第281話 無抵抗の敵討ち
「行くぞ、あいつらの敵討ちだ」
グリンさんの渇いた笑い声を聞きつつも、ハイトはそれを気にする様子も見せずに平然と言う。
「……ああ」
「了解、思う存分やっちゃうわよぉ?」
スレイとマーダは二つ返事で答えると、ハイトと共に爪を立ててグリンさんへと飛びかかっていった。
三人vs一人。明らかにグリンさんが不利な状況。
こういう時でもグリンさんは決して負けない。たとえ何人が相手だろうと、丸太のようなハンマーでことごとく叩き潰してきた。
だから、この戦いの結末も目に見えていた。数秒後には、キラー・ヴァンパイア三人が地面に倒れていることだろう。
「ぐ、グリンさん……?」
かくして、私の期待は裏切られた。ハイト達が、グリンさんを長く伸びた白い爪で間髪を入れずに傷付けていくではないか。
肌を切られて血がほとばしっても、グリンさんは受け身すら取らない。引っ掻かれるまま、殴られるまま、蹴られるまま……。
「何で少しも抵抗しないんだ?」
明らかにおかしい。
そんな違和感を、イアンさんも感じ取ったのだろう。眉を寄せ、キラー・ヴァンパイア三人にいたぶられるグリンさんを見つめている。
「ははっ……情けない……」
ハイトにお腹を蹴られ、私達の方に吹き飛ばされてきたグリンさん。その呟きが、渇いた笑いと共に聞こえてきた。
「ひとりぼっちになりたくないって思って従えた配下達だったのに、結局自分の手で全部殺して……」
私はイアンさんと顔を見合わせた。
おそらくグリンさんは、自分の手で魂を破壊してしまった吸血鬼三人組やウィスカーさんのことを言っているのだろう。それはすぐに分かった。
だけど、だからといって、グリンさんがハイト達相手に無抵抗になる理由にはならないはずだ。それとも、グリンさんの胸に罪悪感が芽生えたのだろうか。
グリンさんは地面に掌をつけてゆっくりと体を持ち上げると、体ごと私達の方を振り向いた。
「余は何を足踏みしてるんだ!! 早くルーンを殺して、余が天界を支配してやるんだ……!」
燃えるような怒りが宿るその瞳は、私やイアンさんを捉えているわけではなかった。
そもそも、最初からグリンさんの標的は変わっていなかった。
途中で自分にとって目障りな人物に変わってはいたものの、根本的な標的はずっと同じ__天兵長のルーンさんだったのだ。
両腕を使って地面を這い、私達の後ろに居るルーンさんを睨み付けるグリンさん。でも、その前に立ちはだかる影があった。
それも、三つだ。
「勝手に自分の目的だけ遂行しようとしてんじゃねぇよ、オイ」
「……命を奪った責任を取れ」
「あとぉ、私達を振り回すだけ振り回してぇ、挙げ句の果てに使い捨てた責任もねぇ?」
ハイトはグリンさんの手首を踏みつけ、スレイとマーダがグリンさんに爪を立てる。
再び、三人によるグリンさんへの攻撃が開始された。グリンさんは今度も無抵抗。ただ、渇いた笑いを浮かべるだけ。
その姿に、私は恐怖感すら抱いてしまった。
殴られ、蹴られ、引っ掻かれているのに、グリンさんが痛がることもなく笑っているのだから。
何か裏があるのではないか。そんな疑いを抱いてしまう。
グリンさんはゴロゴロと地面を転がった後、傷だらけの腕を立てて上体を起こした。
「報恩謝徳。ありがとう。そなた達のおかげで目が覚めたよ」
「ほざけ!」
笑みを浮かべるグリンさんを、しかしハイトは許さない。
グリンさんを蹴って仰向けにさせると、そのお腹をグリグリと足で踏みつける。続け様に痛がるグリンさんの胸ぐらを掴み、そのまま地面に向かって叩きつけた。
「ぐうううっ……!! アガッ!」
地面にめり込むグリンさんの背中にとどめを刺すように、ひときわ強い蹴りを打ち込むハイト。
