第284話 命の重み
グリンさんの眉が訝しげに寄せられる。私の言葉の意味を、理解出来ないのだろう。
グリンさんが学校に来た時、私が虐められていることを口にされたのを思い出しながら、それでも私は言う。
「グリンさんの言う通りです。私、人間界でずっと虐められてました。自分一人じゃどうすることも出来なくて、亜子ちゃんや学年の皆を恨みました。本当はそんなことしちゃいけなかったのに」
理由もなく、ただ人付き合いが苦手で、下手くそで、そんな私を亜子ちゃんや学年の皆は面白がって苛めているだけだと、ずっと思ってきた。勘違いしてきた。
実際の理由は、亜子ちゃんの思いは違った。
「亜子ちゃんは私とグレースを引き会わせないために、わざと私を遠ざけてくれてました。他の皆が態度を悪くしてきたのだって、私の人付き合いが苦手で下手くそなところが、少なからず招いた結果なんです。確かに虐められてる時は辛くて苦しくて『何で私が』って気持ちでいっぱいでした」
人付き合いが苦手で下手な短所を、私は自分がひとりぼっちなのを理由にして改善しようとしなかった。
「周りなんて見えてなかった。誰かの本当の気持ちなんて考えようともしなかった。皆を恨んで自分を否定して、でも何も残らなかった。ドロドロした自己否定の感情が、胸の中でしこりみたいにへばりついてただけでした」
「知ったことか! 貴様と余を一緒にするな!」
腕を振り切り、声を荒げるグリンさんの叫びに、私は言葉を詰まらせた。
確かにグリンさんと私は違う。種族が違えば生きてきた世界、境遇も違う。
一緒にしたらいけないのかもしれないけど……。
すると、私の言葉を引き継ぐようにイアンさんが口を開いた。
「グリン、君は強さを求めて他の大切なものを見逃していったんだ。傲慢で自分勝手でそんな自分を許せなくて……。苦しんでもがいた結果がこれだ。何が残った? 君の手に」
イアンさんの言葉に誘われるように、広げた掌を見つめるグリンさん。やがてそれをギュッと握りしめ、
「余にはまだ剣がある! これで父上の敵を討つんだ!」
もはや漆黒とは言えなくなった、濃い鼠色に近い剣を掲げ、グリンさんはイアンさんを睨み付ける。でも、イアンさんの口から発せられたのは、純粋な疑問だった。
「……本当に、敵を討とうと思ってるのかい?」
「……は?」
「君はお父様を憎んでいたじゃないか。憎い相手の敵を討つなんて、矛盾していないかい?」
「何を言ってるんだ……! 余は!」
目を瞑って視線を落とし、剣の柄を握る力を強めるグリンさんに、それでもイアンさんは容赦なく畳みかける。
「ただの自己満足に見えるよ、僕には」
「貴様……父上を殺した分際で!」
歯軋りし、グリンさんは怒りをその瞳に宿す。対して、イアンさんは至って冷静だった。
「だからだよ。僕への殺意は伝わってくるのに、お父様への想いが全く伝わってこない」
イアンさんの言葉に、グリンさんの手が止まる。
「君はお父様の敵を討ちたいんじゃない。お父様の敵を討とうと思うことで、自分を正当化して守ってるんじゃないのかい?」
「そんな……そんなことがあるわけないだろ!!」
声を荒げるグリンさんに、イアンさんは両手を広げた。
「なら、僕を殺せ。僕を殺してお父様の敵を討て」
「イアンさん⁉︎」
そんなこと、作戦にはなかった。予定されていなかったことだ。
ブリス陛下とテインさんを失ったからって、イアンさんもその後を追うつもりじゃないよね……⁉︎
「ああ! やってやるよ!」
グリンさんは濃い鼠色の剣を構えると、イアンさんに向かって走っていった。至近距離まで近付いたところで、勢いよくその剣を振り切る。
イアンさんの肌が裂け、肉が露出し、血が吹き出す。そう思っていたけど、イアンさんは無傷だった。
少しだけ体を捻ってグリンさんの剣撃を避けていく。いとも簡単に。まるで、グリンさんが私達の攻撃をハンマーで打ち砕いていたように。
「な、何で……何で当たらないんだよ!! 避けるな!! 正々堂々と勝負しろ!!」
