人の暮らす場所
辺りが暗くなったところで山を仰ぐと、あちこちに火が焚かれていることが分かる。反乱を起こした兵士たちも、それぞれ煮炊きや暖をとるためにたき火をしているのだろう。
この辺りは北方大陸の中でもかなり北の方に位置しているため、秋口には随分と温度が低い。ハルカたちのいるあたりは地面が見えているが、山の上の方はうっすらと雪をかぶっていた。
食事を終えて山を仰ぎながら、ハルカはなんとなしにノクトに話しかける。
「この辺りは暖かいですよね」
「いや、寒くね?」
ナギのお腹に寄りかかりながら反論したのはアルベルトだ。
たき火を起こしてナギとたき火の間にいると、両方からほんのりと熱気が来て暖かく夜を過ごすことができるのだ。
つまりそうした方がいいくらいに、この辺りは寒い。
ある程度高価な、魔法アイテムであるローブを体にまとってなお寒いのだから、相当に寒いのだ。アルベルトの反論の方が一般的には正しい。
「僕の街に来た時と比較してます?」
ノクトの街、というのはノクトが領主ということになっている、〈ノクトール〉という街のことである。獣人国【フェフト】の西方に位置する場所にある街で、ノクトの言う通り、この辺りよりも随分と寒い地域だ。
「あ、そういえばそうでしたね。ええと、この辺りは〈オランズ〉から随分と北へやって来たにしては、暖かいなと思うんです。一般的には北へ行く方が寒い印象があるのですが」
「まぁ、確かに普通はそうですね。ただ、南方大陸では途中から南へ行くほど涼しくなりますよ」
「あー……、ええと、私の知っている知識の話になると……、この世界の真ん中から離れれば離れるほど寒くなるというか……、いえ、それだけの話ではないんですが……。とにかくその辺はいろいろあるのですが」
昔学んだことを思い出しながら語るが、ハルカの知識も曖昧である。
というか、そもそもそんな話がしたいわけではない。
「えーと、とにかく、この辺りは普通に考えたらもうちょっと寒くなっててもいいはずじゃないかな、ということなんですが、変なこと言ってますか?」
「いえ、確かにそうですね。普通に考えればそうです」
「ハルカってたまに、なんかすごく賢いこと言うよね」
「あまり考えたことなかったです」
今のこの世界では、一般的な世界の仕組みを学ぶ機会というのは少ない。
それこそ〈ヴィスタ〉に行けば、そんな学者もいるのかもしれないが、そんな人たちとわざわざ議論しに行くほど、ハルカも勉学に励みたいわけではない。
もし暇になったらいつか学びに行くのもいいのかもしれない、なんてことはたまに思うのだが。
「ヴァッツェゲラルドの婆さんが何かしてんじゃねぇの?」
「あ、そうなんです。何かそういうのがあるのかな、と思って聞いてみたんですよ」
ヴァッツェゲラルドによれば、空を飛ぶことで大竜峰付近の気候をある程度操作できる、ような話だった。もしそれが神たちによるこの世界のバランス調整なのであれば、この辺りがハルカが想定するより寒くないのも、その関係なのか、と思ったのだ。
「あまり気にしたことはありませんでしたがぁ……、確かに僕の街よりさらに北西へ行くと、真竜が住んでいる山があるのですよねぇ」
「じゃあもしかして……」
「でもその山は、もう目も開けていられないほど寒いですよぉ? クダンさんも見に行くの断念したほどですから」
その一言で、ハルカたちには十分にその山のとんでもなさが伝わってくる。
クダンと言えばヴァッツェゲラルドの尻尾を切り、〈混沌領〉を散歩し、【神龍国朧】でも伝説を残している冒険者だ。
特級冒険者の中でも超上澄みである。
流石に環境が寒すぎるのはどうにもならなかったらしい。
「ええと、そう考えると、やはり真竜の皆さんには、それぞれ役割があるのかなぁ、とか思うんですよね」
「まぁ、そうかもしれません」
「人、だけとは限りませんが、生物が生きていきやすい環境を作るために、神様が真竜の皆さんに役割を与えている。となると、多分どちらも、この世界に住んでいる生き物のことが好きなんじゃないかなとか、色々考えるんです」
ハルカがのんびりと考えていたことをまとめると、それを理解しようと真面目な顔をしていたアルベルトが、ついに思考を放棄してごろりと寝転がって呟く。
「ま、悪い奴らじゃなさそうだよな」
「神様に対して悪い奴らじゃない、って意見を聞くのは二度目ですねぇ」
「へー、アルみたいな人って他にもいるんだ」
「ええ、思えばちょっと似ている気がしますねぇ」
ちょっと前に名前を出した、非常に目つきの悪い冒険者の顔を思い浮かべながら、ノクトはふへふへと笑う。そして、その男がアルベルトに剣を託したのも、どこか自分に似たところを感じたからなのだろうとも思う。
「ふーん、そんな奴いるのか。はーあ、俺はもう寝るからな」
興味なさげに呟いたアルベルトは、大欠伸をしてそのまま目を閉じた。
もぞもぞと動いて体全体をナギに寄せるのは、少しでも暖かくして、ぐっすり眠るためである。
しばらくして静かな寝息が聞こえてきたところで、ハルカはこっそりとノクトに尋ねる。
「似てる人って、クダンさんのことですか?」
「そうですね。クダンさんの方がもうちょっと怒りっぽかったですけど」
「え、アルよりですか?」
「はい。周りもハルカさんみたいに止めてくれないので。だいぶ悪名高かったですよ、あのパーティ」
メンバーを考えてみれば多少は納得がいく。
クダン、ユエル、テト、カナ。
唯一の良心は、一緒に吸血鬼退治に〈混沌領〉へ行ったカナなのだろうが、他の個性が強すぎて制御している姿が想像できない。
「……同じ世代じゃなくてよかったかもしれません」
「でしょうね。絶対にどこかでぶつかってたと思いますよぉ」
ハルカは思わず体をぶるっと震わせる。
最近では対峙して怖いものはあまりなくなってきたが、そのパーティと相対するのだけは本当にごめんだった。





