第290話 未来へ向かって
「あっ、そうだ。私ってばずっと喋ってばかりでごめんなさい!」
イアンさんに用事の有無を聞かれ、私はやっと自分だけが亜人界の色々を聞いていたことに気付いた。勿論、色々と仕組みの変わった亜人界____吸血鬼界について知りたいのは本当だけど、今日吸血鬼界にお邪魔したのは、それが理由じゃない。
「ううん、全然良いんだよ。ただ、ユキ達が来てくれた理由を知りたくて」
「特に大した理由じゃないんです。新学年が始まる前に、一目イアンさん達を見ておきたくなって」
「何だい、それ。僕達、もう二度と会えなくなっちゃうみたいじゃないか」
口元に手を当て、クスクスと笑うイアンさん。
「ご、ごめんなさい! そんな不謹慎な……! そんなつもりは一切無くてですね____」
不謹慎、という言葉はこの際間違っている気はするけど、とにかくイアンさんに不快な思いをさせてしまったことを謝罪。
「大丈夫。冗談に決まってるじゃないか。そんなに焦らないで」
イアンさんはニッコリ笑って私の頭に手を置いた後、
「……って、何も細かいこと考えずに言えたら良かったんだけど」
「えっ?」
一瞬切なそうな顔を覗かせたイアンさんだったけど、私が聞き返すといつもの笑顔に戻って、
「実はね、もう一つ変えようと思ってることがあるんだ」
「は、はぁ」
「今はまだ僕達吸血鬼のことも人間には怖いって思われてる。それは多分、今まで交流してこなかったのが原因の一つなんじゃないかって思うんだ。もっと三つ……いや、吸血鬼界、人間界、亜人界、氷結鬼界、天界……この五つの世界が互いに仲良くなれるようにしたいんだよ」
「どうやって……ですか?」
イアンさんは人差し指を立てて胸を張り、
「いつでも誰でもどこからでも、全ての世界を自由に行き来できるように、魔法陣を改良するんだ。そのための研究とか魔法陣の持続性を保つ実験とか、色々とやりたいこととか課題が山積みなんだけどね」
「じゃ、じゃあ、イアンさんも皆さんも忙しくなっちゃうんですね……」
私が目を伏せると、イアンさんも悲しそうに眉尻を下げた。
「うん。だからしばらくはどう頑張っても、ユキの学校が終わった時に迎えに行ってあげられないんだ。でもでも、魔法陣の改良が終わって、五つの世界を自由に行き来できる仕組みの準備が整ったら、また今まで通りの生活に戻れるよ」
慌てて両手を振り、私を安心させようとしてくれるイアンさん。その気遣いが分かりやすすぎるのも彼らしい。
「……分かりました、イアンさん」
私は落としていた視線を上げ、イアンさんの顔を見上げた。
「しばらく顔が見れなくなるのは寂しいですけど、平和な未来のためなら仕方ないです。私だって、早く誠さんの手を煩わせないで一人で吸血鬼界に遊びに行きたいですし。それに……」
息を吸い、私はイアンさんの気持ちに応える。いつか、自立できたら良いねと笑い合っていた頃の、その気持ちに。
「私はもう、イアンさん達に頼りっきりじゃなくても大丈夫です。現実から逃げなくても、皆さんに弱音や愚痴を聞いてもらわなくても、大丈夫です」
イアンさんの赤い瞳が、大きく見開かれていく。
「だから、イアンさんは私のことなんて気にせず、思いっ切り魔法陣の改良に励んでください。いつか五つの世界を自由に行き来できるようになったら、またお会いしましょう」
「ユキ……。大きくなったね……」
イアンさんは小刻みに顔を震わせ、瞳を揺らめかせて涙を流し始めた。
「えっ⁉︎ イアンさん⁉︎ な、何で泣くんですか⁉︎」
わ、私、何かイアンさんを泣かせるようなこと言ったかな。決意表明のつもりだったんだけど……。
