタンスである。仲間たちの方を見て、コリンとモンタナが頷き、アルベルトが「別にいいぜ」と言えば、それで方針は決定だ。
「それで皆さんが納得されるなら協力させていただきます。……依頼として」
コリンからつんつんと腕をつつかれて、ハルカは苦笑しながら言葉を付け足す。
数十年、数百年後、この瞬間が歴史として語られることなど、もちろんハルカは想像もしていなかった。





