関わりと変化
ガーレーンという、ノクトを知っているらしい獣人が現れてから、話はとんとん拍子に進んだ。ノクトが余程信頼されているのか、他のことなどどうだっていいといった様子だ。
そのまますんなり、陣地の中へ通されてしまった。
そういえば獣人の国【フェフト】におけるノクトの立場というのを、ハルカたちはあまり知らない。知っていることと言えば、王族の親戚であり、一応〈ノクトール〉と呼ばれる街の領主であるということくらいだ。
「まぁ、話はハルカさんたちから聞いてください。僕は今回ついでについてきただけなので」
「ついで……?」
ガーレーンは古くからノクトのことを知っている。
当然放浪を繰り返して、〈ノクトール〉に帰っていないこともだ。
てっきり久々に帰ってきたかと思えば、そうではないらしいことに眉をひそめた。
「はい、ついでです。というわけで、ハルカさんどうぞ」
「あ、はい、すみません。よろしくお願いします」
ノクトに紹介されてハルカが挨拶をする。
獣人族からしても初めて見るダークエルフで、しかも妙に腰が低い。
ノクトの知り合いというが、大型飛竜と共に旅をするような存在だ。
弱いはずがないのは分かり切っているから、ガーレーンの方も丁寧な対応を心掛ける。見た目や振る舞いから相手を判断するのは良くないことを、ガーレーンは昔のノクトに思い知らされている。
「ガーレーンです。メイトランド王家に仕え、将軍の位を授かっております」
「ご丁寧にありがとうございます。私、冒険者宿【竜の庭】の特級冒険者、ハルカ=ヤマギシと申します。一緒に来ているのはその仲間たちです」
「特級冒険者ですか。そんな方が何用で?」
「ええと……、ここに来た理由としては、【ディセント王国】のエリザヴェータ陛下から、【テネラ】と【フェフト】に向けての伝言を頼まれているからです」
色々と事情はあるのだが、まずハルカは、使者の用事を済ませることを優先する。
余計なことを話したって仕方がない。
「ほう、王国からのですか。お聞かせください」
「はい。王国軍はエリザヴェータ陛下の指揮の下、着々と進軍しております。もし到着前までに反乱軍に動きがあるようでしたら、私の方でも助力させていただきます」
「ふむ……、それはわざわざ手間をかけて申し訳ありません。しかし私たちはさほど気にしていませんよ。エルフたちはどうだか知りませんが、獣人族にとっては戦うことなど当たり前です。降りかかる火の粉は自分で払う。まったく、エリザヴェータ殿も何をそんなに気にしておるやら……。援軍も別になくとも構わんと言ったのに、結局わざわざ出してくださるとはなぁ」
ハルカはおやっと思う。
エリザヴェータは獣人族が王国をよく思っていないと考えていたようだが、どうもガーレーンの口ぶりからは、それらしい雰囲気を感じない。
ちなみにエリザヴェータが獣人国から信用されていないと考えている理由は、王国貴族が国内で獣人たちを奴隷のようにこき使ってきた過去があることや、種族差別からである。事実、エリザヴェータが触れ合ってきた獣人族は、王国民に対しての警戒心が高かったのだ。
その上使者を送っても常にそっけない態度をとられているとあらば、信用されていないと考えるのが当たり前である。
「まぁ、実際に顔を合わせてみなければ分からないこともありますからねぇ。多くの獣人族は手紙で言葉を尽くす種族ではありません。なまじ僕のことを知っているせいで、リーサは余計想像を巡らせているのでしょうねぇ」
ハルカの疑問に気付いたノクトが状況の解説をしてくれる。
「すれ違いがあるのならば教えてあげたほうが良いのでは……?」
「獣人国と本格的に交流を始めたのは、公爵との内戦が済んでからです。情報だけを集めれば集めるほど、見えてこないものはあります。たまにはそんな学びがあってもいいんじゃないですかねぇ」
どちらにせよ今回の行軍で、エリザヴェータはそれぞれの国に住まうエルフや獣人たちと話をすることになる。ノクトはエリザヴェータのことを認めているし、そもそも必要以上のことは言わない、というのがノクトの教育方針なのだろう。
ハルカもそれなりに長く師弟をしているので、ノクトがじっと黙って教え子の成長を待っていることがあるのも知っている。
「師匠はリーサに対して少し厳しいですね」
「信頼しているんですよ。なんとかするだろうと」
なるほど、自分相手の場合は頻繁に口を出してくれるのは、まだまだ信頼が足りないからかとハルカは苦笑する。
「……師匠というのは……?」
「あ、ハルカさん、僕の弟子なんですよ」
「弟子ができていたのですか……。大変でしょう、ノクト様の弟子は……」
「いえ、いつも良くしてもらっています。出来の悪い弟子で、師匠がどう考えているかはわかりませんが」
ガーレーンの顔の皺が一斉に垂れ下がって『何言ってんだろこいつ』みたいな表情になる。昔のノクトに散々痛い目に合わされたことのあるガーレーンは、とてもじゃないがノクトの弟子になりたいとは思わない。
将軍を任されるようになった今でさえ、先ほど獣人族の戦士たちがあっさりとたたまれていくのを見ながら、背中に嫌な汗をかいたくらいだ。
「なんですかぁ、その顔は?」
「……いえ、それは、なんというか。その……、素晴らしいことだな、と」
ノクトに問われて、ガーレーンは目を逸らしながら言い訳をする。
ノクトがこれほど穏やかになっているのが、ハルカという弟子の誕生のお陰だというのならば、もしかしたら本当に素晴らしいことかもしれない、と思いながら。





