偶然なのか
「なぁハルカ。俺はここと山を行き来してんだけど、〈ノーマーシー〉に行ってみたいって奴らも何人かいるんだよ。そいつらって向かわせちまって良いのか?」
ヨンがすっかり遺跡に夢中になり始めたところで、ルチェットがハルカに話しかける。元々ガルーダの一部もノーマーシーに移住することは決まっていたが、色々と用事があって先延ばしになっていたのだ。
「もちろん構いませんが、ルチェットさんはこちらに?」
「ああ、残る。俺と一緒にこいつが〈ノーマーシー〉に行くと、まともにあのぐうたらの親父に意見する奴もまとめ役もいなくなる。そうするとここが無防備になりすぎると思うんだよな」
こいつと言って示したのはヴィランテで、ぐうたらな親父とは吸血鬼のゼアンのことだろう。すっかりちゃんとお付き合いをしているようだ。
コリンがニコニコと楽しそうにしている。
話を聞き出すのは好きだが、二人の関係を邪魔をするつもりはもちろんない。
「なるほど……。移動に護衛はいりますか?」
「いや、海の方から砂漠を迂回していけば問題なく自分たちだけで行ける。聞けば砂漠には魔物が多いらしいからそっちはちょっとな。気を付けることはあるか?」
「そうですね……。ノーマーシーには他の種族もいますから、その辺りをしっかりと理解してまとめられそうな人がいると助かります。私の目の届かない部分もありますし……。あちらはニルさんというリザードマンの戦士がまとめていますので、分からないことをそちらに頼るように伝えてください」
「わかった。じゃあ適当に希望者を向かわせるようにしとく。……俺からはまぁ、そんくらいだな」
話を終えたルチェットは、ヴィランテから預かった資料を真剣な顔で読みふけるヨンを見てから、ハルカに向き直る。
「あれ、ここに残るのか?」
「はい、この辺りの調査を。かつて人の文明があった時に、どのように栄えていたのか、とかを調べたいのだと思います。場合によっては便利な発見もあるかもしれません」
「危ないものも眠ってるかもしれないぜ。山の儀式場みたいに」
「そうですね……。その辺りは本人たちも専門家ですから、扱いは心得ているはずですが……、一応私の方からも懸念は伝えておきます」
「ならいい。あとはまぁ、適当に話しながら調整すればいいか」
最初にハルカという特大のわけのわからぬ存在に出会ったおかげで、ルチェットは他種族に寛容だ。ハルカと比べてしまえば大抵のものは普通の範囲に収まる。
ある意味普通の定規が壊れてしまった状態だが、今の〈混沌領〉には必要な人材であった。
ヨンが真面目に資料を読み漁っている間に、ハルカたちは遺跡を出て、近隣や海岸に半魚人がまた増えていないか確認しておく。
ハルカは空から、他の面々はそれぞれ徒歩で。
確認した結果、半魚人も、特に問題のありそうな魔物も、辺りにはいないことが分かり、日が落ちて遺跡跡へ戻ってきたときには食事の準備がされていた。
「そういえば、食料は足りていますか?」
「今年は大丈夫。一応コボルトたちと協力してこの辺りにも畑作ってるのだけど、あと数年は〈ノーマーシー〉から食料譲ってもらった方が良いかもしれないわ」
「わかりました。次は食料を運んできた方が良いかもしれませんね。保管庫は地下で足りますか?」
「それは大丈夫。保管用の部屋もちゃんと用意されてるから」
まとめ役のような事をやっているヴィランテから食糧事情を確認。
正直食料は有り余っているから、足りない地域があるのならば、無駄になってももったいないので積極的に融通しておきたい。
話をしながらこの辺りの最近のことや、必要な情報を確認。
話がついてそろそろ休もうかというところで、様子を窺っていたヨンが口を開いた。これまで静かに話を聞いていたのは、ハルカの手が空くのを待っていたためらしい。
自分の話をまくしたてるタイプにも思えるヨンだが、案外その辺りの分別はしっかりしているようだ。
「王様って感じじゃねぇけど、ちゃんとこの辺りまとめてるんだな」
「柄じゃないですし向いていないと自覚しています」
「いや、そんなことは言ってねぇよ。ハルカみたいなやつが上にいたら暮らしやすいんじゃねぇかなって思う」
「そうですかね……」
素直に褒められたハルカは、頬を指でポリポリとかいて目を逸らす。
「ま、それはともかく、俺は受け入れてもらってこんなとこまで連れてきてもらえて感謝してる。ありがとう。それが伝えたかった」
「あ、いえ、こちらにも都合があってのことですから」
「すぐそうやって遠慮するのな。……なぁ、ヴィランテから借りた資料見てて分かったことがあんだよ。多分ヴィランテの父親、ケンジ=コジマは俺の父親の冒険者仲間だった。穴掘りが得意なコージって奴がいたって話を聞いたことがあるんだ。どこかで俺の父親と別れて、〈混沌領〉の調査を続けてたんだろうなぁ……」
「ああ、なるほど……」
時期的には確かに、コージ=マッケンジーこと、コジマ=ケンジがここを訪れたのは三十年ほど前のことで、ヨンの父親が命を落としたのもその頃だ。その少し前に共に遺跡探索のために〈混沌領〉へ踏み込んでいても、何ら不思議はない。
コジマ=ケンジは元の世界に帰るために、その手掛かりを探って世界中の遺跡をまわっていたのだから。
「まさかさ、こんな所に来て、父親の痕跡をこんなにみられるとは思ってもなかったんだよ。だからそれも、ありがとな。なんだか、改めてすげー父親だったんだなって思うし、やる気も出てきた」
「……そうですか。偶然とはいえ、良い結果になって私も嬉しいです」
「…………ハルカってさ、ホントは分かってて俺をこっちに連れてきたんじゃねぇの?」
「いや、まさか」
「……本当かよ?」
「本当ですって」
そこまで行くと完全に買いかぶりなのだが、手掛かりという点と点を想像の線でつなげるような仕事をしているヨンには、ハルカの案内が偶然とはとても思えなかった。
「ま、そういうことにしておくか。とにかくありがとうな。俺も寝る、おやすみ」
「あ、はい、いえ、どういたしまして」
勘違いしたままヨンは去っていってしまったが、それを解消する術をハルカは持っていなかった。