「フン、どうだ。テメェが馬鹿にしてきた奴等の実力だぜ?」
グリンさんを見下ろして鼻であしらいながら、ハイトは言った。スレイとマーダも得意気な表情をしている。
「くそっ……! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ‼︎」
割れた地面の欠片を、グリンさんは何度も拳で殴り、悔しさを露わにする。自分の拳が血で赤く染まるのもお構い無しに。
「もう良い! こんな世界、余がぶっ壊してやる‼︎」
グリンさんは目を見開き、獣のように咆哮すると、今までいたぶられていたことが嘘かのように、勢いよく立ち上がった。空中でハンマーを呼び出し、それを力の限り振り回し始める。
狂ったように叫びながら銀髪をふり乱し、ただひたすらにハンマーを振り回すだけのグリンさんを見て、ハイトはあくまでも余裕綽々といった表情。
あの『縦』の地震も起こらず、私達が地面に叩きつけられないのは、サレムさんが雷魔法で地面を押さえつけてくれているからだ。
「いきなり何を言い出すのかと思えば____」
「離れて!」
だけど、そんなハイトを引き止めた声があった。否、声だけではなかった。風馬くんがハイトの腕を掴んだのだ。
「ハ?」
「グリンさんは本気です。君達じゃ勝てない」
風馬くんにそう言われたハイトは分かりやすく青筋を立てて、風馬くんの胸ぐらへ手を伸ばす。
「テメェ、俺達のこと馬鹿にしてんのか」
風馬くんはハイトに胸ぐらを掴まれる前に彼を避けて、グリンさんの正面に立って腕を突き出した。
「【魔術文字・馬脚】!」
風馬くんが詠唱すると、アルファベットの『E』が描かれた魔法陣が出現し、そこから羽の生えた真っ白い馬が出てきた。その額には真っ白の角も生えている。
神話に登場する、私達がよく知るペガサスだ。
力強くいななくペガサスの背中に風馬くんがまたがった直後、ペガサスの角から黄金の光が生まれ、空中に向かって放出される。
何もないはずの虚空にぶつかったそれは、ブリス陛下のブラックホールのような丸い入り口になった。
「このままじゃ、また同じことになる! その前にグリンさんを片付けます!」
風馬くんは、その場に居る全員に聞こえるように声をあげた。どうやら、あそこが別空間に繋がる場所らしい。
「雪! イアンさん!」
「うん!」
「ああ!」
風馬くんに振り向かれ、私とイアンさんは同時に頷く。
私達の肯定を目にした風馬くんが再び魔法陣を展開。そこから出現したもう一体のペガサスに、イアンさんが素早くまたがる。
「ユキ、乗って!」
私を見下ろしてから手を引いてくれるイアンさん。彼の後ろに私は座って風馬くんに知らせた。
「大丈夫だよ!」
私の言葉に風馬くんは頷くと、ペガサスの上で再び魔法陣を展開。
「はあっ!」
ペガサスの白い角の先端から再び黄金の光が生まれ、グリンさんを黄金の異空間へと飛ばしてしまった。
突然の出来事で、傍観していた私ですら、しっかりと目の前の状況を認識できなかった。
ペガサスの光が生まれた直後にグリンさんの姿が消え、異空間の裂け目にわずかな波紋が生まれた。
これらの状況を踏まえてやっと、グリンさんがペガサスの光であの異空間に飛ばされた、ということを私は理解できたのだ。
ペガサスの光で一瞬にしてグリンさんを黄金の異空間に飛ばした風馬くんは、黄金に輝く異空間の裂け目を見つめて、
「行こう」
「うん!」
今は行くしかない。ここでグリンさんを止めないと、当たり前の平和はやって来ないのだから。
二体のペガサスにまたがった私、イアンさん、風馬くんは、グリンさんを追って黄金の光の中へと飛び込んでいった。




