遺跡と血の臭い
ハルカが天井を見上げてぽかんと口を開けていると、モンタナがスンと鼻を動かして言った。
「血の臭い、するです」
「俺たちのじゃなくて?」
「そこまで古くないです」
ヨンの言葉を否定したモンタナだったが、言い方としてはそこまで新しくもないような雰囲気がある。ここへ入り込んだという冒険者が負傷したのだろう。
デビスは冒険者を『入れた』とは言ったが、それが『帰ってきた』とは言っていない。そもそも、帰ってきているのであれば、この場所がもっと公のものになっていてもおかしくないはずだ。
先ほどの冒険者たちがヨンの後をつけてくるようなこともなかっただろう。
感情を排除して考えるのであれば、遺跡内部で死んでいる可能性が高い。
ハルカは感動の気持ちに一時蓋をして、探索の方に集中することにした。
遺跡内部には、ジーグムンドたちがまだ調べていない場所もある。
先にアンデッドの討伐を優先するか、はたまたまだ調べていない場所へ行くのか、まずは意見のすり合わせだ。
「敵がいるなら先に倒した方がよくねぇ?」
「できればここまで引き寄せてから戦ってほしい、です。アンデッドが守ってるあたりって資料がいっぱいありそうだからあまり荒らしたくない、です」
やや気の弱そうな眼鏡をかけた女性がおずおずと意見を述べる。
見た目に反してアルベルトに堂々と言ってのけるのだから、相当に重要な主張なのだろう。
「わかった、おびき寄せんだな」
「挟み撃ちにならないように、横道から調べたほうがいいかもです」
「それもありだな。途中で負傷している冒険者を拾うこともできるかもしれない」
「いや、怪我してるってことはアンデッドと戦闘したってことだろ? まっすぐこの前行った所に向かう方が良くないか?」
モンタナの意見にジーグムンドが同意すると、今度はヨンが意見を述べる。
「……モンタナの鼻を頼りに血の臭いがする場所へ向かって、その人たちが元気ならば情報収集するというのはどうでしょう?」
「それもありだな」
「……遺跡冒険者ならまだしも、地上の冒険者だとそこでめんどくさいことになるかもしれないからなぁ」
ジーグムンドは同意するが、ヨンは気が進まないようだ。
しかしハルカとしては、けが人がいるのならば一度そちらの様子を見ておきたい。
相手がどんな性質の者かもわからないし、怪我をして本当に困っているだけの善人である可能性もある。
「その時は私が責任をもって相手方が邪魔をしてこないようにします」
「殺すってこと?」
「あ、いえ、殺しませんけど探索が終わるまで閉じ込めておきます」
「ならいっか」
ハルカの説明に納得したようなヨンだったが、ハルカの方はしばし考えてから首をかしげる。もしかして自分はさらっと人を殺すタイプの冒険者に見られているのではないかと、疑問に思ってのことだった。
今一つ納得できないままのハルカであったが、意見は通った。
モンタナの鼻を頼りに先頭を歩いてもらって道を進んでいくと、途中で横道にそれて、ジーグムンドたちもまだ行ったことのない領域を進むことになった。
小さな部屋をいくつか通過したところで、モンタナがぴたりと足を止めて耳をピッと動かす。
「……なにか、歩いてくるです。血の臭いが、近づいてきてるです」
「歩ける程度の怪我、ってことでしょうか?」
「わからないですけど……、乾いた血の臭いです」
じっとその場で待機をしていると、ふらりと四つの影が通路の奥から現れる。
暗い通路の奥にいる間は分からなかったが、近づいてきて分かったことがある。
それらの目には生気がなく、怪我も胸を刺されていたり首が半ばまで切り裂かれていたりと、無事に活動できるような状態ではなかった。
アンデッドだ。
「なんか久々に見たな」
真っ先に走り出したのはアルベルトだった。
モンタナは臭いの強いアンデッドが苦手なので、適材適所である。
アルベルトが大剣を構え、アンデッドたちの頭部めがけて横に一閃。
アンデッドたちもそれぞれ手に持った武器で迎撃しようとするが、力及ばず、たったの一撃でアンデッドたちは物言わぬ遺体に戻る。
ハルカたちほどアンデッド討伐をした者はこの世界にいないだろう。
アンデッドの頭部破壊にはすっかり慣れたものである。
「こいつら知り合い?」
「いや、お前が頭ぶった切っちゃったからわからないって。でも……、タグだけ回収してやるか」
ヨンはしばらく待ってアンデッドたちがもう動かないことを確認してから、遺体を漁って冒険者の印であるタグを回収していく。
「……これでよし。さ、次行くか」
よく遺跡を巡るヨンたちもまた、アンデッドの対応には慣れている。
少し前まで人であったことを思えば、心境は複雑なのか、憐れむような目を向けている者もいたが、足を止めて嘆く者はいない。
またモンタナを先頭に遺跡を進みながら、ハルカはそのすぐ後ろでぽつりと尋ねる。
「すぐにアンデッドに変わるということは、この辺り、魔素が濃いですか?」
「そですね。……ちょっと特殊な感じがするです」
「魔素が濃いってなんだ?」
にゅっと興味津々で割り込んできたのはヨンだ。
遺跡関係の話には耳聡い。
「ええと、魔素が濃い場所だとアンデッドになりやすい、って聞いたことありますか?」
「へぇ、そうなのか。地上より遺跡の方がアンデッドが多いって印象はあるけどな」
「そうなんですね。……ああ、もしかするとそれも、魔素が濃い場所、という条件を満たしているからかもしれません。ほら、魔素って消費されないと増えるじゃないですか。地上では魔物とか人とか魔素を消費しますが、生きている者があまり入ってこない地下には魔素を消費するものがいませんから」
「あ、なるほど。へぇ、詳しいのな」
「全部聞いた話ですけどね」
「誰から?」
「それは……、まぁ、色々と」
「色々って?」
「色々です。何か本で読んだのかもしれません」
「ふーん、俺も話聞きたかったのに」
色々は色々である。
ちょっと気軽に会わせるにはまずい種族も含まれていそうなので、思い出しながら適当に誤魔化しておくハルカであった。
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