第70話 村瀬の方がカッコいいからさ
三日目の朝。私は敷布団の上で目を覚ました。
もう三日目ともなると見慣れた天井が視界に映る。
上体を起こして横を見ると、風馬くんはまだ眠っていた。
あれから先生や皆の怒鳴り声や叫び声などが何も聞こえてこなかったことを考えると、まず一晩は乗り切れたということになる。
ホッと胸をなでおろしつつ畳を這って、鞄の中に入っている光の粒に声をかける。
「おはよう、スピリアちゃん」
光の粒が鞄の中でぴょこんと跳ねたかと思うと、金色の光を放出させながら徐々にその本体を形作っていった。
肩の辺りまで伸びた水色の巻き毛にパッチリとした黄色の瞳。所々に穴が開いて薄汚れた黒マント。
それらを持つ吸血鬼のスピリアちゃんは、光の粒から姿を変えて畳の上にちょこんと座った。
そして声を出しながら欠伸をする。
「あわわ、しーつ! しーっ!」
皆に声が聞こえてしまう。慌てつつ私は口元に指を添えてスピリアちゃんを促した。
スピリアちゃんは私に静かにしろと促された理由が分からないようでキョトンと首を傾げた。
周りの反応、もとい最も近くで寝ている風馬くんが起き出さないのを見るに何とか大丈夫だったみたいだ。
やっぱり朝一で呼び出すのは危険かもしれないなぁ。
自分から呼び出しておいて静かにしろと言ってしまった矛盾を反省する。
次からはもっと時間と場所を考えないといけない。
「ごめんね、風馬くん寝てるから」
片目をつぶって簡単な理由を話すと、スピリアちゃんは納得したように頷いた。
「んんん……」
背後でゴソゴソと音がして振り返ると、風馬くんが上体を起こして目をこすっていた。
「あ、おはよう、風馬くん」
「村瀬おはよう。……あと、そこの君も」
風馬くんの視線の先には、今度は無言で欠伸をしているスピリアちゃんがいた。
風馬くんに声をかけられたスピリアちゃんは、驚いたように目を見開いて数回瞬きし、そして「リ!」と頷いて笑った。
「スピリアちゃんだよ」
小さな肩を抱いて私は風馬くんに紹介する。
「そっか。よろしくな」
風馬くんはスピリアちゃんの手を優しく握った。
それから数分後。
スピリアちゃんがまた光の粒の姿に戻り、私と風馬くんは朝食を食べるべく食堂へと向かっていた。
「スピリア、俺のこと怖がらなくて良かった」
道中、風馬くんが安心したように溢した。
「そうだね。風馬くんが優しい人だってことスピリアちゃんも分かったんじゃない?」
私が言うと、風馬くんは驚いたように頬を赤らめて、
「えっ⁉︎ 俺、そんなに優しくないよ。特にあの子とは今朝が初めてだったのに」
「優しいよ、風馬くんは。私が一番知ってるもん」
「……ありがとな」
恥ずかしそうに風馬くんが笑った。
「あ、来たぞ」
その声に前を向くと、何人かの男子が食堂の建物の前に立っていた。
その中心にいるのは、昨夜私に突っかかってきた荒い子だった。
その子は薄気味悪い笑みを浮かべながら私達を見て、
「仲良しそうにしてんな、お二人さんよ」
「別に良いだろ」
少し嫌味な言い方に、風馬くんが訝しげに眉をひそめた。
そんな風馬くんを鼻で笑って流したあと、その子は私に視線を移した。
「おい、ボッチ」
「は、はい!」
思わず返事して背筋を伸ばす私。
「昨日はよくも偉そうに言ってくれたよな。……で、あいつはどうした」
「あいつって……」
「とぼけんな。あのマント来てたガキの事だよ」
私の言葉を半ば遮って、男子は声を荒げて苛立ちを露わにした。
脳裏に、昨夜クラスの皆に囲まれて震えていたスピリアちゃんの姿がよぎる。
スピリアちゃんがどうしたと言いたいんだろう。
「知らないよ。気付いたらいなくなってたの」
「へ〜え、それは残念だ」
「何が言いたいんだよ」
男子の笑みに、風馬くんが怒りを含んだ声音で尋ねる。
「別に。お前があの変なガキを庇ったから面白ぇなって思っただけだ」
チラリと風馬くんを見やって、男子は言った。
「それだけのために、他の子まで引き連れて私のこと待ってたの?」
とてもそうとは思えない。でもだからと言って、他の迷惑な理由に思い当たる節も無い。
「あぁ。そうだよ」
でも返ってきた答えは意外なものだった。
「……本当にそれだけで?」
「しつけぇな。そうだっつってんだろが。……まぁ、面白ぇ話題が出来たからそれだけは感謝しねぇとな」
高らかに笑いながら吐き捨てて、男子は食堂へと入っていった。
周りにいた男子達も彼に倣う。
「何だったんだ、あれ」
風馬くんが呆れながら吐息。
「この学校、言っちゃ悪いけど、割とよく分からない奴が多いな」
「あ、あはは、そうだね」
風馬くんに同情の余地がある以上、否定は出来ない。
現に、あの子が何のために私達を待っていたのかも分からないままだし。
「気にする事ないよ、村瀬。あんな心無い奴よりもスピリアを助けた村瀬の方がカッコいいからさ」
見上げると、風馬くんが笑っていた。
「風馬くん……ありがとう」
風馬くんの言葉に胸を躍らせながら、私は食堂へと足を踏み入れた。
かっこいい、だって。えへへ。




