オレークの受難
「あーあーあーあー、ひっでぇ……、なんでこんなことするんだよ……」
ヨンが中へ入り、あちこちに人が倒れているのを確認して力なく嘆く。
とても今日ゆっくり休めるような状態ではない。
よく見れば矢が刺さった死体も一つ転がっている。
倒れて酷いことになっている人たちはどうでもいいようである。
「ハルカ、こいつら押し込めておく檻作って、檻」
「あ、はい」
障壁で小部屋を作成すると、コリンがぽいぽいと倒れている男たちを投げ込んでいく。その中にはいくつか死体も混じっているようだが、コリンたちはまるで気にした様子もなかった。
仲間たち全員で手分けすると、その作業はすぐに終わる。
それで一体何があったのかと声をかけようとしたところで、小屋の端からそろりとサラたちが現れて、ハルカの姿を見てほっとした顔をした。
「終わりましたか……?」
「ええ、終わりよ。まったくこいつら!」
「なんだか、みんなそろってますね」
ハルカが首を傾げた時だった。
サラたちの後方から一人の男性と小さな女の子が現れる。
「ご迷惑をおかけしてすみません、本当に……」
「オレークさん……!? その顔は……」
現れたのは足を引きずり、全身に酷い怪我を負ったオレークだった。
オレークは昔助けられたことを恩義に感じ、ハルカのためにアシュドゥル中の美味しいものを探して歩く律義な男だ。
連れているのは娘なのだろう。オレークのことを心配して、今にも泣きだしそうな顔をしている。
「すみません、皆さんのお手を煩わせてしまって……」
「いったい何があったんですか……!」
ハルカがオレークに手をかざして全身の怪我を治していくと、エリが腰に手を当ててじろりと障壁の檻の中にいる者たちを睨みつける。
「謝る必要なんてないわよ。こいつらが悪いんだから」
「そーそー、ほんと、どうしてやろうかなー」
コリンが同意すると、サラまでもが難しい顔をして頷く。
よっぽどのことがあったのだろうと、ハルカがオレークの方を見る。
「実は……」
そう言って始まった話は、確かに女性陣が怒る気持ちもよくわかる内容であった。
☆
今朝オレークは、どうやらハルカがこの街にやって来たらしいぞと噂を耳にした。
ならば、新たに見つけたうまい飯屋をハルカに知らせるのが自分の使命だと思っているオレークは、妻に伝えて慌てて出かける準備をする。
ついでに娘であるパレットも連れていってと妻に言われて、親子でのお出かけとなった。
オレークの美味しい食べ物の情報は〈アシュドゥル〉の冒険者たちの中では有名で、ギルドに常駐するような冒険者はおおむね好意的である。
本来は子供など連れていかぬ方がいいのだが、オレークには大丈夫だろうという油断があった。
とりあえずギルドに顔を出して、ハルカがどうしているか情報を集めると、どうやら遺跡に向かったらしいという確かな情報を掴む。
追いかけてどうなるでもなし、今日のところは引き上げることにした。
ではハルカに会う前に、もう一度各店の情報を確認しておこうと、街の中をうろつく二人。天気も良く、たまにちょろっと美味しいものを買ってもらえるからと、娘のパレットもご機嫌だ。
こだわっている店というのは路地裏の先にあったりすることも多い。
まだ開店前の店の場所を確認して、オレークが次の目的地へ向かおうとしたその時である。
細い一本道の前後を屈強な男たちに塞がれた。
多勢に無勢、抵抗もむなしく、丁重に痛めつけられて攫われることとなった。
幸いだったのは、最低限子供に手を出さない程度の良識はあったことだろう。
叩き起こされて気が付いた場所は、昼間だというのに真っ暗な倉庫のような場所。
周囲には先ほどの男たちと、縛られ、猿ぐつわまでかまされた娘。
「何が目的だ……!」
怒りをこらえながら問いかければ、その中の一人が無言でオレークを殴りつける。
「お前、【竜の庭】と親しいらしいな」
即座にハルカ関連のことだと察したオレークはだんまり。
それぞれの人の情報などを聞かれても、知らないの一点張りで殴られ続けた。
実際詳しいことなど知らないし、答えようもなかったのだが、もし知っていたとしても答えるつもりはない。
隣で娘は酷く泣いていたが、だからと言って何かを答える理由にはならなかった。
このままでは殺されるのではないか。娘はどうなるのか。
そんな考えだけが頭を巡るが、殴られ続けて徐々に思考も鈍っていく。
どれだけ長い間そうしていたのか。
壁の隙間から僅かに差し込んでいた夕暮れの茜色の光もいつの間にか見えなくなり、本格的な暗闇に、カンテラが一つぼんやりと光を放つばかりだ。
「娘は……、娘だけは……」
息も絶え絶えでそれだけを繰り返していると、相手の男は腹立たしげにため息を吐いて、オレークの腹を蹴飛ばした。
「こいつは人質にする。お前は……もう死んでもいいか。何も喋らねぇなら生きてても死んでても同じだろ。おい、顔だけわかりゃいい。適当に殺せ」
「ちょっと誰かいるー? おーい」
そこへ響いたのは呑気な女性の声だった。
背中に弓矢、髪はお団子にしてひょっこりと入り口から倉庫の中を覗き込んでいる。
中にいる男たちは黙りこみ、リーダー格の者が静かに他の男にこっそりと入り口の方へまわるように指示を出す。
そろり、と慎重に中へ足を踏み入れた少女の正体はコリン。
「逃げてください!」
顔と口内を酷く傷つけられたオレークが、聞き覚えのある声に、不明瞭ながらも力を振り絞ってコリンに対して警告を発した。
「死ね!」
それに怒った指示役が武器を振りあげ、そのままどさりと倒れる。
すでにコリンの矢は放たれた後だったのだ。
直後、他の者がオレークの娘、パレットにナイフを突きつけ叫ぶ。
「動いたら殺す! 武器を捨てろ!!」
「……その子傷付けたら、あんたら全員も殺すけど」
「いいから武器を捨てろぉ!」
「捨ててもいいけど、手を出さない。約束できる?」
「捨てろったら捨てろ! 今すぐ殺すぞ!!」
冷静に放たれたコリンの言葉は街のチンピラの脅しではない。
真横に転がる指示役の死体がそれを証明している。
脅している男の声はますます大きくなった。こちらも死にたくないので必死だ。
「はぁ、仕方ないなぁ」
コリンが弓をポイっと捨てた瞬間、両脇から男たちが襲い掛かりコリンを拘束する。
「女の子一人に二人がかりで恥ずかしくないの?」
「黙れ!」
コリンの冷ややかな視線も恐ろしいのか、パレットにナイフを突きつけている男は声を裏返らせて叫ぶのであった。





