反乱軍たちとその行く末
全員の怪我を治したところで、その場は軽い宴会のような状態になってしまった。
流石に酒はないけれど、十分な食事とお喋りの種さえあれば、戦士は楽しく騒ぐことができる。
ガーレーンと二人の手合わせは、それに十分な内容であったらしく、獣人たちは大喜びで食べ物を寄せ集めて、ハルカたちの周りで騒いでいた。将軍とアルベルトとモンタナは、大人気で姿が見えないくらいである。
そんな中でも数人の戦士はノクトの下へやってきて、出会い頭の戦いと、その評価を聞いていた。特にぎりぎりで敗れた獣人は、熱心にノクトにかじりついて、一言一句聞き逃さないようにノクトの言葉に耳を傾けていた。
長い三角形の耳が、ノクトが喋るたびにピクリピクリと動くのを、ハルカはぼんやりと見つめていた。獣人にしては比較的細めの体つきで、顔つきもしゅっとしているため、耳も割と似合っている。
耳の形や、吊り上がっているけれどやや大きな瞳と、もさっとした尻尾の感じはフェネックギツネかな、などと考察しているとじろりとその目がハルカの方へ向いた。
やましい気持ちなどは一切なかったが、じろじろと見ていたという後ろめたさがあって、ハルカはさっと目を逸らす。
「なんだよ」
「……いえ、獣人の方がたくさんいると、つい色々考えてしまって」
「何をだよ」
「ええと、師匠は竜の獣人、と名乗っていましたし、モンタナだと猫、なんでしょうか? そんなことを考えておりました」
「ふーん。俺は狐の獣人」
その獣人は眉を片方あげて唇を尖らせたまま、しばらくハルカを見てそっけなく答える。別に聞いてはいけないことではないようで、それきり狐の獣人も、ハルカの方を見るのをやめた。
「ハルカさんって昔から僕たちの耳とか尻尾とかよく見ますよねぇ」
「……動いているとつい気になりまして。すみません」
笑いながらノクトに言われると、素直に謝ることしかできない。
シンプルに本人の意思に応じて動きが見えるので、見ていて退屈しないのだ。
「ハルカさんの耳も、時折動いてますけどねぇ」
「え、そうですか?」
「まぁ、自分のことは分からないものです。ね、ユーリ」
ハルカが思わず自分の耳に手を伸ばすと、ノクトは楽しげに笑う。
「たまに。元気ないと、ちょっと下がる」
「あ、そうなんですか……」
最近やけに周りの人間が自分の気持ちを察するとは思っていたハルカである。
この体にも慣れて、気付かないうちに変な癖がついてきていたようだ。
「ハルカはそれくらいわかりやすくした方が良い。そうでないと元気がないのか、怒っているのか、緊張しているのか分かりにくい」
「そうですか?」
「んー、私たちは慣れたし雰囲気で分かるけどね。昔よりは表情豊かだし」
「わ、我も少しは分かる」
「そうだよねー、エニシさんも分かるよねー」
「うむ……」
コリンがからかいを交えながら、隣に座るエニシの肩に頭を預ける。
最初の頃はやや距離のあった二人だが、いつからか随分と仲良くなっていた。
年齢的には圧倒的にエニシの方が年上だが、扱いは年下だ。
二人ともそれで納得しているようなので、まぁ、二人の関係性はそれでいいのだろう。この世界に来てからハルカが思うことだが、精神性というのは割と見た目に引きずられるということだ。
周りがそう扱うので、皆ある程度それらしく振舞うようになるせいだろう。
辺りが暗くなるまで楽しく過ごした面々は、それぞれ適当な場所で寝転がって休息をとる。どう考えたって寒いはずなのだが、獣人たちはあまり気にもせずその辺で雑魚寝状態だ。
風邪を引かないか心配であったハルカだが、翌朝早くには皆起き出して、元気にそこらを走り回っていた。前線では戦いが起こらない限り特にやることもないのだろう。
次に会うのはエリザヴェータが合流して、会談の時になるだろうとガーレーンに伝えて、ハルカたちは獣人たちの陣地を後にする。
ノクトが自分がいたことを内密にするようにと、しっかりと獣人たちに口止めしていたのがハルカにとっては印象的だった。そしてそれをあっさりと了承する獣人たち。
獣人の国の自由な雰囲気が伝わってくるが、あっさりと見捨てられる王様が哀れだなとも思うハルカ。自身も一応王様をしているので他人ごとではない。
さて、空を飛んで再び山の上空を通り抜ける。
もう一度見た景色であるが、その時から変わった様子は見受けられない。
この中のどれだけの兵士が、エリザヴェータに反抗したいと考えているかは疑問だ。その大部分は、貴族たちの主義主張に付き合わされているだけの、普通の兵士なのだろう。
やがて冬がくれば、食料も減ってここに陣地を張り続けるのは難しくなる。
そうなれば反乱軍は、【テネラ】か【フェフト】へ攻め込んで村や里を荒らす、完全な賊となり果てる。もちろん、エルフや獣人たちに勝てれば、の話だが。
エリザヴェータがどのようにしてこの北方での反乱を鎮め、南西での戦いに勝利するのか。戦や政治に関する知識がまだまだ不足しているハルカには想像もつかない。
しかし王をしている以上、もしかするといつか自分でもそんな判断をする時が来るかもしれない。
できる限り発生する犠牲が少なくて済むように、そして自分の力をどのように使えば有効に働くのかを学ぶために、ハルカはエリザヴェータにしっかりと協力をするつもりであった。





