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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第283話 思いやる優しさ

グリン視点です!

 グリンは悔しかった。その気持ちは、拳を握りしめても歯を食いしばっても目の前の人間や吸血鬼を睨み付けても、ちっとも収まらなかった。


 むしろ、それらをする度に悔しさは増幅してしまっている。そんなグリンの心中も知らず、イアンが静かな口調で言ってくる。


「もう諦めろ、グリン。お前を支えてくれてたウィスカー隊長も居ない。お前は一人じゃ何も出来ないんだよ」


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!! 余は天兵長になれなかったんだ……。ルーンを超えるには、天兵長よりも強くて大きな存在にならなきゃいけない! そうしないとこの屈辱は……いつまで経っても晴らせないんだ!!」


 拳を振り上げ、唾を飛ばし、グリンは溢れる怒りを言葉に叫ぶ。


「余は誰よりも努力したんだ! 努力して努力して……なのに天兵長になったのはルーンだった!」


 真っ白な異空間に響く、グリンの悔しげな叫び声。


 しかし、何故だろうか。ルーンが天兵長になったことを告げた時だけ、その声が震えた気がした。否、それは気のせいではなかった。


 グリン自身の耳にも、自分の震えた叫び声がはっきりと届いたのだ。


「父上は強かった! だから余も強くなったんだ! 一番強い奴が弱い奴を仕切る。それでこその組織じゃないか!」


 目の前が霞んでくる。ゆらゆらと視界が波風を立てる。


「天兵長に……組織の上に立つ者に必要なのは強さだけじゃないよ。組織の皆を見守り、励まし、支える優しさ。それが一つ、君には足りなかったんだ」


 顔を上げて吸血鬼の顔を見るが、その輪郭さえぼやけている。やがてグリンの頬を冷たいものがつたい、視界が少しだけ鮮明になった。


 天兵長と鬼衛隊長。組織は違えど、どちらもその組織のトップの立場だ。


 だからこそ、イアンの言葉には妙な説得力があった。だからこそ、グリンには腹立たしかった。


「黙れ! じゃあルーンにそれが出来たって言うのか!? あんな、余よりも弱い軟弱者に!」


 腕を振りきり、グリンはイアンを睨み付ける。


 組織の皆を見守り、励まし、支える優しさ。イアンの言うそれらがルーンに備わっていたというのか。信じられるわけがない。


 吸血鬼と天使は互いに憎み合い、争いを続けてきた。ルーンに他人を見守る力、励ます力、支える力があったのなら、その争いだってすぐに収束していたはずだ。


 グリンには、イアンの言い分が理解できなかった。


 __自分のことしか考えていないような者が、何千も居る天兵軍を纏められるわけがないだろう。


 __ルーンは、一生懸命頑張ってくれています! ですから私達だってここまで強くなれたんです!


 だが、グリンの考えを真っ向から否定し、イアンの言葉をしっかりと肯定する声があった。


 これらは全て過去のものだ。かつての父親とルーンの幼なじみの声。


 自分の脳裏をよぎった二つの声を聞いて、グリンは力なく膝をついた。


「……出来たって……言うのか……」


 二人の言葉を思い出して、ハッキリと分かった。ルーンには他人を見守り、励まし、支える優しさが確かにあったのだ。


 既に答えは周りが出してくれていた。


 グリンが気付かなかっただけのことだ。気付きたくなくて、耳をふさいで顔を背けていただけのことだ。


「強さだけじゃ足りない。周りを思いやる優しさがあってこそ、皆の上に立つ存在としてふさわしい。グリオネスは、それを君に伝えたかったんじゃないかな」


 さらに畳みかけるように、イアンは言葉を投げかけてくる。


 __駄目ではないか。ルーンを泣かせるようなことをしたら。少しは手加減しなさい。


 グリオネスの名前を聞いたグリンの脳裏を、もう一つの声がよぎった。


 幼い頃、他ならぬグリオネスに言われた言葉だ。グリンが何故、自分よりも弱いルーンを天兵長にするのか、と尋ねた時に。


「思いやる……優しさ……」


 手加減をすることが、思いやりなのだろうか。それが優しさなのだろうか。そんなわけがない。


 強くなる上で、手加減は返って逆効果だ。ルーンのためにも良くない。そう思って、グリンは手加減をしなかった。


 だから、グリオネスに叱られたのだ。


 グリオネスがルーンを気に入っているから、気に入らないグリンがルーンをねじ伏せているところは見たくない。そんな思いで、グリオネスはグリンに手加減を要求してきたのだろう。


 グリンはその時も、今でさえそう思っている。


 それなのに、そんな手加減が『思いやり』や『優しさ』だと言われてしまった。


 __絶対に違う。そんなわけあるか。


 グリンは、苛立ちながら黒髪の吸血鬼を睨み付けた。


 ふと、イアンが剣の柄に手をかけた。それを見て、グリンの口から諦めたような笑みが零れる。


「闇の能力(ちから)で余を封じ込めるつもりか。余は、父上の(かたき)を討つまで絶対に死なないぞ!」


「イアンさんはもう、その時の処分を受け終わってるんです! これ以上は__」


「グリオネスを殺してしまった罪の重さなら、痛いほど実感したよ」


 横から口を挟んできた人間(今は氷結鬼との融合体へ変化しているが)__村瀬(むらせ)(ゆき)の言葉を遮り、イアンが静かに口を開く。


 イアンは目を伏せていた。


 雪に訴えるわけでも、グリンに訴えるわけでもなく、ただ言葉にして自分の心の内から出しているように、グリンには感じられた。


「あの吸血鬼三人組とお父様、テインさんを失って、ユキを失いそうになって……。命の重みが痛いほど伝わってきた。グリオネスを殺した直後に受けた処分だけじゃ、絶対に分からなかった苦しみだよ」


 目を伏せていたイアンは、やがてまっすぐグリンを見つめてきた。悲しげな瞳だった。悲しさ、悔しさ、やりきれなさを宿した赤い瞳が、まっすぐにグリンを射抜いてくる。


 そのまっすぐで純粋な瞳が、グリンには眩しかった。腹立たしかった。


「ふん! 何が苦しみだ。余がどれだけ苦しんできたか知らないくせに!」


 純粋な瞳を、悲しげな瞳を、鼻であしらって切り捨てるグリン。


「ルーンのせいで……父上のせいで……周りの大人のせいで……余は苦しかったんだ……! 貴様にも貴様にも貴様にも! 絶対に誰にも分からないよ!」


 雪、イアン、風馬(ふうま)を順番に指差して、グリンは叫んだ。


 自分とは違い、誰かに拒絶されることもなく生きてきた奴等には分からないのだと。


「グリンさん、誰かのせいにしないでください」


 雪の声を聞いて、グリンははたと思い出した。


 違う、この人間は今まで、学校でクラスメイトに拒絶されてきたではないか。苛められて異世界に逃げるようになっていたではないか。


 そう、ウィスカーから聞いていた。


 にもかかわらず__雪はグリンのことを否定してきた。グリンの行いは正しくないのだと、忠告してきた。


「……は?」


 拒絶された苦しみを知っているはずなのに、彼女の口から飛び出た言葉。


 グリンは、訳が分からなかった。

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