デビス
外のことを二人に任せ、足早に遺跡の入り口付近まで戻ると、そこには一人の男が立っていた。
暗がりで明かりに照らされているからか、余計に目の下のクマが目立ったその男は、灰色の髪の毛を油で後ろにべったりと撫でつけているようだった。ところどころぴょんと立っていたり、たらりと前に垂れてきている辺り、身だしなみに対するやる気のなさが見られる。
「あれ、君たち怪我治ったの?」
「デビス支部長……は、ここで何してるんですか?」
ヨンが嫌そうな顔をして丁寧語になる。
流石に街の冒険者ギルドトップにはでかい口を叩けないらしい。
「何って……、なんか危ないのが出てくるかもしれないって、ジーグムンド君が言うから、私が直々に見ておいてあげたんじゃないか。他の冒険者が何人か入っていったけど帰ってきてないし、危ないっていうのは本当みたいだねぇ」
「いれたのか!?」
ヨンが叫ぶと、デビスはじとりとそちらを見て目を細める。
「いれた、んですか?」
声がしぼんで丁寧になったところでデビスはまた口を開く。
「入れたよ。目印になっているとはいえ、ここまでたどり着いたんだ」
「危ないと伝えたのに止めてくれなかったのか」
「一応止めたよ、『ここから先は危ないよ』ってねぇ。しかし強制はしない」
デビスの言うことはもっともであるが、同時にギルド支部長としては淡白であった。
支部長にもいろんなタイプがいるものである。
「特級冒険者のハルカさんもいるようだし、これで見張りはいらないかな。たまに外へ出ていたけど、そろそろ太陽の光を浴びたいねぇ。ギルドを回すのも、ちょっと前に雇った新人君に任せっきりだし……」
「新人、ですか?」
「うん、新人。今まで雇った人はすぐに遺跡の資料とか大事な情報持ち逃げしてたんだけど、今回の子はやたら臆病でそういうことしない感じだから多分大丈夫。安心だよ」
デビスの二つ名は【偶然の勝利】。
本人の言っている通り、人を見る目はおそらく本当にない。
そんな臆病で新人の代理が、この面倒くさそうなギルドを十全に回せるわけがないのだ。
「でもひと月は流石にかわいそうだからなぁ、そろそろ戻りたいよ。ハルカさん、ここから先任せてもいい?」
「……任せていいのですぐに帰ってあげてください。その方があまりにかわいそうです」
ハルカは会社勤めしていた時のことを思い出して感情を込めてお願いをする。
新人がつぶれる典型的なパターンだ。
「そう? 助かるよ。じゃ、あとよろしくね」
「助かるなぁ」と呟きながら、デビスはぺたりぺたりとやる気がなさそうに遺跡の中を歩き去っていく。相変わらず何かを計算して話しているのか、何も考えていないのか、つかみどころのない奇妙で不気味な男だった。
「……俺、支部長苦手なんだよ」
「関わるのはやめといたほうがいいよ、うん。僕の知り合い、支部長に文句を言った翌日から熱出して死にかけたことあるし」
ヨンがぽつりとつぶやくと、クエンティンが大きく頷いて同意する。
街の冒険者からもそんな評価を受けているデビスは、ある種この街のストッパーなのかもしれない。
「あの人がここにいたから、ギドが好き勝手していたのか」
「ああ、なるほど……」
ジーグムンドの納得にアルベルトも同意する。
なるほど、ずるがしこい男である。
「ま、とにかく行こうぜ。とりあえず出てくるアンデッドどもを倒せば、あとは調査だけなんだろ?」
「おそらくな」
「人が向かって帰ってきていないらしいですから、そちらも気にしておきましょう。どこかで助けを求めているかもしれません」
「いやぁ、もう死んでるだろ」
ヨンがぼそりと冷酷な発言をしてから先行していく。
むしろ、その死体までアンデッドになっているかもしれないことを警戒するべきだろう。
一本道をしばらく進むと、突然通路の一部の床石がはがされているのが目に入る。
はがした先には穴が開いており、下へ降りられるように縄梯子が垂らされていた。
ハルカが先に光球を先行させて、下にアンデッドがいないことを確認し、小回りの利くモンタナが先に降りていく。モンタナならば、魔素を燃料として動いているアンデッドを見逃すことはない。
続いて案内人としてヨンが下りて、といった具合に全員が下へ降りると、そこからまた人がすれ違えるギリギリくらいの細い通路がまっすぐに延びていた。
石造りの遺跡は圧迫感があり、ジーグムンドなどは頭が天井を擦るすれすれだ。
「アンデッドは通路を抜けた先まで追いかけてきた。おそらく、ここはまだ安全だ」
「わかりました。念のため不意打ちに備えます」
ハルカは障壁を前に貼って、歩みに合わせて前へ押し出すようにして進んでいく。
その先に光球を飛ばしているが、遺跡の長い通路の先は、まるで光を飲み込んでいるかのように真っ暗闇だ。
光球が明るいからこそ覚える、不気味な錯覚であった。
やがて階段をしばらく下ることになり、長い通路がようやく終わりを告げる。
そこに広がっていたのは、遺跡に強い思い入れのないハルカでも、思わず心を動かされるような圧巻の光景であった。





