到着と会談準備
ハルカたちはエイビスとのんびりと過ごしながらも、一日三度、必ずナギと一緒に反乱軍たちが過ごしている山の様子を見に行っていた。もし大きな動きがあるようならば、被害が出ないように助太刀するつもりだ。
ノクトによれば、煙の量で動き出すかどうかは大体想像がつくのだとか。
それらしい動きは見られないまま五日が過ぎ、ついにハルカたちのいる場所に王国軍が姿を現した。ナギに乗って空を飛べば分かることだが、エリザヴェータが連れている兵士の数は随分と少なくなっている。
反乱を起こした南西の伯爵たちは、富をため込んだ大きな勢力だ。大型船も大量に保有しており、西海岸全体で船がつけられる場所はどこでも襲ってくる可能性がある。
おそらく連れてきた兵士の半分以上は、途中から西海岸の港の防衛のために、援軍として向かったのだろう。初めからこれが目的だったからこそ、とんでもない数の兵士を連れて動いていたわけである。
数人の護衛を連れ、かぽかぽと馬に乗ってやって来たエリザヴェータ。
護衛はハルカだけでなく、アルベルトたちから見ても中々の実力者ぞろいだ。
これまではあまり見たことがない面々であるのは、流石に前線にいるからきちんと警戒をしているということなのだろう。
「さすがに手合わせとかはなしね、アル」
「わかってるって」
こんないつ戦いが始まるかわからない場面では、流石のアルも、女王陛下の護衛に気軽に手合わせは挑まないらしい。護衛たちの方も見るからにピリピリしているので、それを察したのだろう。
しかし、エリザヴェータは少し手前で馬から降りると、その場に護衛たちをとどめてハルカたちの方へ近づいてくる。流石に護衛たちも一言二言反論をしたようだが、エリザヴェータに何かを言われると、ため息交じりに肩を落として、その場にぴたりと足を止めた。
エリザヴェータが悠々とやってきて片手を上げて挨拶をする。
「先行助かった。エイビスも、久しぶりだな」
「ようこそ【テネラ】へ、と言いたいところですが、反乱軍には困ったものですわね」
「申し訳ない。早急に片づけるつもりだ。領土に足を踏み入れる許可さえいただければ、鎮圧は【王国軍】のみで行うつもりだ。【テネラ】や【フェフト】に負担を強いるつもりは一切ない」
「そうなのね。……一度長老たちと話をしてみたほうが良いかもしれませんわよ?」
「ふむ……、そうなると【フェフト】の方とも直接話をしなければならないな」
三国の問題なのに、【テネラ】の代表だけと話したとなると、【フェフト】をないがしろにしたと思われかねない。いや、実際は【フェフト】の面々がそう思うとは限らないが、それを利用するものは現れる可能性がある。
エリザヴェータとしては、そういった些細なトラブルの芽もしっかりと潰しておきたい。ついでに言えば、ここの前線はさっさと切り上げて、南との内戦に集中したいという本音もある。
「どうだろう、【テネラ】の長老方は、森の中でなくとも会談に応じてくれるだろうか?」
「そうですわね……」
エルフの長老たちは、長命で、滅多に森から出ないことで有名だ。
また、若いエイビスを使者に立ててはいるが、その本音の部分はエリザヴェータにはまだ見えてきていない。争うつもりはないのだろうけれど、里ごとの長老全てが、王国のことをよく思っているなどという都合のいい考えを、エリザヴェータは持っていなかった。
エイビスは小首をかしげてから、一緒にいる若い青年エルフたちの方を見てしばし相談。
「……そうよね? ええと、多分ハルカさんが同席するなら誰かしら来ると思いますわ」
「ハルカが同席すれば?」
「はい、ハルカさんが同席すれば」
エリザヴェータが怪訝な表情でハルカの方を向く。
「あ、何かお役に立てるならそれくらいは」
「だそうだが、問題ないだろうか?」
「問題ないと思いますわよ? 誰が行くかで喧嘩になりそうですけど……、何人まで出てきても良いのかしら?」
「……陣の方が問題ないならばお任せするが」
「分かりましたわ! 場所は……」
「あ、地図どーぞー」
この辺りの地図をぱらりと広げたのはコリン。
地図は、勉強がてらコリンが持っていることが多い。
「この辺りでいかがでしょう?」
各国の境目。
つまり最前線だ。
「ふむ……、随分と信頼してくれているのだな。この場所となると我が軍の目と鼻の先だぞ?」
「ええ、信頼しております。わざわざ遠くまで来てくださったのだから、こちらも顔を出すのが礼儀というものでしょう?」
エイビスが当たり前のように笑顔で答える。
人族同士であれば、もう少し場所決めにもごたつくものだ。
欲をそれほど持たない若いエルフであるエイビスは、エリザヴェータが長老たちを呼び出して殺すかもしれない、とも思わないのだろう。
ついてきている青年エルフたちは、多少渋い表情をしているが、それでもエイビスの答えに反対はしない。もしエリザヴェータが凶行に走ったとすれば、きっと【テネラ】は二度と王国のことを信じない。
エイビスと共に行動しているこの青年エルフたちとエリザヴェータの間にも、これまでの付き合いがある。賢明なエリザヴェータが突然暴れだしたりすることはないだろう、という判断だった。
最悪長老がノーと言えばそれまでだが、おそらく、一人二人は絶対にハルカにつられてやってくる。
反対したところであまり意味はなかった。
「……感謝する。爺、【フェフト】の方はどうだろうか?」
「特に問題なく来ると思います。まぁ、そう怖がらずに会ってみたらいいですよ」
「怖がってはいない」
エリザヴェータが珍しく反射的に言葉を返した。それからすぐに口元を押さえて、ハルカの方を向く。
「ハルカ。それぞれの代表を、会談の場所へ案内してもらうことはできないだろうか?」
「もちろん、構いませんよ」
エリザヴェータから頼まれなければ自分から言い出すつもりでいたハルカは、二つ返事でその申し出を了承するのであった。





