特殊な勧誘
ギルドでカイトと別れて宿へ戻ると、エリたちがロビーでハルカたちを待っていた。その場にはオレーク一家も同席しており、サラがその娘のパレットと遊んであげている。
「ありがとうございました。長いこと護衛をしていただいてすみません」
「別にいいけどね。何がどうなったのかだけ教えてくれれば」
エリは恩を着せる風でもなくさらりと言ってのける。
ハルカの様子も心配であったし、今後【竜の庭】に所属するのであれば、知っておかねばならぬ情報だ。
デビスとのやり取りを聞いたエリは、しばし思案してからぽつりとつぶやく。
「〈アシュドゥル〉の冒険者界隈はしばらく荒れるかもしれないわね。宿が一つ無くなればそれに成り代わろうとするものも出てくるでしょうし」
「そうなりますか……」
「〈オランズ〉よりも宿の数が多いみたいだから、そこまで酷いことにはならないでしょうけどね」
今まで同様地上の冒険者と、遺跡冒険者の争いに加えて、勢力争いのようなものも始まるというわけだ。成り行き上仕方がないこととは言え、多少は治安が悪くなるに違いない。
エリの言葉と今回の件も踏まえて、ハルカは少しばかり考えて、申し訳なさそうな顔をしているオレークに提案を持ち掛ける。
「……オレークさん、〈アシュドゥル〉に慣れてきたところだとは思うのですが、良かったら〈オランズ〉へ拠点を移しませんか? 【毒剣】を潰したことで、オレークさんの生活にどんな影響が出るか、正直私には想像がつきません。ただ、第二、第三のギドのような者が現れてもおかしくないと考えます。その点〈オランズ〉であれば、わたしの気心の知れた友人もいます」
「引っ越し、ですか……」
オレークは王国から逃げ出してきて、本人なりに一生懸命にこの街に馴染もうと努力をしてきた。実際そのお陰で街の人が協力をしてくれて、今回命が助かったという側面もある。
離れるのは惜しい。
だが、娘を巻き込んでしまった今回のことを考えると、断る気にもならなかった。
真剣な顔をして考えている二人を見て、コリンがひょっこりと上半身をかがめて間に割って入る。
「ね、ちょっといい?」
「あ、はい、どうぞ」
「なんでしょう?」
二人からの返事を待って、コリンはオレークの正面にまわる。
「オレークさんってこの街で食べ物屋さんの評価してるじゃないですか。あれ、かなり評判がいいらしいですね」
「ええ、はい、ありがたいことに……」
「それさ、〈オランズ〉でも同じようにやってみない?」
オレークが〈アシュドゥル〉の食べ物屋を巡るようになったのは、元はといえばハルカに礼をするためである。最初の別れ際に、ハルカが励ますように『美味しい店を探しておいてください』と言ったことを忠実に実行したまでだ。
〈オランズ〉はハルカの庭であるし、そこでやっても……、という思いはある。
「実は私、前々から考えていたんだよね。それを仕事にしたら面白そうだなーって。
きっと喜ぶ人もいると思う。ほら、〈アシュドゥル〉に依頼で出かける冒険者達とかもさ、美味しい食べ物屋さんとか知ってたら楽しみが増えるだろうし。そのうち、暇なときに遠くの街にも一緒に出掛けて、私たちが仕事している間に、オレークさんは美味しい食べ物屋さんを探して回るの。本にまとめたら売れると思うんだよねー……、ハルカも欲しくない?」
「欲しいです」
これがコリンからの助け舟だとわかっていたが、ハルカは素直に首を縦に振った。
ぜひ欲しい。
いつかもっと世界が平和になって、観光事業とかが増えたら特に重宝されそうであるとも思う。
「おもしろい!!」
突然大きな声を上げたのは、いつの間にか立ち聞きしていたフォルテだった。
別に聞かれて困る話題でなかったから放置していたのだが、急に大声を出されて、モンタナは尻尾を膨らませ、ハルカは肩をびくりとさせる。
「うるせぇって」
「すみません、興奮しました。オレークさんがそんな本を出すというのならば、ぜひとも私の方で支援を……」
「フォルテさん」
「はいなんでしょう!」
コリンがフォルテの言葉を途中で遮り名前を呼ぶ。
「割り込み、ずるくないですか?」
「おっと失敬……。しかし、共同事業とした方が何かとお得かと。〈アヴァロス〉商会ならば各地に支店を持ち、現地での支援も容易く、逃げ場所も提供できます。本を出すとなればそれをお手伝いする伝手もありますよ?」
「まぁ……、どんな形にするかはオレークさん次第だけど、私が思いついたんですからねー?」
「ええ、流石はハン商会の秘蔵っ子。感服しました。ぜひ一枚かませていただきたい。移動はそちら、金はこちら、見返りは、まとめた情報を私に個人的に譲るというのはどうでしょう」
「個人的に?」
「ええ、あくまで個人的に」
「その辺りはきちんと契約をして……」
オレークを置いてけぼりに、勝手に商人っぽい会話が始まってしまった。
「コリン、オレークさん困ってるです」
「勝手に話進めんなよな」
「あ、ごめん」
モンタナとアルベルトの苦言に、はっと気が付いたコリンが戻ってきてオレークと改めて向き合う。
「とりあえず、フォルテさんのことは置いといて、どうですか? 〈オランズ〉に一緒に来て、新しいことしてみません?」
「しかし、それくらいのことは私じゃなくても誰でもできると思いますよ?」
「いえ、オレークさんの舌は確かです。それは私が保証します」
実際に案内されて美味しい料理を食べたハルカは、上手く話には入っていけなかったが、そこだけはキッチリと否定する。
オレークの調査は細かく、そして正確だった。
「そ、そうですか……」
きりっとした顔で褒められると、オレークも少しばかり面はゆい。
「少しだけ話す時間をください」
オレークはそう言って妻と相談し、それから娘であるパレットにも優しい言葉で引っ越しの話を伝え、二人に背中を押されてきりっとした顔で戻ってくる。
「ご迷惑をおかけするかもしれませんが、是非ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
ハルカはほっとした表情で頭を下げる。
これで懸念事項を一つ取り除くことができた。
ハルカには、街を出るまでにあといくつか、やらなければいけないことが残っていた。





