連携は慣れたもの
一晩【フェフト】側の陣地内で泊まらせてもらうことになったハルカたちだったが、なぜかその野営地前には行列ができていた。
なんと外から来た冒険者、しかもあのノクトの弟子がいる冒険者宿の面々と聞いて、腕試しをするものが集まってきたのだ。わざわざ希望して前線までやってくるようなものもいるわけだから、当然皆、闘争心が高い。
「いやぁ……、獣人の方々って、動きがしなやかですよねぇ」
「そうですね。それぞれ長所があって、単純に力が強かったり、皮膚が固かったりする者もいます。しかし柔軟性に関しては、人族を上回る者が多いでしょう」
それでもハルカがのんびりとガーレーンと話していられるのは、アルベルトとモンタナが全部相手をしてくれているからである。コリンも二人と戦っても満足しない者と手合わせするために待機しているが、今のところ順番は回ってきていない。
アルベルトもモンタナも、知らない相手と手合わせすることは勉強になる。
特に獣人たちがそれぞれの特性を生かした戦い方をするのは参考になっているようで、二人とも活き活きと手合わせを続けている。
ただ、毎日のようにお互いに切磋琢磨しているおかげか常に危なげはない。
「二人とも強いですね」
「毎日訓練してますから」
「一級冒険者、でしたか?」
ガーレーンの質問に、ハルカは頷く。
獣人の戦士たちとの戦いを見ていると、二人の実力が確かに一級相当であることは疑いもなく、ハルカとしても誇らしい気分であった。
身内同士でいるとわからない成長が、はっきりと目に見えてくる。
ユーリも剣を教えてくれている二人の活躍に、目が釘付けになっていた。
「まぁ、あれだけ無茶な訓練をしておればと思うが……、しかし強い」
エニシも訓練を見ることはあるが、やはりこうして知らない相手との手合わせを見ると、改めてその実力を感じたのだろう。感心したようにうなずいている。
そうしてしばし手合せを眺めていると、ちらほらと怪我をしたものがやってくるようになった。
あまり骨が折れている者はいないので、上手く手加減をしているのだなぁと思いつつ、ハルカが治して帰していると、やがてガーレーンが武器を持って立ち上がる。
骨折程度という認識になっているハルカは、もはやそれが当たり前ではないことに気づくことはないだろう。
「いやしかし、これだけ手酷くやられてばかりでは……。私も一つ手合わせに行ってきます」
ガーレーンも将軍となる程の者だけあって、戦いを見ているうちに体がうずいてきてしまったようだ。何やら言い訳をして立ち上がったが、その目はアルベルトたちと手合わせをしてみたい、とキラキラと輝いているのが分かった。
「お気をつけて」
「うむ、その言葉は仲間にかけてやった方が良いかもしれないですよ」
ガーレーンがのしのしと歩いていくと、獣人たちが声を上げて列を空ける。
自分たちの大将がやってきたのだ。
盛り上がりは最高潮である。
「おっさんもやるのか?」
「どっちとです」
アルベルトとモンタナが、手合わせしている相手をほぼ同時に沈めて、ガーレーンに声をかける。二人とも途中からガーレーンが来ていることに気づいて、急いで手合わせを終わらせた節があった。
自分が先に、と思ったのだろう。
「二対一でどうだろう?」
先ほどまでの丁寧な口調がはがれ、ぬっと背筋が伸びたガーレーン。
その威圧感は将軍と呼ばれるのに相応しいものだった。
自信満々に弧を描いた口は大きく、目は獲物を見つけた猛獣のように鋭い。
「ふーん、いいぜ」
「やるですか」
二人はガーレーンの言葉を大言壮語とは捉えなかった。
強者と対峙した時のびりびりとした感覚。立ち方の隙のなさ。モンタナの目には見事な身体強化まで見えている。
それらはこれまでの手合せで二人を見てきたガーレーンからの、条件を平等にするための情報開示でもあった。
