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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
14章

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折衷案

「どうするって言われてもねー?」

「障壁の中にいたら殴れねぇし」

「することないです」


 それぞれの意見を貰って、ハルカは余計にどうしたものかと困ってしまった。

 周囲には人の目もあるし、ここから中途半端なことをするわけにもいかない。


「出せよ、殺すから」


 小声での話し合いの中、レジーナだけは〈アラスネ〉で障壁の角をガシガシつついている。中にいる面々は命乞いをするものと、ハルカたちを口汚くののしるもので半々くらい。

 困ったものだと思いつつ周囲を見ると、ハルカが振り向いた先から街の人たちが逃げていく。

 危害を加える気などさらさらないのだが、どうやら怖がられているようだ。

 屋敷を潰したせいだろうかとハルカはイヤーカフを指先で触りながら考えるが、実際は、屋敷の中に子供がいることを確認した直後に圧縮して潰したのが一番よくなかった。

 望み通り怖がられているようだが、いつの間にか行き過ぎてしまって、すっかり恐怖の大王である。ちょうどいいところで調整するのは難しい。


 ぐるりと眺めていると、ふと空に妙な点が一つある。

 よく見ればそれは、寝転がったままのんびりと飛んでくるノクトであった。


「ああ、ここにいましたか。おや、派手にやりましたねぇ」


 出かける時は眠っていたのでエリたちにオレークさんたちを守ってもらうよう伝言を頼んだのだが、なぜかハルカたちを追いかけてやってきたようだ。


「宿の方をお願いしたつもりなのですが……、エリさんから何か聞きませんでしたか?」

「はい、聞きましたよぉ。でも僕がいなくても十分だと思って出てきたんですよ。サラさんとかエリさんとか、ハルカさんが随分怒っているようだったから様子を見てくれと心配していましたよ。あ、これできれば伝えないでほしいと言われてるんですけど」


 全部ばらしている。

 しかしそれがハルカには結構きいた。

 落ち着かなければと思って、あまり怒りを表に出さないように気を付けていたのだが、結局しっかりと伝わってしまっていたらしい。


「で、これなんですか。新しい記念碑ですか?」


 罵詈雑言と命乞いをまき散らす記念碑など、街にあったら即座に解体すべきだ。

 小さくて優しそうな子供のなりをして、ノクトは面白そうにいかつい冒険者たちのすし詰めを見ながらニコニコと笑っている。

 相変わらず外見と中身の合っていない獣人である。


「これ、どうしようかなと」

「あー、デビスさんに聞きましたけど、何してもいいんでしょう? なんか、足とかから潰したらいいんじゃないですか? 足くらいなら、ちゃんと潰して止血しとけば、多分しばらくは生きてますよ」

「あ、はい……」


 ノクトに聞いたのが間違いだった。

 きっとエリやサラはハルカの精神状態であったり、思い切ってやりすぎてしまわないように心配してノクトを寄こしてくれたのだろうが、逆効果だ。

 こんな顔して平気で百倍返しくらいしてきたことがあるのが、冒険者としてのノクト=メイトランドである。

 『気が優しくて魔法を教えてくれる若作りのお爺ちゃん』では断じてない。


 ノクトの言ったことが聞こえたのか、罵声が少し収まって命乞いが少しだけ増えた。自分たちの身に起こることを想像してしまったのだろう。

 ノクトがふわりと寄ってきて、ハルカの耳元に囁く。


「んー……、ハルカさんは彼らをどうするつもりですか」

「とりあえず【毒剣】を宿ごと潰します。あと二度とこちらに仕掛けてこないようにしたいですね。……どうしても無理なら、その時は仕方ありません」

「ならこんなのはどうです?」


 ノクトは捕まった冒険者たちを見てにこりと笑ってから続ける。


「もっと障壁の箱を縮めて、このまま放っておくんです。誰が来ても何をされても障壁を解かない。彼らの仲間が助けに来たら同じように捕まえます。水くらいなら魔法で与えてもいいでしょう。衆人環視の中、しゃがむこともできず、休むこともできない。完全に音を上げるまでそうしていたらきっと心も折れますよ」

「……あのええと……」


 想像するだけで恐ろしいのだが、確かにそれならば自死を選ぶことも難しい。

 監視を続けていればその気配を感じた時点で治癒魔法で治してしまえばいい。


「ここでやるのが嫌なら、街の外でやってもいいと思いますけど」


 ハルカは他に何か良い手段がないか考えてみるが、考えれば考えるほど、確かにやり方としては比較的穏便で、精神的に追い詰めるにはかなり効果があるようにも思える。


「…………そうしましょうか」


 代替案が思いつかなかったハルカは、随分と長く迷ってからノクトの提案を受け入れる。

 そして、仲間たちにもそれを共有した。


「うわー」

「爺、おまえさぁ……」

「殺す方が優しいです」

「めんどくせぇ」

「全部の条件を満たした良い案だと思うんですけどねぇ」


 三人がドン引きし、一人はいつも通りの反応をした。


「やめたほうがいいでしょうか?」

「いや、まぁ、いいと思うよ……」

「ま、俺もいいけどな」

「……そですね」


 そんなに気は進まないが意見は一致。


「レジーナはどうですか?」


 返事がないので尋ねてみると、レジーナは本当につまらなさそうにプイッとそっぽを向いた。


「つまんねぇ。好きにしろ」


 暴れられないのが気にくわないようだが、反対するつもりもないようだった。

 長い間一人で冒険者をして、人から舐められないよう生きてきたレジーナをしても、この方法は効果的なものに思えたようである。


 やることは決まった。

 ハルカは冒険者たちの入った障壁を空へ浮かせ、自身たちが乗る障壁も準備する。

 そうして振り返り、ざわつく近所の人々に頭を下げて言った。


「夜分にお騒がせしました」


 めちゃくちゃなことをしておきながら、妙に礼儀正しく夜空へと去っていったハルカの姿は、街の人たちにとってことさら不気味に見えた。

 【毒剣】は最近では決して評判の良い宿ではなかったが、街に昔から根付いていた名門の宿だ。


 ある街の人が囁く。

 あれが、オレークがいい人だとうわさをしていた【竜の庭】のハルカ=ヤマギシだと。

 聞いていた話よりも随分と乱暴で、やっぱり理解できない頭のおかしなやつだったと。


 その噂は街の外へ向かっているハルカたちの耳には届かなかったが、翌日以降、着実に〈アシュドゥル〉の街へと浸透していくのであった。

Renta!のマンガ大賞、中間発表5位以内に入れていませんでした。

ぐぬぅ、女性向けジャンルが軒並み上の方に……、つ、強い!

9/30まで投票を受け付けていますので、異世界部門漫画版『私の心はおじさんである』どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
やっぱり、この街は歪なんだよな・・・
冒険者なんだから、当然の報復であり、それ以外は普通にいい人なのにねえ… 噂って悪い方だけ広まるものねえ…悲しいねえw
オレークはハルカがいい人だって分かって欲しくて周りにそう言ってたんだろうけど、それが広まりすぎると舐めてかかってくる奴が出てくるんだよな 冒険家としてはそれが命取りになることもある訳で、ここでカウンタ…
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