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悪役令嬢は凄腕スナイパー  作者: 島 一守
学校医と情報屋
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06専属メイドは先を読む

 ヴァイスとフリードの密会、その夜から数日後エリヌスの専属メイドであるエイダが戻ってきた。

情報屋ヴァイスは、朝からいつものようにその二人に冷やかしの言葉を投げかけ、それからはいつも通りの一日を過ごすはずだった。

つまりそれは、自身の存在感のなさをいかんなく発揮し、授業をサボって情報収集に明け暮れるというものだ。

そして午前の授業が終わったころ、ヴァイスは情報屋業にひと段落をつけ、学園の自身の属するクラスへと戻ってきた。


 昼休みの賑わいの中、教室には机を合わせ、持参した弁当を食べる平民出身の特待生が数グループ居る。しかしその者たちも、一応形式上は貴族であるヴァイスの机を勝手に使ったりはしない。

むしろそのスキルの影響で、いつ居るかも分からない相手の机を勝手に使おうという者はいないだろう。ともすれば居ないように見えて、その席には本人が座っている可能性だってあるのだから。


 だからいつも通り、午前中から誰も使っていないはずの、若干埃をかぶった机にて情報収集ついでに買ってきた昼食をとるのが、ヴァイスのいつもの行動パターンだ。

だがその無人のはずの席は、今日に限って人影があった。それはまるで買ってきてすぐのように手入れされた制服を着た、一人の女子生徒だ。



「おいおい、公爵令嬢のメイド様が、ご主人のお世話をしないでンなとこ居るなんて、クビにでもなったか?」



 席に座る女子生徒に、ヴァイスは嫌味ったらしく声を掛けた。その相手とは、エリヌスの専属メイドであるエイダだ。

本来ならば昼休みや、もしくは授業中だって常に主人であるエリヌスのそばに控え、いつでもどのような要求にも応えられるようにするのが、本来のメイドの在り方だ。


 そのような仕事を放棄する相手でもないのはヴァイスも分かっているし、エリヌスも他の従者ならまだしも、彼女を無下に扱ったりもしないことも理解している。

だから離れろと命令されたわけでもないだろうし、ここに彼女が一人で居ることは、ヴァイスにとっては不思議でならなかった。



「やっとお帰りになられましたか。その様子では、どうやら授業も受けられていないご様子。

 しかし残念ながら、あなたのご期待に沿えるような理由で、わたくしがここに居るわけではありません」


「嫌味か弁明か、どっちかにして欲しいもんだな。で、なんで俺の席にお前がいんだよ」


「現在お嬢様は、オズナ王子との昼食中でして、わたくしは邪魔になるかと席を外した次第です。

 どうやらわたくしは、オズナ王子にひどく嫌われているようですからね」


「なるほどな。それで暇で暇で仕方ねえから、俺にかまってくれって言いにきたわけか」


「暇なら暇でやることは山のようにありますから、あなたに相手してもらいたいなんて思うはずありません。

 けれどわたくしが不在の間、お嬢様があなたに少しばかりの協力を要請したと聞き及びましたので、お礼をと思いまして」


「…………。ここじゃ人の目もあるな。場所を変えるか」



 すでに裏で動いているヴァイスにとって、その話は広げたくない話題だった。

すでに誰がフリードの手に落ちて、もしくは誰がこんな話を彼に売るか分かったものではないからだ。

クラスメイトも、そのクラスメイトの貴族の付き人も、もしくは教員でさえ信用などできるはずもない。

その中の数少ない例外が、目の前に座るメイド、エイダだ。彼女においては確実にエリヌス側であり、フリード側に付く可能性は、ヴァイスの計算上0と言っても問題ない確率だった。


 そんな彼女をヴァイスはひと気のない屋上へと通じる階段の踊り場へと連れ出した。

そして彼女の存在ごと、彼のスキルによって隠蔽し、誰にも聞かれぬよう工作した上で話を切り出す。



「どこまで聞いている」


「学園を追放されれば、当主様のお怒りにふれ、ラマウィ家からの追放は避けられない。そのように話したと聞き及んでおります。

 それに対し、あなたは珍しくも対価を要求することなく、対処を約束したと」


「まあ、その通りだな」


「しかし不自然ですね。この程度の話をするために、これほど警戒する必要がありますでしょうか?」


「念のためだ。アイツ、今回は手を出してこなかったが、逆に何を考えてるのかわかったもんじゃないだろ?」


「確かにその通りです。わたくしが不在という、今まで一度もなかったチャンスを見逃すのは、何らかの考えがあるからでしょう。

 もしくは、何も考えていないだけの可能性も……。いえ、誰にも聞かれないとはいえ、侮辱と取られる発言は慎んでおきましょう」


「今までの嫌がらせの数々を知ってりゃ、そう思うのも無理はないけどな」



 クククと笑うヴァイスに対し、エイダはいつものすまし顔を崩さなかった。

それはひとえに、目の前の情報屋を信用していないから。彼の行動は、必ず彼自身の利益に繋がるものであると、ある種の信頼感さえ持っている。

だからこそ隙など見せてはならず、常に警戒すべき相手だと彼女は認識しているのだ。



「ま、結局なんにもなかったんだ。お前さんも安心しただろ?」


「ええ。少なくとも今の段階では、お嬢様に対して害なす存在は確認できておりませんから。

 それがあなたのおかげなのかどうかは、わたくしに推し量ることはできませんが。

 けれどひとつ、気になることがございましてね……」


「ん? 気になること?」


「ええ。たいした事ではありません。ただのわたくしめの疑問ですよ」


「なんだよ、言ってみろよ」


「ふと考えを巡らせてみたのです。もし、お嬢様がラマウィ家を追放された場合を……」



 すっと冷たい視線が、ヴァイスを貫く。

そして同じく冷たい言葉が、誰にも聞かれない声となって踊り場に響いた。



「お嬢様が追放されたなら、あなたにとって()()()()()()()()()()()()()ことになるのでは、とね……」



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