第289話 亜人隊
日曜日の午前中。私は風馬くんの部屋のドアをコンコンとノックした。
ドアの向こうから、『はい』と風馬くんの返事が聞こえる。ドアがガチャリと開き、風馬くんがひょっこりと顔を出した。
「雪。どうした?」
「ねぇ、風馬くん。一緒に亜人界に行かない?」
私の提案に、風馬くんは一瞬フリーズして目をしばたかせ、
「ああ、うん、良いけど……急にどうしたんだ?」
た、確かに、この間亜人界での戴冠式にお邪魔したばっかりなのに、また行こうって言い出すんだから不思議に思うよね。
「何て言うか……明日から、私達高二でしょ? だからそれまでにもう一回だけ皆の様子を見ておきたいなって思って」
な、何、その要領を得ない変な理由は……!
自分で言ってても意味が分からないよ……。何と言うか、高校一年生と高校二年生の節目としてイアンさん達に挨拶をしておきたいなって思ったわけで……!
私がアワアワと慌てていると、風馬くんはフッと笑って、
「確かにそうだな。皆にはたくさんお世話になったし」
要領の得ない理由説明から何とか私の意図を汲み取ってくれた。
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「そうか。雪達も明日からは高校二年か。一年ってあっという間だな。……ということは剛もか。早いな」
後半部分は独り言のようにブツブツと呟く、何だかんだで弟思いの誠さん。
亜人界に行くことに決めた私と風馬くんは、吸血鬼抹消組織・VEO改め、人間界平和部隊・HPBの基地に行き、誠さんに亜人界へ連れていってもらうことにした。
今、私達が居るのは亜人界の時計台のふもと。先程の誠さんの言葉は、王宮への移動中に発せられたものだ。
ひとまず魔法陣で亜人界まで連れていってくれて、着いた後で理由を聞くあたり、誠さんも私の意図を読んでくれているのかな、なんて思いつつ__私達三人は亜人界の王宮に着いた。
「おお、ユキじゃないか。それにフウマとマコトも」
まず最初に私達を出迎えてくれたのは、青い短髪に緑の瞳を持つホーリー・ヴァンパイアだった。
「サレムさん! 門番お疲れ様です!」
「ありがとう。まぁ、この吸血鬼界の王宮を護るのが俺の使命だからな」
サレムさんは満足げに微笑むと、私達を玉座の間へと案内してくれた。
「ヴァン陛下、パイア皇后陛下、イアン皇太子、人間界からお客様です。ユキとフウマ、マコトが来訪しました」
サレムさんが扉の前で声を張り上げると、扉が開いて白いタキシード姿のイアンさんが顔を出した。
「サレム、ありがとう。戻って良いよ。……ユキ、皆いらっしゃい!」
「イアンさん! あっ、色々と業務でお忙しい時にごめんなさい。どうしても会いたくなっちゃって……」
イアンさんの笑顔を見たとたん、嬉しい気持ちが溢れてしまうけど、ひとまず戴冠式からそんなに日にちを開けずに王宮を訪問してしまったことを謝罪。
すると、イアンさんは驚いたように赤い瞳を丸くして、
「謝ることないよ。ユキ達が来てくれて嬉しいんだから。そうですよね、お兄様、お姉様__」
上機嫌に玉座の間を振り返ったイアンさんは、短い呻き声を発して硬直。左手側の豪華な椅子に座っているヴァンさんから、怒りのオーラが湧き出している。ヴァンさんの目が怖い……。
「へ、陛下、皇后陛下……」
さっきまでの明るさは一転、気弱な口調で言い直して肩をすくめるイアンさん。怖い表情でイアンさんを睨み付けているヴァンさんの右隣で、パイアさんが『仕方ないわね』と言いたげに微笑んでいた。
「まぁ、とにかく入って入って」
イアンさんに促された私達は、お言葉に甘えて玉座の間へ。
「あれ? キルちゃん? それに皆も……」
入室してから、私は玉座の間に居たのがイアンさん達三人だけではなかったことに気付く。
ヴァンさんとパイアさんを前にひざまづいていたのは、キルちゃん、亜子ちゃん、グレースだった。ちなみに、レオくんとミリアさんは玉座の間の傍らで礼儀正しく立っている。
「せっかくだからユキ達にも紹介するよ! 鬼衛隊改め、亜人隊だ!」
