王国の反乱事情
翌朝の早い時間に、ハルカたちはナギに乗って反乱軍が拠点としている山の上を越え、獣人の国【フェフト】へ向かった。
あまり近くを飛び過ぎて刺激するのもどうかと思われたが、移動経路に山頂があるので仕方がない。いつも通りの高度でさっさと通り過ぎはしたものの、まず間違いなく、反乱軍はナギの姿を確認したことだろう。
その背中にハルカたちが乗っていることを知らないとしても、前の内乱の話を知っていれば、大型飛竜に対して不吉な予感を抱いたはずだ。
「ついでに諦めて投降したりしないでしょうか」
ハルカがなんとなく山を見下ろしながら呟くと、ノクトが「しないでしょうねぇ」と尻尾をぺったんぺったんとナギの背にあてながら答える。伸ばした足の間にはユーリが収まっているが、身長はすでにそれほど変わらないので、見た目からは、大人と子供という感じはしない。
「というか、今素直に投降されてはリーサも困ります」
「そうなんですか?」
「そうですよぉ。ユーリ、なんで困るか分かりますか?」
意地悪のつもりではなく、これも勉強と思ってノクトは問いかける。
こういった駆け引きは、ハルカも為政者である以上は多少覚えておいていいことだ。まぁ、そんなものなくても力ずくでなんとかできてしまうのが、ハルカという強力な王の存在なのだが。
ユーリはしばし頭をひねった後、自信なさげに口を開く。
「悪い人を捕まえる機会が無くなっちゃうから?」
「うーん、確かに首魁に逃げられる可能性もありますね。ただ主な原因はそれ以外です。ハルカさんはどうですか?」
これまで色々伝えてきたことを思い出してみればわかる問題だ。
ノクトはにこにこと笑ったまま尋ねる。
「……おそらくですが……、リーサが鎮圧した、という事実が大事なのではないかと。公爵領の時もそうでしたが、強い女王であるというのを周囲に知らしめて、同じような反乱ができないようにしたいのかと」
「正解です。ハルカさんとナギがやって来たからなんとかなった、では困るんです。リーサは意地でも戦おうとするはずですよ。少なくとも、首魁を生かして帰す気はありません」
「確か……、一度恭順したはずが、南西の伯爵家と手を組んで、反乱を起こそうとしていたのでしたっけ」
「そうらしいですねぇ。それが、ハルカさんたちがその辺に切り込んだ影響で、明るみになったと。南西に領土を持っていた伯爵たちは、しらを切って協力者を尻尾切りしたというわけです。北西に領土を持っていた一部の貴族が、焦って兵をまとめて国外に逃亡。ここまでは聞きましたね」
ハルカたちが【ロギュルカニス】へ行った件が動き出した結果がこの反乱、というわけである。ハルカとしては複雑な気分だが、元々国内の膿を出す機会を窺っていたエリザヴェータからすれば、絶好の機会だった。
「でもそれって変な話だよねー」
そう言って話に混ざってきたのはコリンだ。
特にすることもないので、アルベルトも一応話は聞いている。
「何が変ですか?」
「まだ南西の三つの伯爵家はあるんでしょ? それに、今反乱を起こしている貴族が、何のために国境まで逃げたのかが分からないし。……囮とかだったりしないの?流石に女王様にそれを伝えようとは思わなかったけどさ」
「囮でしょうねぇ」
「あ、ってことはやっぱりそれも想定済み?」
「さすがにそうだと思いますよ。リーサは馬鹿じゃありませんから」
二人の中で話はつながったところで、ハルカもその意味を理解する。
「……つまり、リーサがわざわざ北へ赴いた理由は、南西の伯爵家の反乱を起こさせるためですか?」
「はい。北へ軍を割かせて、三国の間に陣取らせることで時間を稼いでいるうちに、軍備を整えて南西で挙兵。伯爵たちもどうせただで済むとは思っていないでしょうから、少しでも勝率が高いときに戦おうとするでしょう。リーサは十分な備えをしたうえで、その誘いに乗った形ではないかと思います」
「へぇ……、なんかそれだけ聞いてると剣術のやり取りみたいだな」
「誘いに反応したところでできた隙を狙う。国を使って打ち合いをしているようなものです。わかりますかぁ」
「まぁな」
「偉いですねぇ、よくできましたねぇ」
得意げにするアルベルトをノクトがニコニコと笑いながら褒める。
ノクトはアルベルトがからかわれていると気づく前にそれを切り上げて、真面目な顔に戻った。
「実際は、沿岸に船を配備したり、襲撃されるであろう場所に兵士を配置したりしているのでしょう。斥候も放って、いつでも北上している兵を分けて南へ向かわせることもできるようになっているでしょうね。軍事行動をすることを大きく知らせれば、ついでに兵糧も確保できます。自分から攻めるというよりは、あちらから行動を起こしてくれた方が、リーサとしても都合がいいんですよ。そうなるように仕向けたのでしょうけれど」
「…………なるほどな」
急に長い言葉で難しい話をされて、アルベルトは得意げにしていた表情から一変、眉間にしわを寄せながら、一応頷いて同意を示してみるのであった。