木剣を持った二人と、素手のガーレーン。
「では決まりだ。行くぞ」
「おう!」
「です!」
ガーレーンが鼻先が地面につくほどに身を低くして走りだすと、アルベルトが木剣を構え正面から、モンタナがぐるりと横へまわっていく。二対一ならばわざわざ相手に戦いやすいように動いてやる必要はない。
阿吽の呼吸での動き出し。
二人とも完全に勝つつもりだ。
一瞬で距離が縮まっていく中、ガーレーンが突然足を踏ん張り、九十度に曲がってモンタナを正面にとらえる。
アルベルトが正面から相手をしようとしているということは、当然、その方が二人が動きやすいということだ。ガーレーンの方だって、たくさんの獣人たちが見守る中、無様に敗北するつもりはない。
少しでも勝ちの可能性を上げるように動くに決まっている。
結果、正面から最初の一撃を交わすことになったのはモンタナとガーレーン。
ガーレーンは速度を緩めるどころか、さらに加速してモンタナに追いすがる。
モンタナは弧を描くようにして動き、その攻撃の先から逃げようと試みるが、どうしたってついてくるので、ぎりぎりのところで諦めた。
頭部から肩にかけてのとんでもない身体強化具合を見れば攻撃が通らないことは分かる。まずは相手の姿勢を崩すなどして、身体強化をしていない他の部分を狙う必要があるのだが、どう動いても必ず真正面に来てしまうのでそれは難しい。
まともに受け止めれば難しいが、ここまでの動きを見ると、左右に避けるのも難しいとわかる。
モンタナが地面を蹴って飛びあがるのと、ガーレーンの速度がさらに加速するのは同時だった。
体勢を変えてガーレーンの頭部を足で受け止めたモンタナだったが、更なる加速までは想定しきれていなかったのか、ものすごい速度で後方へ吹っ飛んでいく。
その隙に、アルベルトが追い付き、その背中に向けて木剣を振るったが、その場でぐるりと横に半回転したガーレーンは、裏拳を木剣の側面に叩きつけ、跳ねのける。
一方でふっとばされたモンタナは、空中で姿勢を変えながら、木剣の先を地面に向けて、不可視の剣を地面に向けて伸ばす。イメージはハルカやノクトが障壁で使っているような、柔軟で、折れない棒。
それが地面に突き刺さり、ぐにゃりと、大いに曲がった。
モンタナの体は一瞬地面に叩きつけられたが、そこで手を離したりはしない。
反動で戻った棒の勢いに乗って、モンタナの体が弾丸のように射出される。
ガーレーンは体勢を戻しながら、アルベルトの木剣を拳で迎撃すること三回。
どれも木剣を強化していなければへし折られているような強力な一撃だった。
最後にアルベルトが大上段から放った一撃を、ガーレーンは身体強化した頭部で正面から受け止める。
ガーレーンの額に見られる僅かな出血。
しかし、木剣は折れ、その先端が回転しながら宙を舞った。
ガーレーンの拳が唸り、アルベルトに叩きつけられようとしたその時、ガーレーンの後頭部に強烈なドロップキックが叩き込まれた。モンタナが飛んで戻ってきたのだ。
モンタナ、ガーレーン、アルベルトが三人まとまってゴロゴロと転がっていく。
随分と遠くまで吹っ飛んだ先で、先に動いたのは、不意を突かれたガーレーンではなく、全ての動きを予測していたモンタナとアルベルトだった。
アルベルトの折れた木剣の先端を喉元に、モンタナの木剣の先端が首筋に添えられて、ガーレーンは手を挙げて苦笑した。
「いやぁ、これは強い。……なんと悔しいものだ」
「二対一だからな」
「ぎりぎり勝ちです」
「ああ、負けた負けた。久しぶりにすっきりとする良い手合わせだった!」
アルベルトが差し出した手を取って立ち上がったガーレーンは、大きな声で負けを宣言。三人そろって自分の足で歩いて、ハルカたちのいる方まで戻ってくるのであった。