と、得意気に胸を張るイアンさん。
「あ、亜人隊?」
「そうそう。新しい王朝になってから陛下と皇后陛下と三人で話し合って、亜人界にあった三つの領土を一つずつの国として認めることになったんだ」
「イアン、説明が飛んでる」
いつの間にかイアンさんの背後に立ち、呆れた様子でため息をつくキルちゃん。いつもの黒マントとは別に、首元に青色と白色のスカーフを巻いている。
「えっ!」
「まずは『亜人隊』がどういうものか説明しないと。作られた経緯なら察しがつくでしょ」
「あっ、そっか。あはははは!」
「相変わらず説明が下手くそね……」
キルちゃんは、黒髪を掻いて笑うイアンさんに嘆息し、
「えっとね、今までの鬼衛隊は吸血鬼領を守護するのが目的で結成されてたんだけど、それだと亜人領と氷結鬼の村にまで手が回らなくなっちゃって不平等だから、どうせなら一つ一つの国から代表者を集めた部隊を作ろうってことになったの」
「一つ一つの国……。そうなんだ、だからサレムさんも『吸血鬼界』って呼んでたんだね」
「ちなみに、亜人領は亜界よ」
「それでそれで、氷結鬼の村は氷結鬼界!」
亜子ちゃんとグレースが、得意気に教えてくれた。
「じゃあ、その首元のスカーフって……」
私がキルちゃん達の首に巻かれている青色と白色のスカーフを指差すと、キルちゃんはそれを指でつまんで持ち上げ、
「亜人隊の証みたいなものね。今の段階では三人だけど、慣れてきたら人数も増やしていくつもりよ」
「レオくんとミリアさんは?」
さっきからずっと気になっていた。今まで鬼衛隊として最前線に立っていた二人が、何故王宮に居て亜人隊のポジションに居ないのか。
「レオは炎の使い手としての技量を賞して王宮からスカウトして、王宮専属の騎士として務めてもらうことにしたんだ。ミリアは僕達三人の秘書だよ」
今度教えてくれたのはイアンさんだ。それを聞いて、私は何だか心にポッカリ穴が開いたような寂しい気持ちになる。
「そうなんだ……。皆、自分の道を進んでいくんですね。鬼衛隊がバラバラになっちゃったのは少し寂しいですけど」
諸行無常。永遠に変わらないものなんてない。そうは言うけど、やっぱりこの一年間と形が異なってしまうのは悲しい。
「大丈夫、バラバラじゃないよ。定期的に会えるんだ」
「え?」
イアンさんは、俯いた私の肩に手を置いて、ニッコリと微笑む。
「亜人隊には吸血鬼界、亜界、氷結鬼界の見回りに加えて、定期的な物資の配給もお願いしてるんだよ。あの一件で、王都の吸血鬼と少し離れた集落に住む吸血鬼の間でさえ、天と地くらいの貧困の差があったってことが分かったから、それを少しでもなくそうと思ってね」
『あの一件』というのは、一般吸血鬼達による王宮襲撃のことだろう。確かに、あそこでマーダ達が不満をぶつけてくれなかったら、私達は永遠に貧富の差に気付くことが出来ないでいた。マーダ達の訴えがあったからこそ、こうして変わり始めてるんだ。
「亜子ちゃんは、学校どうするの? グレースみたいに辞めちゃうの?」
亜子ちゃんも首元に青色と白色のスカーフを巻いているから、亜人隊のメンバーに選ばれたことは一目瞭然。でも定期的な物資配給や見回りなどの任務をこなさなければいけないのなら、学校か亜人隊かどちらかに絞らなければ二足のわらじがあまりにも大きい負担になる。
「一瞬迷ったのよ。辞めた方が亜人隊の任務には支障が出ないし、皆にも迷惑がかからないから」
「えっ、じゃあ……!」
亜子ちゃんは背後のキルちゃんとグレースを振り返ると、
「皆に相談したら、見回りは学校が終わってあたしが合流できてからにしようって言ってくれたの。だから、今まで通り新学年からも学校には通うわよ」
「ほ、本当に⁉︎ 良かったあ」
一瞬、グレースみたいに亜子ちゃんまで学校を辞めることになるのかと思い、すごく焦ったのだけど、どうやらその心配は杞憂だったみたいだ。亜子ちゃんの学校に関しては今まで通り。
「それでユキ、今日はどんな用事で来てくれたんだい?」
私がホッと胸をなでおろしていると、イアンさんが尋ねてきた。




