冒険者の楽しいお話
エルフの国へ戻ってくると、ナギの待機場所で悩むことになる。
結局森の上空を抜けて、王国側の森の外で着陸したハルカは、一先ず迎えが来るまで待機をすることにした。
自分たちの方から向かってもいいが、今度こそすれ違ってしまっても困る。
野営の準備を整えていつも通りにのんびりと過ごしていると、数時間ほどして、エイビスが数人の若い男性エルフを連れて姿を現した。
「すみません、わざわざ出向いていただいて……」
「いいんですの。あ、お爺様方が嫌われていないか心配していたのですけど……」
「あ、それは全然大丈夫です、はい。むしろ歓迎していただいて感謝しています」
対応として苦手ではあっても、別に嫌っているわけではない。
あまり歓迎されると申し訳ない気持ちになるだけだ。
「皆さんはそれで遠慮されて……?」
「いいえ? 流石に戦いの最中に長老たちが前線を抜けるわけにはいきませんわ。代わりに私が、ハルカさんたちを歓待するよう申し付かってきましたの。流石に今国内の案内はできませんけれど……」
「ありがとうございます。それに関しては忙しい時期に来てしまったこちらが悪いので……。それに、ナギがいればまたいつでも来られますからね」
耳を澄ませ話を聞いていたナギが、名前を呼ばれたことでヌーっと首を伸ばして近づいてくる。エルフたちは過剰な反応は示さなかったが、「おー……」と声を上げて、やや体を後ろへ引いていた。
これだけ大きな生き物を目にすることは滅多にないので、至極当然の反応だ。
ナギも皆がびっくりしたりしないことが分かったからか、そのままのっそりと寝転がって顎を地面につける。
のんびりと歩いてきたユーリがその横に腰を下ろすと、エイビスは「あら……?」と言って目を見開いた。
「その子、ユーリさんかしら?」
「はい、大きくなったでしょう」
「本当! もうこんなに大きくなったのね」
「うん。でも……、ナギの方が大きくなったよ」
「これがあの卵の子……」
エイビスと出逢った頃、ちょうどナギは卵から孵る直前だった。
別れ際にはもう生まれていたが、その頃はまだ、モンタナの服の中に住んでいるトーチとそう変わらないくらいの大きさであったはずだ。
「こんなに大きくなるのね……」
「ナギ、覚えてますか? 一度だけ会ったことがあるんですよ」
ハルカが呼びかけると、ナギは目をしばらく左右に動かしたあとに、エイビスから逸らした位置で固定させた。どうやら覚えていなかったらしい。
「生まれたばかりのことなんて、私も覚えていませんわ」
エイビスが鼻の頭をチョンとつつくと、ナギはソローッと視線を戻してエイビスの顔をじっと見る。
「賢い子なので、もう忘れないと思います」
「仲良くしましょうね」
挨拶が済んだところで、エイビスは手をパンと叩いて「さてっ」と声を上げる。
表情はどこか嬉しそうだ。
「ハルカさんは特級冒険者。他の皆さんは一級冒険者になられた上、冒険者宿? も立ち上げたとか。それは一流の冒険者の証と聞いていますわ。是非とも、その後何があったのか、よーっくよーっく聞かせてくださいませ!」
ストンとその場に座り込んだエイビスの目は、子供のようにキラキラと輝いている。周りの若いエルフたちも、笑いながらその場に座り込み、一人が前に出て荷物を一つ差し出す。
「森でとれた食料だ。長老方から持っていくようにと言われてな」
「ありがとうございます」
「長老からって言って渡せ、って言われたんですか?」
コリンが笑いながら尋ねると、エルフの青年は苦笑しつつ一応首を振ってみせた。
どうやら口止めもされているらしい。
「その前に、なぁ、エイビス」
「はい、アルさん、なんでしょう」
王国で出会ったときに、それぞれ自己紹介は済んでいるから名前は覚えている。
アルベルトはその辺に落ちていた棒を片手に持って、大きな岩に向けて勢い良く振り下ろしてみせる。
カッ、と音がした。
当然ただの棒なんて折れてしまうだけの勢いがあったはずが、アルベルトの持っている棒は、傷一つつかずに手の中に収まったままであった。
「〈纏い〉、できるようになったぜ。ありがとな」
アルベルトがわざわざ武器の強化、〈纏い〉を見せたのは、何を隠そうその技術を教えてくれたのがこのエイビスであったからだ。
当時弓矢の威力について悩んでいたコリンに、アドバイスとしてポロリと零した技術である。冒険者ならば隠すであろうそんな重要技術をさらっと教えてくれたエイビスに、アルベルトは内心ずっと感謝をしていたのだろう。
だからこそこうして、成果を報告したわけだ。
「すごいですわね……。〈纏い〉は普通、慣れ親しんだ武器にしか使いませんの。その棒、いつも武器として使っているわけでは……?」
「ねぇよ?」
「素晴らしいですわ。エルフの中でもそれほど纏いを使いこなす方は滅多にいませんの。……これは、ますますお話が楽しみになってきましたわ」
前線は多少緊張しているはずだが、この場はただただ穏やかで楽しい雰囲気だった。ハルカたちが語る冒険の話は、日が高いうちから始まり、夜更けになっても終わらなかった。
エイビスが質問を繰り返すうちに、他のエルフの青年たちも少しずつ質問をするようになり、寝る前の時間には「酒が欲しいなぁ」とぼやくものまで出てくるほどだった。
エリザヴェータが到着するまでは、まだ数日を要する。
話すことはまだまだ山のようにあった。