「いやぁ、出会ったばかりの時のユキはいっぱい僕達を頼ってくれて、僕個人としてはすごく嬉しかったんだけどね。こうやって、僕達に頼らなくても大丈夫だって言える自立したユキを見られて、本当に嬉しいよ」
ひとしきり号泣してから目尻に溢れた涙を拭い、イアンさんは笑う。
「イアンさん……!」
「確かにそうだな」
「誠さん……!」
振り返ると、誠さんも腕を組んで笑みを浮かべていた。
「正直、こいつらに甘えすぎていて見てられなかった部分もあるが」
「誠さん……」
ごもっともです。反論もできません……。
私が過去の自分を嘆いていると、ポンと肩に手が置かれた。誠さんのものだった。
「まぁ、何にせよ、雪が自分の力でやっていこうと決意したのは良いことだ。挫折して落ち込んで、また頼りっきりな状態に戻らなければな」
「だ、大丈夫ですよ! 一人で抱え込むような無茶はしません。私一人じゃ無理だなって思ったら、その……ちょっと頼りないですけど、皆さんの力を貸して頂きますから」
「全然頼りなくなんかないよ。これからもそうやって助け合っていけば良いじゃないか」
と、私の横に並び立った風馬くんが笑ってくれる。
「風馬くん……!」
その言葉が嬉しくて、私の声が上ずってしまう。同時に視界も不鮮明になっていく。
「ゆ、ユキ⁉︎ 今度はユキが泣いちゃってるよ……。あーあ、マコトくんが酷いこと言うからだー」
「お、俺のせいか⁉︎ まぁ、ある意味そうか。……す、すまん、雪。少し本音が漏れたというか……」
イアンさんにブーイングを送られた誠さんが、申し訳なさそうに眼鏡を上げながら謝罪してくれる。
私は首を横に振って涙を両腕で拭い、
「いえ、はっきり言ってもらえた方が良いので。それに誠さんのせいじゃないですよ。皆さんの優しさが胸に染みて……」
「ははっ、全くユキは可愛いな」
そう言って、私の頭を撫でてくれるイアンさん。
「あ、あの! 皆さん!」
私は勢いよく顔を上げて、周りの皆を見回した。
「これからも迷惑ばかりかけちゃうと思いますが、この村瀬雪、精一杯頑張っていきますので、今後とも変わらぬ応援を____」
「カタイ」
「……え?」
自分では結構良い滑り出しだと思っていた決意表明のスピーチ。それをスパッと切り捨てたのは亜子ちゃんだった。
「カタすぎるわよ。それにね、そんなこと改めて言われなくたって、あたし達は雪の味方なんだから」
「亜子ちゃん……!」
「えぇっ⁉︎ だから何で泣くのよ……」
かけてくれた言葉が嬉しくてまた泣いてしまう私の背中を、亜子ちゃんは呆れつつもさすってくれた。
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それから数時間後。少しお邪魔するだけのつもりが結構長く居座ることになってしまったけど、イアンさんは反対に『嬉しい』と言って笑ってくれた。
今、私達は王宮前の踊り場の所で向かい合っている。魔法陣で帰るのは私、風馬くん、亜子ちゃん、誠さん。見送ってくれるのはイアンさんを始めとする王宮に居たメンバーだ。
「じゃあユキ、明日から新しい学年に進級、頑張ってね!」
ヒラヒラと手を振り、イアンさんがエールを送ってくれる。
「はい! ありがとうございます!」
「なるべく早く改良型魔法陣を完成させてみせるから、完成したらまた会おう。それまでは少しだけお別れすることになっちゃうけど」
「そうですね……。イアンさんも頑張ってください! 私も頑張ります!」
誠さんが器械を使って魔法陣を展開してくれるその手前で、両の拳を握りしめて私は改めて決意を表明。
ニッコリと微笑んだイアンさんの姿が、魔法陣の光で淡い水色に包まれる。
「うん、行ってらっしゃい、ユキ」
「行ってきます! イアンさん!」
次回で最終回となります。




