エノテラの昔話
ヨンたちを連れた混沌領の散歩はまだ続く。
ケンタウロスやリザードマン、それに巨人たちの住まう平原では、特に問題なく話が進み、続けて北へ移動して花人のエノテラに会いに行く。
彼女たちは普段蕾の中でのんびりと暮らしているのだが、空から降りてくるナギの姿が見えたのか、そのうち一つつぼみが開いて、中から人の形をした本体が姿を現した。
ナギから降りて近寄っていったハルカたちを迎えたのは、ハルカにそっくりな姿をしたエノテラであった。体の一部を葉のようなもので覆っている、やや扇情的な姿ではあるが、見た目はそのままと言っても過言ではない。
「ハルカじゃーん、何しに来たの?」
「新しい仲間ができたので挨拶に。こちらの方々がやってくることがあると思うのですが、襲ったりしないようにお願いします」
「あーね、大丈夫大丈夫。でも念のためにその赤い布つけておいてね。樹人たちもさー、それで判断するって言ってるし」
「はい、そうします」
「お前ら……そっくりだな……」
珍しくヨンではなくジーグムンドが驚いた顔をして、エノテラとハルカを交互に見る。双子でもない限りここまでそっくりなのは珍しいだろうというくらいなので、それも仕方のないことだ。
「あー、違う違う。私はハルカにそっくりなんじゃなくて、私たちがゼスト様にそっくりなの、わかる? ハルカより私の方が長く生きてるしー」
「ゼストって……、あの神様の」
「そうそう、ゼスト様。私たちが危なかったときに助けてくれたんだよね。だから私たちはゼスト様大好き!」
花人は成長過程で理想の自分に育つことができるのだとか。
神人時代の戦でゼストに助けられたエノテラは、憧れてその姿を模倣している。
エノテラからすればハルカはそんなゼストに似ていて親しみやすい一方で、自分の方が先にこの姿をしていたという、妙な対抗心があるようだ。
「まじか……。神様って本当に出てくることあるんだな……」
「あるある! 私もその時しか会ったことないけどさー。この辺り一帯が消えない炎でバーッて燃やされそうになってるの、ぜーんぶ消してくれたんだから」
「その話めっちゃ気になるんだけど、聞かせてくれねぇかな」
「いいよいいよ、聞いてってよ。あれはそうだなー、かれこれ何年前かなー? 私がまだ小さかった頃のこと」
エノテラは若々しい喋り方で昔のことを語りだす。
誤魔化してはいるが語られる事態が起こったのは、神人戦争の時代。
すなわち千年も前のことである。
「人がさ、昔から争ってたのは知ってたんだよね。あっちこっちでやり合っててさ、馬鹿みたいって思ってた。でもね、この辺りは昔から人も通らなかったの。昔々の大昔。まだ私が生まれる前。樹人の長老が芽を出した頃から、花人と樹人はこの辺りに住んでるんだから。何が攻めてきても、ずーっと追い返してきたの。私たちはあまり移動ができないから、そうしないと生きていけなかったし」
花人と樹人は文字通り、土に根を張る。
だから頑張って移動しようとしても、一日に数十メートルがせいぜいだ。
戦になってから逃げだしたのでは絶対に間に合わないので、攻めてこられれば戦うしかない。
だからこそ警戒心も戦闘能力も高い。
「でもね、人がさ、なんか妙な液体バラまいてそれに火をつけてきたんだよねー。それがなかなか消えなくて、たくさん仲間がやられちゃった。私のママも、他の皆もたくさんね? 私はママが覆いかぶさって守ってくれてたからなんとか無事だったけど、正直もうだめだーって感じだった」
話口調は軽いが、つまり人が攻めてきて、両種族を滅ぼそうとした大戦争である。
もちろん彼女らも抵抗したのだろうが、話しぶりからしてかなり押され気味だったのだろう。
それだけ人族が本気でこの辺りの土地を奪いに来ていたということになる。
「そんな時にゼスト様は来てくれたの。腕を振ったら辺り一面がスーッと寒くなって、火が消えた。逆に寒すぎて死んじゃうかと思ったけどね。ゼスト様ったら『あ、やっば』って言って、すぐに元の暖かさに戻して、そのままこの辺りに人が入れないようにしてくれたの」
「……そんな軽いのか、ゼスト様の喋り方って」
一応人の世の中では破壊神と言われている存在だ。
印象と違ってヨンはずっこけそうになる。
「そうだよ、私、喋り方もゼスト様の真似してるし」
「まじかよ」
何か想像が壊されたのか、ヨンは額を押さえて険しい表情をした。
これは遺跡オタクならではの反応かもしれない。
「獣人の国ではゼスト様は、月の神様、と呼ばれているそうです。本当はそんなに悪い神様ではないのだろうと、私は勝手に思っています」
「悪いわけないじゃん。ゼスト様はさ、私たちがいなくなっちゃうことが嫌だったんだって。なんかしばらく守ってくれてから、『もう大丈夫か』ってどっか行っちゃったけど。それから人は来なくなったんだよねー」
「多分、神人戦争の状況が進んだのだと思います。エノテラさんたちの方に力を割いている余裕がなくなったのか、あるいはこの辺りから完全に人が撤退してしまったのでしょう。ちなみにですが、人はどちらから攻めてきたんです?」
その辺りの背景についてあちこちから話を聞いているハルカが、情報を補足して、ついでに気になったことを尋ねた。
「多分ね、あっちの方」
エノテラが示したのは東側。
今は広大な砂漠が広がり、魔物が跋扈している地域だ。
ラミアたちが住んでいる遺跡の文明を考えれば、きっとあの辺りには技術の発達した巨大な王国があったのだ。
今は見る影もないが。
「なんか聞けば聞くほど、人族ってあれだよなー」
ぼやくのは小人族のヨン。
小人族のルーツは主に南方大陸で人族を保護していた【ロギュルカニス】にある。
情報を知れば知るほど、確かに激しい戦争を主導していたのはいつの時代も人族であるようだった。
「そうですね……」
なんだか責められているような気持ちになって肩を落として同意するハルカ。
ヨンはつい先日ジョーの日記を読んだばかりだから、多少人族に対する嫌悪感のようなものも抱いているのかもしれない。
「いや、ハルカはダークエルフじゃん」
「……そうでした」
「変な奴だなぁ」
ハルカにも色々と事情があるのだが、ヨンからすれば言葉の通り変な奴でしかない。
ヨンはそれからもしばらくエノテラと話を続け、エノテラが知っている昔話を聞き出している。
真面目な顔で時折メモを取るヨンの性質は、ハルカにはなんとなく、冒険者というより学者に近いように思えた