振りかぶって何度も剣を振っても、イアンさんにかすり傷一つつけることが出来ない。だんだんと苛立ち始めたグリンさんは、ひょいひょいと自分の剣撃を避けていくイアンさんに向かって叫んだ。
「ほら、君にはもうお父様の敵を討つ意思はない。ただ、僕を殺せないことに怒りを覚えてるだけだ」
「なっ!?」
なおも身体を捻りつつ、イアンさんは怒りをぶつける。
「自分を守って正当化するためだけに、色々な人を巻き添えにするな!」
「何なんだよ……何なんだよ!!」
グリンさんは叫んだ。イアンさんに剣を向けるのを止めてその手を下ろして、伏せた目から涙を流している。
「巻き込んで魂を破壊した皆の命の重みを、君は知らなきゃいけない」
イアンさんは静かに諭すと、背後の風馬くんを振り返った。
「フウマ、君はもうここから出て、外で待っててくれ。それから、もう一回お願いできるかい?」
「はい! 分かりました!」
風馬くんは力強く頷くと、両手を突き出して黄金の魔法陣を展開させた。
アルファベットの『E』を模した文字が浮かび上がる。私とイアンさんの能力を高めてくれる、【魔術文字・助力】だ。
「風馬くん」
私は呼びかけてから、風馬くんを振り返った。風馬くんは不思議そうな顔で、私を見つめている。
「お互い、人間じゃなくなっちゃったね」
人間と氷結鬼の融合体の姿をしている私と、神様の使いの姿をしている風馬くん。どちらも完璧な人間ではない。
私だけではなく、風馬くんも人間じゃなかったなんて思いもしなかったけど__、
「大丈夫だよ。この戦いが終わったら、全部元通りだから」
「うん、そうだね。……行ってきます」
頬笑む風馬くんの言葉に頷き、私は力強く言った。
「ああ!」
風馬くんも返事をすると、最後にもう一度黄金の魔法陣を輝かせてから異空間を出た。
「やめろ……やめろ……人間と吸血鬼のくせに! 一人じゃ何にも出来ない弱い奴等のくせに!」
銀髪を振り乱し、自分の手でグシャグシャと掻きながら、グリンさんは頭を振る。
「だからだよ! だから皆で助け合って支え合って、少しずつでも前に進んでいくんだ!」
私はハッとしてイアンさんを見上げた。イアンさんは真剣な表情でグリンさんを見つめていたけど、私に視線を下ろして微笑む。
「ユキ」
私の方に傾けられた剣の柄。その意味を、私はすぐに察した。
「……はい!」
私がその柄を握ると、上からイアンさんが優しく包み込むように柄を握ってくれる。
__『正義』を盾にした『悪』。
__『天使』の皮を被った『悪魔』。
「堕天使グリン・エンジェラ! これが、お前が馬鹿にした皆の力……命の重みだ!!」
イアンさんの言葉を聞きながら、私も内心で誓う。
____この一撃で、終わらせる!
「「はあああぁぁぁぁ‼︎‼︎」」
イアンさんと息を合わせて剣を素早く振りかぶり、グリンさんを攻撃していく。風馬くんが【魔術文字・助力】で私達の戦闘能力を上げてくれたおかげで、ちゃんと決定打になっているみたいだ。
今まで私達の攻撃を受けても平然としていたグリンさんの顔が、剣で切られる度に歪んでいく。
「うっ! ぐぅぅう!」
グリンさんは心底悔しげに歯ぎしりし、私とイアンさんを睨み付ける。
私とイアンさんはグリンさんが持ち直そうとしたハンマーを剣で振り落とし、さらに剣撃を加えていった。
それに比例するように、風馬くんが作ってくれた真っ白の異空間が音を立ててひび割れ始める。
「ユキ、これが最後だ。いけるね?」
「はい!」
イアンさんの言葉に頷き、私は剣の柄を握る手に力を込める。黒い刃が氷の霜で覆われていき、やがて正面と左右____三方向に伸びた氷の刃に変化する。
イアンさんも力を入れて、自分の能力を変化した剣に込める。三方向に伸びた氷の刃を、真っ黒のオーラが包み込んだ。
「【暗黒氷柱】‼︎」
渾身の最後の一撃。私とイアンさんの能力を融合した合体技。
漆黒の剣が、銀髪の天使をなぎ払う。
グリン・エンジェラ__堕天使の断末魔が木霊した。




