ヨンは色んな地域を調べたい
「ほら、取り急ぎいくら必要か言ってください!」
「い、いや、取り急ぎはいらない」
圧の強さに動揺したのか、ヨンは表情をひきつらせながら答える。
「いらない!? どうして!」
「いや、だって、必要な物今買ってきたし……」
「では道具を一新しましょう! 拠点はどうされていますか、仕事をしやすいように屋敷などは? 〈ヴィスタ〉から学者を招聘するというのはどうでしょうか!?」
「いい、いいからちょっと離れろって、近い」
ジーグムンドの後ろに隠れているのにずんずんと距離を詰めてくるフォルテに、完全に押し負けたヨンは、腕を伸ばしてその頬を押して離そうとする。しかしそんなことでフォルテは引き下がらなかった。
「どうですか、他の方々は! 必要な物があればこのアヴァロス商会のフォルテにいつでもどうぞ!」
「そうか、助かる」
「おい、ジーグ、もう行くぞ!」
「む、まぁ、そうだな。出発するか。では失礼する」
逃げるようにして出て行ったヨンに続いて、ジーグムンドもフォルテに挨拶をして宿から出て行く。
「ハルカさん、紹介ありがとうございます」
「いえ……、あの、ちゃんと話し合って色々決めてくださいね」
「もちろんです!」
「では私たちも……」
「あっ!」
いきなり背中に大きな声が飛んできて思わずシャンと背筋を伸ばすハルカ。
「はい、なんでしょう……?」
「帰ってきたら遺跡の話を聞かせてください! 他言はしませんし謝礼もいたしますので!」
「それは、はい、ジーグムンドさんたちと相談しますね」
「よろしくお願いします!」
「うるせぇって」
最後にアルベルトが一つ文句を言って外へ出ると、ヨンが中の様子をこっそりと窺っているのが見えた。よほどフォルテに妙な印象を持ったらしい。
「なんだあいつ気持ち悪い」
「金を払ってくれると言っていたぞ。お前の希望通りだろうが」
「いや、怪しいだろ! アヴァロス商会っていっちばんでかい金貸しだぞ。金貸しなんかに支援されたらいつ返せって言われるか分かんねぇだろ! お前な、借金の質に北国で重労働でもさせられてみろ。俺は二週間くらいで死ぬ自信があるぞ!」
「そうか、そうだな」
ジーグムンドは適当に相槌を打って歩き出す。
ヨンはしばらくの間「ちゃんと聞け」と騒いでいたが、他の仲間たちに「ちゃんと話して契約すればよくない?」と言われて、あっさり納得して静かになった。
その雰囲気がどこかで見たことのあるようなもので、ハルカは記憶を手繰っていくうちに、【ロギュルカニス】の小人族、ナッシュであると思い至った。彼もまた、仲が良くなってからはよくしゃべり、後輩のヒューダイにあれこれ文句を言っていた。
なんにせよ、相性の悪い者は相性が悪そうだが、姿かたちが子供のように見えるおかげか、周りの者は結構寛容である。少なくともジーグムンドの仲間たちは、騒ぐヨンを見ても、いつものこととまるで気にしている様子はなかった。
街を出て遺跡の入り口に向かう途中で、静かになっていたと思っていたヨンが不意にハルカの近くまでやってきて話しかける。
「そういやさ、あんたら【竜の庭】の拠点って〈忘れ人の墓場〉にあるんだったよな? これ終わったらちょっと穴掘りに行っていいか?」
「いや、穴を掘られるのはちょっと」
「いやいや、なんもなかったらちゃんと埋めるって」
「何かあったらどうなりますか?」
「そりゃあ調べて保存する」
つまりちゃんとした遺構が見つかってしまえば、見つかっただけ穴だらけにされるということだ。ナギが歩いたら崩れそうである。
「そう言われても拠点ですし……。穴だらけにされて地面が崩れるのもちょっと困ります。ほら、前にナギを見たことがあるでしょう?」
「あー、あのでっかい竜」
「あの子とか他の中型飛竜がうろうろしているので、むやみに地面を掘ると崩れてしまいますよ?」
「あ、そうか、なるほどな……。うーん……、ちょっとそれは考え物だな。わかった、じゃあさ、〈混沌領〉とかって行ったことあるか? 森と山越えればすぐだと思うんだけど」
〈混沌領〉の話をされると、答えづらいことが山ほどある。
「……なぜです?」
「なぜって、あっちの方って昔結構文明が栄えてたっぽいんだよな。土地が豊かで周りが海で囲まれてるんだろ? 今は破壊者がたくさん住んでるって話だけど、神人時代には、街が結構あったらしいんだよな」
言われてみれば遺跡らしいものはたくさんあるし、いつか専門家を連れて調べてみたい気持ちはあった。もしヨンたちが破壊者に対して抵抗がないのであれば、彼らを仲間に引き入れることはそう悪いことではない。
とはいえ失敗は許されないので、簡単には状況を語るわけにはいかないのだけれど。
「アンデッドを討伐して以来、神殿騎士の方々が、破壊者の襲来を警戒しています。決して安全とは言えませんよ」
「あー、そうなのか。いやでもなぁ、でも南方に行くよりは近いしなぁ。この街は競争相手が多いし、そろそろ別の地域も調べてみたいんだよなぁ」
「そんな話は今回の探索が終わった後でもよくない?」
「……ま、そりゃそっか」
状況を察したコリンが助け舟を出してくれたことで、ヨンはあっさりと納得して引き下がる。
まずは目の前に遺跡があるのだ。
しかも一度探索に失敗した場所に、チームを強化してのリベンジに来たのだから気合いが入るに決まっている。
しばらく歩いて遺跡の入り口にたどり着くと、そこにはたくさんの冒険者が集まっていた。
「ああ、くそう! ジーグが報告なんてするから!」
「仕方がないだろうが」
「そうだけどさ、そうだけどさ!」
ヨンはやるせない怒りを発散するために、すぐ隣にいたジーグの腕をばんばんと叩くが、ジーグはまるで痛痒も感じていないらしく平然としているのだった。





