デビスの思惑
牢獄への待機を約束させたデビスは、元【毒剣】の冒険者たちを連れて部屋から立ち去り、ほどなくして部屋へ戻ってきた。
今度は先日連れてきたカイトという青年も伴っているところだけが違いか。
「さて、私の用事というのは先ほどの冒険者たちをどうするかの相談でした。こちらに任せるのがお嫌ならば、今からでも目をつぶりますので自由に行動してもらっても構いませんが?」
「いいんじゃね、任せて。めんどくせえし」
これ以上関わっても嫌な気分になるだけだ。
アルベルトなんかは、楽しくもないし訓練にもならないから、もううんざりといったところである。
デビスはデビスで、彼らをただで済ませる気はなさそうだと、ハルカも頷いてそれに同意する。
「とりあえずあの人たちがこっちに迷惑かけないようにだけお願いしまーす」
「やれるだけやりますよぉ」
コリンの方から釘を刺されると、デビスは軽く肩をすくめてため息を吐いた。
本来はこんな面倒ごとに対応したくないのだが、半端なことをすれば特級冒険者の宿を敵に回しかねない。そんな面倒な未来を想像すると、今ちょっとあれこれ働いたほうがまだましかと判断する。
そもそも特級冒険者というのは、圧倒的に冒険者宿に所属していないことの方が多いのだ。特級冒険者というのは基本的に個人で活動するか、何かの組織の長に収まっていたりする。
ギドは平均的な一級冒険者程度の実力はあったが、経験が足りていなかった。
自らの強さや、宿の影響力による驕りに加えて、与しやすそうな特級冒険者を見つけてしまって欲が出たのだろう。
特級冒険者を倒したり、上手く扱ったりすることにより、自分自身も特級として承認される可能性を夢見たに違いない。
そうなれば名声は高まり、今よりも大きな力を持つことができる。
その考えが若く、世間知らずだったのだ。
特級冒険者というのは、望んでなるもの、というよりも、気付いたらなっているものだ。
ギドは小賢しく、それなりに街に貢献してくれていたのが、最後にそれをすべてひっくり返すような大しくじりをしてくれたものだ。
これから〈アシュドゥル〉の街の裏側は、しばらく荒れることになるだろう。
その小さな嵐をハルカの目につかないように処理していくのは、関わってしまったデビスの仕事だった。
せめて最初から自分が地上にいれば、と思うデビスだが、今となってはもう遅い。
『ああ、やめたい』と思うデビスだったが、昔タイマンでぼっこぼこにされた糞猫の、『俺だってやってんだからさぁ!』という幻聴が頭の中にこだました。
何が俺だってやっているだ、ずっとお付きの美女が仕事をこなし、昼寝しながらいちゃいちゃしているだけの癖にと心の中で毒づく。
特級冒険者というのは、理不尽で、よくわからなくてむかつくものなのだ。
久々にその余波を受けとめることになったデビスは、首を僅かに横に傾けたまま、死んだ魚のような目をしてハルカたち一行を見つめた。
「まぁ……、何かあればできることは協力しますので、声をかけてくださいねぇ。……あと、ここの支部長を任せられるような人材を見つけたら紹介をお願いします」
「相変わらずやる気のない態度ですねぇ……」
ここに来て初めてノクトが口を開く。
どうやら顔見知りのようだが、デビスはノクトを前にしても表情を変えない。
「はい、ありませんので。いやぁ……、ハルカさんってノクトさんのお弟子さんなんでしたっけ」
「はい、そうですよ」
「……似ていないようで、どことなく似ていますね」
「そうですかぁ、それは初めて言われましたねぇ。ハルカさん、似てるそうですよ?」
「そうですか? どんな所が似ているのでしょう?」
ちょっと嬉しそうなノクトに、思い当たる節のないハルカは首をかしげる。
「やっぱり、穏やかな性格とかですかねぇ」
「似てねぇよ」
「似てないです」
アルベルトとモンタナが、ほぼ同時にノクトに突っ込みを入れる。
確かにどちらも比較的のんびりとした部分はあるが、これを似ているというのならば、ノクトとモンタナが兄弟じゃないかと言われる方がまだ納得感がある。
「いやぁ、似てると思いますけどねぇ」
デビスは思う。
なんか穏やかそうに見えて危なっかしい所がよく似ていると。
大体の特級冒険者は見るからに危なっかしいのだが、この二人は油断を誘ってきているのではないかと思うほど、普段はのっそりとしているから困る。
「特に何もなければ私は仕事に戻りますが。色々と処理しなければならないことが増えたのでねぇ。ね、カイト君」
「はい!」
デビスが背後で影が薄くなっていた青年に声をかけると、元気の良い返事が返ってくる。
「仕事手伝ってくださいね、カイト君」
「はい!」
「勝手に逃げた人、なぜか不審死することが多いので、休むときはちゃんと申告して休んでくださいね、カイト君」
「は……、え?」
「お願いしますね」
「は……、はい……」
「では皆さん、失礼します。カイト君、外まで案内して差し上げてください」
「はい……」
デビスが出て行くと、すっかり元気のなくなってしまったカイトが、どんよりとした雰囲気で、「こちらです……」と部屋の扉を押さえてくれるのだった。





