遺物時代
「遺跡の中ってのは基本的に人が入り込まない。未探索の遺跡は、暗闇で暮らす生き物の住みかだ。奴らの多くは魔物化しているし、俺たちとは違って暗闇と狭い場所で戦うことに慣れてやがる。外で現れりゃそんなに強い敵じゃなくたって、俺らを殺すすべは持ってるってことだ。だから素人が入ると危ないし、俺たちみたいな専門家が必要ってこと」
「狭いって言ってもジーグムンドが戦えるんだろ?」
ジーグムンドは特に大柄で相当に筋肉質だ。
そのうえ得物が巨大な鎚であるから、それが戦えるのならば……、という、アルベルトの素朴な疑問だ。
「ジーグが本気で戦わなきゃいけないような相手が出た時は、まず広い空間まで退避する。そこまでじゃない相手は俺たちが始末する感じだな」
「はー、なるほどな」
戦いの部分だけは一応しっかり聞いているアルベルトが頷いて、また黙り込む。
分からないし理解する気もないが、代わりに必要なこと以外では黙っているので話はスムーズだ。
「つまるところ、大剣使いとかそこの金棒持ったやつとかは戦い方に気をつけろってこと。単純に貴重な遺跡を傷付けるなって意味もあるけど、場所に因っちゃもろくなってるから、下手に天井つついたりしたら地面に埋まったりするからな。振動はできるだけ避ける、埃を立てるような戦い方はしない」
アルベルトはちょっと面倒くさそうに表情をゆがめたが、逆らうつもりはないようだ。遺跡に潜ろうというのだから、一応専門家に敬意を払うつもりはあるのだろう。
「で、俺たちが戦った相手だな。遺跡ってのは意外と死体も安置されてたりするんだな。骨だけになったアンデッドとか、通常の攻撃が効かないゴーストとかもいる。……お前ら纏い使えるよな?」
纏いというのは、武器に魔素を纏わせて保護する技術だ。
場所によっては魔法剣とも言われる技術だが、それと同時に、実体のないアンデッドを切り捨てることができる。
武器で斬る、というより、魔素で斬るような形なのだろう。
これがうまく使えなければ、ゴーストと戦うことは難しい。
「大丈夫です」
モンタナは纏いが得意だ。
魔素を延長することで、不可視の剣を伸ばして不意打ちをすることもできる。
魔素を見ることができるモンタナの、隠し技の一つであった。
「俺たち遺跡を探索する冒険者が、身体強化より纏いの方を重視するのはこんな理由だ。それはともかく、俺たちが撤退した場所の敵の話もしておくか」
いよいよ本題となって、アルベルトもレジーナも、ようやく興味を持ってヨンの話に耳を傾けた。遺跡馬鹿のヨンはそれが気にくわないようで口を尖らせ、不満そうな表情を隠さずに話を続ける。
「入り込んだ遺跡の中をしばらく調べてみたんだよ。広い空間に出てさ、こりゃあスゲーやって喜んでたんだよ。そしたらそこの扉が次々開いて、干からびたアンデッドが出てきたんだよな。最初はそれも大事な資料だと思って観察しようとしたんだよ。したらさ、一斉に攻撃してくんの。しかもそれが鋭いのなんのって……」
身振り手振りを交えて語るヨンの言葉を遮るように、ジーグムンドは深いため息をついた。
「俺は危ないから撤退しようといったのに、お前らが喜んで寄ってったんだろうが」
「いやだって! あんなに強いアンデッド見たことなかったんだから仕方ないだろ!」
「たたずまいで分かる」
「そんなものより俺たちはあいつらの服装とか武器が気になったんだよ」
「先に命の心配をしろ。ハルカがこなかったら誰か死んでいたかもしれないぞ」
「それは……! ……そうなんだけどさ。悪かった、今回は俺たちが悪かったよ。もうちょっと気を付けるようにする」
俯いて反省の姿勢を見せたヨンに対して、ジーグムンドは腕を組んだまま答える。
「そんな言葉はもう何度も聞いた。信じるものか。今後は危なそうであれば、無理やりにでも道を塞いで、早めに撤退させることにすると決めた」
「い、いや、そんなことをしてたら調査に遅れが……」
「遺跡は逃げんがお前らの命は一つだけだ」
ジーグムンドが頑として譲らずに言うと、ヨンは口に出して「ぐぬぬぬぬぬ」と言ってから、テーブルを叩いてころりと話題を戻した。
「とにかく、アンデッドって結構生前の腕前が反映されるだろ? 多分あいつら皆元から強かったんだろうな。ジーグだけならともかく、俺たち足手まといがいちゃあ相手をできそうになかった。それぞれを庇いながら撤退したってわけだ。ジーグの怪我の多くは、俺たちを庇ったせいでついた傷だから、実際にどれだけ強いのかはわからない、ってとこだな。あ、さっき遺物時代かその前の遺跡、って言ったけどな、多分だけど遺物時代の遺跡だ。なにせあいつらの防具と武器、ほとんど全部遺物っぽかったからな。相手にあたるまで飛び続けるブーメランみたいな武器とか、ほんとにもう……、近くでじっくり見てみたいよな!」
多分この小人、今回の件でまるでこりていない。
注意されたばかりでその発言には、ジーグムンドもあきれ顔だ。
それでも、注意しないよりはましだからしているのだろうけれど。
「実際、ジーグムンドさんは戦えそうな相手でしたか?」
「武器防具に妙な効果があるかもしれないから何とも言えん。だが、まぁ、やってやれないことはないと考えている。お前ら、昔より随分と強くなってるだろう? 一緒に行ってくれるというのならば、先に進めると思うのだがな」
「なるほど……。という話ですが、どうですか?」
「行く」
すぐに返事をしたのはアルベルトとレジーナ。
そうなれば他の三人は特別な理由がない限りは反対しない。
もともと遺跡について気になってやってきた依頼でもあるのだ。
折角の機会を逃す手はなかった。
「それじゃあ、準備したら一緒に行きましょうか」
「そうこなくっちゃあ!」
ヨンは指を鳴らし、勢い良く立ち上がって喜ぶのであった。





