第280話 突きつけられた現実
「ハイト、スレイ、マーダ……!」
落下した私を受け止めてくれた赤紫の髪の少年。その両脇には、彼の仲間の吸血鬼が立っていた。
「あ、勘違いしないでよねぇ。別にあんたを助けようと思ったわけじゃないからぁ。お荷物をお預かりしただけよぉ?」
これだけは譲れない、とばかりに人差し指を立て、ハイトに抱きかかえられた私にグイッと顔を近付ける濃い桃髪の少女____マーダ。
お、お荷物……。グリンさんだけじゃなくて、マーダにも言われてしまった……。流石に二連続は傷付くよ……。
私が内心で傷付いているなど知るはずもないだろう、マーダは重要事項を言い切ったことに満足げだ。一方、ハイトの右隣の少年____スレイは無関心を貫いている。
「悪かった」
「え?」
急にハイトが重い雰囲気を纏った声色で言った。私とは目を合わせずに、視線を落としている。
「テメェのこと、首絞めて殺そうとして」
「____」
ハイトの言葉で、私は以前、王宮の前で彼に首を絞められて息が止まりそうになったことを思い出した。あの時は私がハイトをイラつかせてしまったから、まさかこうしてハイトの方から謝ってくれるなんて思いもしなかったけど。
「あいつらがグリンに殺された瞬間に、思い知ったんだ。何つーか、命って簡単に奪われるんだって。仲間が虐殺された時から片時も忘れたことねぇって思ってたのに……。忘れちまってたんだな……」
自嘲気味に息を吐きつつ、ハイトは続ける。
「でも、あいつらの魂の核が割れて消滅しちまったからこそ、今ならハッキリ分かるぜ。だから、テメェにも悪かったなって思ってよ」
「ハイト……ありがとう……!」
私が嬉しくなって笑顔でお礼を言うと、ハイトは眉を上げて私を地面に立たせた。
「オラ、いつまで抱かせる気だよ、さっさと降りやがれ」
「うわっと、ご、ごめん……」
よろめきつつも地面に足をつけ、ハイトを見上げる。でもハイトはもう私など眼中に無いといった様子で空を仰いでいた。
見れば、スレイもマーダも空を見上げている。
「なになにぃ? 地面に居ないと思ったら空中戦おっ始めてるのぉ?」
マーダが黒マントをパサパサとはたいて、『私達も飛ばなきゃいけないじゃないのぉ』とぼやく。
「ユキ、大丈夫か____大丈夫だった!」
「三人に助けてもらいました! それと、お力も添えてもらえるみたいで!」
ルーンさんとフェルミナさんの助太刀もあり、何とかグリンさんから離れることが出来たらしいイアンさんは、地面の方を見下ろして驚いていた。
多分、私がそのまま地面に倒れていると思っていたのだろう。
実際、ハイト達が駆け付けてくれなかったらその通りになっていたし、三人にはあとでちゃんとお礼を言わないといけない。
今優先すべきは、グリンさんだ。
私がイアンさんにハイト達の意志を伝えると、
「本当かい? それは助かる。よろしくね、三人とも」
イアンさんは急降下して地面に着地し、ハイト達と同じ目線になって微笑んだ。
ハイトはイアンさんの笑顔に戸惑っているみたいだけど、プイッとそっぽを向いてしまう。そんな彼に代わってか、今まであまり口を開かなかったスレイが言った。
「……貴様らのためではない。俺達がグリンに復讐するためだ」
それでもイアンさんは嬉しそうに頬を緩めると、私の方に向き直った。
「よし、じゃあ僕とユキで地上戦に持ち込もう!」
「はい!」
私は差し出されたイアンさんの手を握り、彼の浮上力を借りて一緒に空へ舞い上がる。再びグリンさんやルーンさん、フェルミナさんと同じくらいの高さまで到達すると、二人で頷き合った。
イアンさんは剣を、私は左手を突き出して詠唱する。
「【暗黒剣】!」
「氷柱針】!」
漆黒の刃と鋭い氷をグリンさんめがけてぶつけたところで、背後から声がかかる。
「ユキ、イアン、避けろ! 【太陽神魔術文字】!」
フェルミナさんと一緒に地面に落ちてしまったルーンさんだけど、すぐさま白い羽で上昇して黄金の魔法陣を展開。そこから二十四個もの魔術文字の弾丸を生み出し、間髪を入れずにグリンさんに放っていく。
「よぉし、もう一発!」
「「はあぁっ‼︎」」
イアンさんの言葉を合図に、私と彼でもう一度グリンさんに攻撃を加える。
魔法陣から放たれた二十四発の弾丸に加え、漆黒の刃と鋭い氷が後から迫ってきて、流石のグリンさんでも耐え切れなかったみたいだ。体力や魔力が減少しているのもあるだろうけど。
「ぐふっ!」
唾を吐きそうな勢いで目を向くと、背中から地面へ落ちていった。家の高さほどの土煙が上がり、空中に居る私達からはグリンさんの姿は見えなくなる。
でも同じ地上なら、その姿を捉えることは容易だ。地面へと墜落したグリンさんを待ち構えていたのは____。
「ヨォ、グリン。久しぶりだな」
「……随分と惨めな姿になったものだ」
「お可哀想にぃ。でも、もう私達はあんたの味方じゃないから、助ける気なんてサラサラ無いけどねぇ」
腰に手を当てて片頬を上げるハイト。腕を組み、呆れたように息を吐くスレイ。頬に手をやり、地面に倒れた『弱者』を蔑む視線を送るマーダ。
割と最近まで自分の配下に居た吸血鬼達が、今はこうして自分を見下している。そんな状況に、グリンさんの腹は心底煮えくり返ったに違いない。
グリンさんは悔しげに歯を噛み締めると、
「くっ! 貴様らの手など借りるか! おい、ウィスカー! どこに居る! 出てこい! 余に助太刀しろ! ウィス____」
腕力で自分の体を支えつつ、四方八方を見回して声を荒げる。直属の配下であった吸血鬼が、何故自分の声に応えないのか。その答えを、現実を突きつけられたように、絶句する。
「隊長は、もう居ないよ」
口をつぐんだグリンさんの代わりに、着地して彼の方へ歩み寄るイアンさんがその答えを口にした。
グリンさんは自分に向かって歩みを進めてくる黒髪の吸血鬼を見上げ、しばらく呆然と硬直してしまう。それでも、彼の顔に浮かんだものは依然として変わらない。
唇を横に引き、白い歯を見せて____グリン・エンジェラは笑みを浮かべる。
「ははっ、ふっ、そうか、そうだったよ……。余が魂を破壊してやったんだった……。すっかり忘れてた……ははは」
ただし、いつもの余裕げで強気なそれではなかった。
弱々しく、干からびた砂漠のようにカラカラに渇いた笑みだった。




