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悪役令嬢は凄腕スナイパー  作者: 島 一守
学校医の裏の顔
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05 保健室の密会



「では、失礼しま……」


「待ちなよセイラ君。せっかくだ、お茶でも飲んで行きなさい」


「えっ……」


「最近どうしているか、話を聞きたいとも思っていたんだ」



 カーテンで仕切られた先、音楽室の様相を呈している部屋からは、フリードとセイラの会話が聞こえてきた。

私は保健室の天井の模様で迷路遊びをするのを中断し、二人の話に聞き入る。

多分彼がわざわざ私をここに連れてきた理由が、そこにあるはずだもの。


 そっと立ち上がり、カーテンの隙間から二人の様子を覗いてみる。

テーブルを挟んで向かい合わせの椅子に座る、桃色の髪の生徒。それに対するは、白衣姿の銀髪の学校医。

一見すれば、何かを相談しに来た女生徒と、その相談の聞き役に徹している学校医にしか見えない。

だがその裏では、腹の探り合いが始まろうとしているのだ。


 学校医フリードは立ち上がり、お茶の準備を始めた。

楽器が並び、音楽室の様相となった部屋ではあるが、その中には保健室の面影もある。いえ、それ以上の機材もまた、並べられているのだ。


 教員ではなく、医者として資格を持ちこの保健室で勤務しているフリードには、薬の処方も許可されている。

そのため、薬草の瓶やアルコールランプ、ビーカーなど……。見方によれば元々、この保健室は理科室のようでもあった。


 薬草の瓶の棚から一つ取り出し、ビーカーに中身をふた匙ほど入れれば、アルコールランプで沸騰させたお湯を注いだ。

見るからに理科の実験か、もしくは調薬のようにしか見えない。けれどそのビーカーの中身は、いつもお茶の時間に見ている、赤い液体へと変わっていった。

そんな様子を覗いていると、耳元にふっと声がかかる。



「おいおい……。紅茶を入れるにしても、もうちょっと見た目どうにかしろよな……」


「出たわね、ヴァイス」


「あんまりな言いようだな。お前さんのためにイイモン持ってきたってのによ」



 そう言ってヴァイスは、透明な瓶に入った水を差しだしてきた。

それはしっかりと栓がされていて、未開封を示す印も付いている。確実にどこかで買ってきたものだと分かる代物だ。

けれど少なくとも、ビーカーに入った紅茶よりは、飲みたいと思わせるものだった。



「なにかしら?」


「おまえさんが倒れたトコ見てたからよ、熱中症の時に飲ませる用の水が売ってたなって思い出して、ちょいと街まで買いに行ってきたのさ。

 ま、今の様子見るに、いらなかったかもしれねえがな」


「あら、ありがとう。あなたにしては気が利くじゃない」


「余計なこと言わなけりゃ、かわいいもんなのにな」


「あなたのことだから、高いんでしょう?」


「余計なひとことを追加してんじゃねえよ。ま、せっかく買ってきたんだ、飲んどきな」


「そうね。それじゃ、お言葉に甘えて……」



 一口飲めば、レモンの香りが鼻を抜ける、優しい甘さの水だった。たしかにこれは、今日のように暑い日にはありがたい一本ね。

それにしても、こんな水をわざわざ買いに行くあたり、ヴァイスも心配してくれてたのね。



「おいしかったわ、ありがとう」


「そりゃどうも」


「それで、見返りはいくらほどお望みかしら?」


「そんなんじゃねえよ。それに、アレに出くわせただけで十分だしな」


「アレ?」


「あの二人だ」



 指さす先には、カーテンの隙間越しに見える二人だった。

まったく、人様のあれこれを覗くなんて、情報屋はいつだって抜け目ないわね。

しかしその先の光景は、情報屋でなくても噂好きの人なら見逃せないものだったわ。

なぜなら、フリードの様子は私と違って、妙に優しい眼差しだったんだもの。



「お待ちどうさま」



 かちゃりとテーブルに置かれたのは、先ほどのビーカー抽出の紅茶だ。

けれどそれは、どこから出してきたのか、王族御用達のティーカップに入れられていた。

元がどういった方法で淹れられていたとしても、こうして最終的な器が上品であれば、いいものに見えてしまうものだ。



「ありがとうございます……」


「ふふっ、王族に紅茶を入れさせる平民なんて、君が初めてではないかね」


「すっ、スミマセン……」


「なんてね、冗談さ。ちょっと困らせてみたくなってね」


「…………」


「私は昔から、お茶を淹れたりするのが好きなのさ。

 というのも、弟たちのために淹れてあげたくてね。使用人に教えてもらったってわけさ」



 使用人たちがビーカーでお茶を淹れるわけがないでしょうが! と言ってやりたいけれど、ここはぐっと我慢。

彼のことだ、嘘半分本当半分。その程度に聞き流しましょう。



「さすが重度のブラコン。弟のためなら使用人ごっこすらするのかよ」


「それだけじゃないわよ。お菓子作りも、洗濯掃除も……。彼は使用人として働けるレベルよ」


「おいおい、んなもん王位継承権第二位がすることじゃないぜ?」


「ただし、弟のためならという前置きが付くわ」


「もはや病的だな……」


「病的なのよ」



 のぞき込む私たちのため息が、不意に重なる瞬間だった。

それにしても、そんなフリードが、なぜ彼にもこんなに親切にするのかしら?

やはりこれは、ゲームの主人公という要素によるものなのかしらね。

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